「越前、菊丸を見なかったか」 着替え中に聞いてきたのはいつも寡黙な我らが部長。 ただし今日はそこはかとなく焦りが見える気が………? 「いえ、今日は見てないっス」 「そうか………」 何かあるのかな、チラと時計を見て。 部活開始までにはまだ少し時間がある。 準備と、人探し。別にどちらでも良いのだけど。 「軽く見てきましょうか?」 今日の気分は何となくコッチ。
部室を出たとき、ぼんやりとした昼間特有の白い月が見えた。
昼の月
あくまで軽く見て回るだけ、と校舎裏をふらつくと、探し人の声が聞こえてきた。 木の後ろとか?と覗き込むが違った。 声はすれども姿はなし。 「菊丸先輩?」 呼びかけた途端、ガサリと頭上の枝が音をたてた。 「どしたのおチビ?」 「うわっ!」 突如目の前に出現した逆さまの顔にさすがに驚く。 「………何してんスか」 「だって何でもなきゃまた登んの面倒じゃん」 どうやら枝に足を引っ掛けて逆さ吊りになっているらしい。 「んで、呼んだ?」 「部長が探してました」 言った途端に再び鳴る葉々。
「英二だけ?僕は?」 「って不二先輩まで………」 そうだった、声がするということは話(相槌?)相手がいるということで、 「なんか面白そうだったから」 クラスメイトである彼が一緒にいるのに何ら不思議はない。 もっとも、だからといって揃ってコウモリ状態にならなくてもとは思うけど。 「不二先輩は聞いてないっス」 「そう、何かやったの英二?」 「んにゃ、覚えない。とにかく行ってみんね」 「うん、行ってらっしゃい」 「行ってきまー……す!っと」 一度上に戻るのかなと思いきや、反動をつけそのままの体勢で宙を舞った。 くるりと空中でバランスを整え、見事着地。しかもポーズ付き。 「10.0!」 ぱちぱちぱち………。思わず二人して力ない拍手を送ってしまった。 「さすが………英二というか………」 走り去るのを見送って、不二がそんな呟きを洩らす。 「不二先輩もやる?」 「ちょっと……真似できない、かな」 視線を合わせ、互いに軽く吹き出した。
「まあ、一旦上がってからが無難かな」 身を起こそうと腹筋に力を込める………が、 「越前?」 「ハイ」 「………放してくれない?」 重力に反してる以上、手を掴まれては動くことが出来ない。 「どーしよっかな」 ニッ、口元が生意気そうに動く。 「いい度胸だね………」 にっこりと、こちらも普段通りの底の見えない笑みを浮かべる。 ただし妙な体勢をしているためか、いまいち迫力が弱い。 ホント、変な格好。とはリョーマの心中。 それでも、空気を含んでいつもより柔らかそうな茶色い髪とか、普段隠れて見えない額とか。 感触を確かめてみたくなって手を伸ばす。 「………っ!」 撫でられ、続けて額に口付けられて1瞬だけ不二が身竦む。 「やだなぁ、驚くじゃないか」 とはいえ次の瞬間には既に余裕の呈を見せるあたりが彼らしい。が、 「先輩今2センチ位ずり下がったね」 「乾じゃないんだから………」 「この距離での2センチは大きいよ?」 「ふうん?」 「実践、しましょーか?」 2センチ分、近付いた口元に己のを重ねる。 今度は何の反応も返されなかったのがなにか悔しかった。
「………ちょっ……と、待って」 「なに?」 しつこかったかなと思いつつ。 「本気で放して。頭に血が上る」 そういや顔が赤い。でも普通もっと顕著に表れるもんじゃないかな。 あらゆる意味で顔に出ない人だなと少し感心していると、 「聞いてる?こっちは本当に落ちそうだってのに」 睨まれた。 「落ちれば?」 「あいにくと、受け止めてくれると信じれるほど君に甲斐性あるとは思えなくてね」 ふーん。 「賢明かもね」 体格差しかり、悔しいけど自覚はある。 「自分で認める?それ」 「んじゃ、こんな感じで」 手は握ったまま、背後にまわる。 両手を肩に置かせて、ぽんと合図。 「受け止めるのは無理でも、支えるくらいはできるから」 「ああ、そういう………」 納得した声の不二が、足の力を抜いた。
色素の薄い髪が陽の光を受けて弱く瞬いた。 頭から落下するところを、肩に置いた手を支点にふわりと着地する。 肩にかかった重みは予想していたよりもずっと少なく、あくまで支点としてしか使われなかったことを知る。 その軽さになんとなく、存在感が希薄になった気がして。 顔を合わせる事もなく、流れのままに抱きしめた。
「………文句のひとつも言いたいところなんだけど」 「先輩?」 振りほどくでもなく、妙に大人しい。 「クラクラする。君のせいからね」 だからもう少し支えていてもらうよ、という言葉とともに体重がかかった。
部活が始まるまでの短い一時。 戻ろうか、と言われれば離れる、控えめな体温。 その曖昧さが、悪くないと思える。
彼の肩越しに白い月が見える ぼんやりとして それでも少し眩しい
目が痛くなって ゆっくりと目を閉じた
タイトルは新居昭乃さん。 眠くなる曲です。その眠さを表現したかった………。 捧げ物のため、珍しく不二←リョ風味。不二がそっけない。 この不二さんは拒絶はしないけども全面的に頼ってもくれない、というのを着地のシーンで現したかったが玉砕気味。 最後の句読点のない部分、越前から見て陽の光を不二の髪に透かし見たとしたらここの部分で肩越しに月を見ているのは不二だと思うのですが、言われなきゃわかりませんな。透かしでなく反射だとしたら越前ですし。
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