『春の気配がするね』

 

 

 

 心に浮かんだそのままに口を開こうとして、やめた。

 どこが?って訊かれたら答えられないから。

 

 だって、昼休みにやっと暑くなくなったと話したばかりだし。

暦の上でも体感でも見つけるなら冬の気配であるべきなのだ。

 

部室から、コートまでのほんの短い距離。

上を向けばゆきあいの空。

左右を見渡せば色づき始めた樹木。

吹き抜ける風は冷涼。

 さて、僕はいったいどこから春を察したのでしょう?

 

 こんな経験は良くある事で、素直に口に出して変な目で見られたことも幾度か。

 別に変わり者なのは今更だし、一々気にしてなんかいないのだけど、本日の連れ――――菊丸英二に呆れられたら少しダメージ受けるかもしれない。なんとなく。

 

「不二」

「え?あ、何」

 そんな、本人に聞かれたらちょっと失礼かもしれない事を考えていた最中だったので、珍しく上擦ったような返事になってしまった。

 まさか考え事が読まれる筈も無し、だけどもそういえば無意味にキョロキョロしていた姿も傍から見れば充分変な奴だ。

 英二が不思議そうな顔で振り返る。

 ………振り返るってことは前を向いていたわけで、見られてたわけじゃなさそうだけど。

「ボケてた?」

 もう少し言い様はないものかな。

「………うん」

「ふーん?」

 それ以上の追求はナシ。そういうとこ付き合いやすい。

 

「ごめん、何?」

 一応謝るけど、聞き逃したのではないはずだ。多分。

「んー、たいしたことじゃナイんだけど」

「うん」

 前置きに相槌を打てば、ニッと笑って一言。

 

「春の気配、しなかった?」

 

 

 

「…………………」

「って、おーい不二?」

 何の反応もなかったからか、少しだけ慌てたような声がかかる。

「んな、変なこと言った?」

「そう、じゃなくて………」

「なくて?」

「根拠は?」

「ナイ」

「えーっと………」

 いっそ清々しい。

 やだな英二ってば無駄にカッコイイんだから。ただし一般的意味でなく。

 

「やっぱ変?よく言われるけど不二なら平気かと思ったんだけどなー」

 ケラケラ笑いながら言われるのもなんだかな。

「どういう意味?」

「うわ、そういうとこだけ反応早いし」

「っていうかさ」

「うん」

「変な顔してた?」

「つーか、ムズカシイ顔?」

 なるほど。

 

「難しいんだよね、実際」

「なにが?」

「今、心に浮かんだこと言ったらおかしいなって事考えてて」

「ふんふん」

 こっちは半分本気で困ってるんだけど、逆に楽しそうに頷く英二が恨めしい。

「でもそれをあっさり英二が言っちゃったから」

「春の気配?」

 首を縦に振って肯定すれば、ますます楽しそうだ。

「やっぱり不二も思ったんだ」

「やっぱり?」

 根拠を聞きたかったけど、きっとないんだろうから先を続けた。

 

「とにかくソレ聞いたら、もっと変なこと言いそうになっちゃって」

「とゆーと?」

「怒らない?」

 質問に質問で返されて、英二が目を丸くする。

「怒るようなことなんだ?」

「悪気がないのは確か」

「じゃ、怒んない。内容によっては喚くけど」

「耳元はやめてね。僕と――――」

 

   『僕と友達になってください』

 

 

 

 何なんだろうコレは。

 しかも丁寧語だし。

「いや、問題はそこじゃなくて」

 そうだよねぇ。

「オレ達、友達だよな?既に」

「言葉で確認するのは馬鹿らしいけど、そうだね」

「良かった、ちょっとビビった」

 英二は大仰に胸を撫で下ろす仕草をして、笑った。

 

 

「もう少し説明、ある?」

「ない。自分でも謎」

「んじゃあ、キクマル的解釈OK?」

「助かる」

 楽しみでもあるし。

 

「オレと、『ずっと友達でいたいです』とか、ど?」

 ほぼ確信的な笑顔を浮かべて顔を覗き込まれた。

「一般的で判りやすい良い解釈だね」

「当たり?」

「でも外れ」

 笑顔で否定すると、ピシリと固まった。

「えー!?ヒドっ!!」

「ごめん、でもおかげで判ったよ」

「何なに?」

 回復の速さはさすが。

 

「『今、僕の隣に居るのが英二で嬉しい』」

 言いながら、自分の中で確認。

 うん、間違ってない。

「『少しでも長く居てくれるといいなと思う』、だね」

 

「それは、さっきのとは違うの?」

「全然違うよ」

 にゃ?と首をかしげる仕草が面白くて、小さく笑いながら僕は続けた。

「僕は刹那主義者だから」

「………ああ」

 一拍遅れて納得したような声が上がった。

 こういう時彼は本当に察しがいいと思う。

 

「先のことなんか知ったことじゃない。今が楽しければいいんだ」

「不二は今、楽しいんだ?」

「楽しいよ」

「ん。それってなんか、嬉しい」

「そう?」

「うん、不二が楽しい事が嬉しい」

「それも、嬉しい台詞だね」

「ソージョーコーカ、ってヤツ?」

「相乗効果、そうかもね」

「なんか、いーな」

「うん、いーね」

 えへへ、と二人で顔を合わせて笑いあう。

 と。

 

「なに埒も無い話してんスか」

 低い位置から聞き覚えあるソレよりも低い―――多分呆れ―――声がした。

「越前くん」

「おチビちゃん」

「・・・・・・・・・通行の邪魔なんスけど」

 言われて、首を傾げる。

 確かにノロノロ歩いてはいたけれど、別に入り口を塞いでいたわけじゃない。

「君が会話に参加してくるなんて珍しいね?」

「いっつも我関せずな顔してるくせにー」

「もしくは皮肉を言うか、なのにね。あ、もしかして言いにきた?」

 それはそれで楽しみだったりするんだけど。

 しかし越前は肩をすくめて、

「何か言おうかと思ったけど、あまりの馬鹿らしさに失せました」

「あ、ひどい」

 っていうか言ってるじゃん。

「どっこが馬鹿らしーってんだよー!」

「全部っスよ、どうみても中三男子の会話じゃないでしょうが」

 それは確かにそうだけど。

「越前・・・・・・いつもの事ながら」

「おチビってばホント」

「「生意気」」

「二人で言わなくても・・・・・・」

 

 ぎゃーぎゃー喚いていた僕たちの間を、一瞬吹き抜けるひんやりとした風。

 それは冬の到来を告げるような、

 だけどもその中に、僕は微かな――――――

 

「あ・・・・・・?」

「どしたーおチビ」

 越前を羽交い絞めにしようとして、あっさり逃げられた英二が呟きを聞き咎める。

「いえ・・・・・・なんか、春の気配しませんでした?」

 

 思わず、英二と目を合わせた。

「越前くん、僕らの会話どこから聞いてた?」

「何スか急に。『友達になって』のあたりですけど?」

 答える時に動きが止まったので、そこで英二に捕まった。

「あ、じゃあ」

「お仲間だ!」

「なんなんですか一体!」

 英二にしがみつかれて頭ぐりぐりされて、越前は本当に呆れているようだった。

「不二先輩、笑ってないでこの人なんとかしてください」

「僕が笑ってるのはいつもの事だと思うよ」

「今日はなんか本気で楽しそうっス」

「・・・・・・あのね、感性が似てるのかもって」

 曖昧なものから同じものを連想するのは、どこかで同じ思い出を持っているから。

 同じものを感じた事は、僕らがどこかで重なったということ。

「はい?」

 訝しげな顔もなんのその!

「僕も参戦!」

「おー、こいこい」

「ちょ、何なんですかアンタらはぁ!?」

「あはははははは」

 

 たいして長くも無いつきあいだから。

 重なる想いが嬉しくて、不思議で。

 

 三人もつれあって固まりになりながら、僕は奇跡みたいだと声高く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイトルは遊佐未森より。

カップリングですって言ったら通用しそうだなとか思いながら友情ですから。だって36の会話部分実話だし。中学の時の。

唐突に○の気配がする。と言うと大体「はぁ?」って感じに見られる分、意見が合う人がいると嬉しくなれます。

あと、「今まで思い出せるすべての言葉のなかで、貴方の言った『今が楽しい』という言葉が私の中で一番印象深くて嬉しい言葉だったの」と言った友人の台詞こそが私の中の『一番印象深い台詞』になってます。えらい殺し文句だよね。それを引用してみた。

だから36×リョ?とか言わないように(笑)しかし私の不二はカップリング離れても越前Fanみたいだな・・・・・・。

渕崎あすかちゃんに捧ぐ。勝手に捧ぐ。イラストのお返しに。さんくす。

インスピレーション貰ったと言えるほど大層な話でもないけど、絵を見てこの三人の絡みが書きたくなりましたので。

いや、あのイラストは夏っぽいなーとは思ったのだけど、なんとなく秋の気分だったので、私が。ま、三人とも長袖だし、ね。

好きにしていいと言われたので最後に飾らせてもらいました