夢を見る 小さな滝の前に居る その水は澄んでいて きらきらと、あるいは何色にでも見えるキレイな水 そのキレイさに、思わず僕は手を伸ばす 手のひらいっぱい受け止めて すると滝は消えてしまう あわてて手の中のものだけでも守ろうと思うのに 水は指の間からすり抜けるばかり 少なくなるそれを見ていることしかできなくて かなしくて、泣きたいくらいにかなしくて だけども涙は流れない 自分の中には水は残っていないのだと そのことがもっとかなしくて なすすべもなく立ちすくむ そんな、夢
――――――目があった。
クスリと不二は自嘲する。 この距離でわかるものか、自惚れも甚だしい。 本当は、彼が気付いてくれたのか、こっちを向いているのかすら曖昧だというのに。
未練がましく見つめていてはいけないな、と歩みを進めるが・・・・・・
「不ー二っ!一緒帰ろー!」 「わっ!・・・・・・危ないよ英二」 飛びつかれて傾いだ体をなんとか立て直す。 一度本当に転んだ方が反省してくれるかもしれないと思いつつ。
「珍しくボーっとしてるからっしょ」 「あー、それはそうかも」 離れないまま言われた言葉に反論できない。だからといって英二に非がない事にはならないが、面倒なので黙っておく。 ぼんやりしてた自覚はあるし。
「一緒に帰ろ?」 ちら、と僕の見ていた方向に一瞬目をやった英二は、だけどもそれについて言及するでもなくそう言った。 「うん」
時々誤解されるが、僕らは常にべったりしているわけじゃない。 こうして特に言葉にしなければ、別々に帰ることのほうが多い程度に距離がある。 昼食も他の奴ととる事もあるし、席が遠い時には部活に行く時以外一日話さない時もあるくらいだ。
ただ、
「悪いとは言わないから」 「何が?」 「べーつにー」
自分が、寂しいとか苦しいとか、自覚できるほどに沈んでいる時には、気付くとたいてい隣にいる気がする。 自覚がない時でも、今居てくれて良かったと、実は誰かに居て欲しかったのだろうかと後に気付かされたことも幾度。 逆に以前、不二には空元気が見抜かれる、と言われて驚いたことがある。 見抜いてるわけじゃない。それでも何となく傍に居た方がいいと感じただけ。 多分、そういうことなのだと思う。 磁石のように、片方がマイナスを帯びると引き寄せられる。 何も言わずに傍に居ようと思う。 友人というよりも家族のように。
だとすると、今自分は良くない雰囲気を醸しているのだろうか。 今学期に入って殆ど毎日一緒に帰っている。
そんなことはないと思うのだけど。 だって、と不二は遠くなった校舎を振り返る。
だって、直接話せなくとも。 近くで見れなくとも。
遠目に姿を映す、それだけで満たされるから。 彼の噂を耳にする、それだけで充分だから。
それに、 そのために半年以上掛けて準備していたのだから。
不二は胸に手を当て、短い時間目を閉じる。
晴の日も 雨の日も 雪の日も
いつでも、毎日どんな気候であろうとも思い出せるように。 天気と彼とを結びつけて記憶した。 思い出を。 もう充分すぎるほどに貰ったから。 もう何も望まない。
僕は、満たされている。
「不二」 「なに?」 英二の、珍しくも感情の読めない平坦な声に首を傾げる。 途端にガバっと、再び抱きつかれた。
「今日、泊まりに来ない?」 「今日?唐突だね」 普段よりも強く抱きしめられての会話に、傍を歩いていた女生徒がギョッとした顔で通り過ぎていく。 「で、二人で受験生終わった幸せを満喫すんの」 「と、いうと?」 僕達の内部進学は決定済み。学校にだって自由登校のようなものだ。 「漫画読んで、ビデオ借りてきて、あっ!新しいゲームも買ったから、徹夜で対戦する!」 「徹夜で?明日つらいんじゃないかな」 「だったら明日は学校行かない!昼まで寝よう?同い年のまだ受験終わってない奴らを嘲笑いながらさ」 「性格悪いよ英二?苦労してる人の比較で幸せ測っても意味無いよ」 「比較論の幸せ、上等じゃん。いーんだよ何でも。本人が幸せならそれで。だから・・・・・・」 だから、とやっと英二が離れた。 じっと顔を見つめられて、何の後ろめたさもないのに思わず目を逸らしたくなってしまった。
「だから、不二が幸せって思ってんなら何も言わない」 ズキリ、どこかが軋んだような心地がした。 「僕は・・・・・・・・・幸せだよ」 だって、何も足りないものなどないのだから。 「うん、だったらそれでいい。一人だけの、閉じた幸せもあるんだと思う」 英二は、何も聞かない。 「だけど今日は、折角二人いるんだから二人で幸せ、やろ?」 だけども傍に居てくれる。 「・・・・・・・・・うん。ありがと」
今更意見を翻しはしない。僕は、満たされている。 だけど、今日は心から思った。
「いい友人を持って、僕は幸せ者だね」
当然!と笑う英二の笑顔が少し眩しくて。 細めた視界の端に、ちらと白い、鳥に似た何かを見た気がした。
その身の限り。骨の一かけら、肉の一片になるまで身を砕き。 すべてを食べて貰わないと天国には行けないと。 僕はどこでこの話を聞いたのだろう。
(鳥は天からやってくる遣いだから) (その鳥の血肉となる事によって、人もまた天に還れるんだ)
だけどもこれは僕の我侭だから。
あの子はきっと、遥かな高みを目指せると思ったから。
今度こそ、飛んで欲しかったから、邪魔にはなりたくなかったから。
手放そうって、決めたんだ。
夢を見る 小さな滝の前に居る その水は澄んでいて きらきらと、あるいは何色にでも見えるキレイな水 そのキレイさに、思わず僕は手を伸ばす 手のひらいっぱい受け止めて すると滝は消えてしまう あわてて手の中のものだけでも守ろうと 必死で流れを堰き止めると 流れを失った水は澱んでいくばかり 濁りゆくそれを見ていることしかできなくて かなしくて、泣きたいくらいにかなしくて だけどもこの身から溢れた涙は 水を更に穢すことになる そのことがもっとかなしくて 止めることもできずに立ちすくむ そんな、夢
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不二が怖い・・・・・・・・・。菊丸のすべきことはカウンセラーに見せることではないだろうか・・・? 恒例の最初と最後の詩もどき、入りは同じですけど後半ちょっと違います。どっちがキテます? 上手い日本語使うよりも稚拙さを出した方が痛いかなーと思いまして。痛さ出てます? うちの36はこんな感じです。いつもはあまり仲良く見えないような。かと思うと時々ビックリするくらいに仲良しやっている。 1と2が折り紙と飛行夢繋がりで、2と3は場面的にリンク。1と3と4は水の夢繋がり。あと鳥。シリーズものならではのこういう仕掛けが私は好きです。
これも書き直しました。風で書ききれなかった事をちらほらと。でもまだ入りきってません。
次は菊丸視点。この話の夜。 何故にHが入ったのか自分でも謎。苦手な方ご注意ください。つーかすっ飛ばし可です。 |