痛む肩を押さえて騒がしいコートの上から退出すると、見慣れた仲間達が駆け寄ってきた。

 心配げな顔、少し怒ったような顔。

 しかしそのどれもが自分を慮ったものであり、だからこそ俺はこいつらを全国に導きたかった。

 手塚はそう思いつつ首を巡らせると………ひとところでピタリと止まった。

 

 様々な表情の中、全くの無表情。

 いや、それ自体は大した事ではないのだが、問題は彼が常に微笑を絶やさないタイプの人種という事を身に沁みて知っていること。

 そう、不二周助の笑みが消える時。

 それは………

 

 つかつかつか、歩み寄ってきた不二に、思わず手塚を囲う人の群れが退いてしまったのは致し方ない事であろう。

 そして眼前にてひたりとただ手塚のみをその色素の薄い瞳に映す。

 ゆっくりと開かれる唇が何を紡ぎ出すか、知らず周囲も緊張し………

 

「ばーか」

 思わずコケた。

 

 

 

「ふっ、不二があんな『判りやすい』悪口を言った……!?」

「いや英二先輩、それって………」

 突込みどころはそこか、と言う前に彼の親友である菊丸の物言いに、普段がどうなのか容易に想像がついてしまうところが嫌だ。

 ともあれ珍しい事は間違いない。

 無論、傍観者が何か言っている間にも向こうの話も進んでいる。

 

「大した自己犠牲精神だね、脱帽するよ。そりゃあ、たかが部活、されど部活。その程度のこと、だなんて言わないけど、まさか中学の部活動に人生捧げるとはね。そんなんだから外見だけでなく内面からみても年齢詐称とか言われるんだよ」

 それは、禁句だろ〜!!

 以上、傍観者達の心の声。

 

「あんな機関銃みたいに喋る不二初めて見たな」

 早速データノートに書き加えている乾は、さすがは元No.3かもしれない。

「でも言ってる事に精彩がないよ。あんな程度の毒じゃ不二じゃない〜!」

「英二先輩……さっきからひょっとして揉め事期待してません………?」

「んにゃ、だって不二の遠まわしな毒舌はテニス部名物だろ?」

 そうなのか?

 今更ながらに入部する部を間違った気がしてくる1年生集団であった。

「まだまだだ………わっ!?」

 できることなら今回は傍観者として我関せずを貫きたいという願いも虚しくなったことを、越前は口癖の最中に引かれた腕により知る。

 

「もう少し………この『次期青学の柱』くんを信頼して託しても良かったんじゃない?」

 『この』の辺りで引っ張り込まれた次期柱。

 現・柱に向かって、両肩に手乗せ立たされて。

 要するに二人の間に割り込まされた。

 ………うわぁ、一番嫌な位置。

 

「不二………その事、誰に聞いた?」

 やや困惑したように、ようやく手塚が口を開く。

 んな事いーからオレを巻き込むな。

「二年前の事ならさっき大石に聞いたけど…………ああ、やっぱりそういった話があったんだね。読み易いっていうか、

結構単純だよね手塚って」

 少し判ってきた事、嫌味にいつもの切れがないのは本当に責める気がないからだ。

 あるのは僅かな腹立たしさ――――それは手塚本人の他にも、例えば結局彼に見合うだけの強さを持てなかった不二自身だとか、チームメイトだとか、柱としては未成熟な越前、とか。

 が、そんなことよりとにかく放せ。

「…………………………」

「……………………はぁ」

 何も言えなくなっている手塚に、不二がひとつ深い息をついた。

 そのまま脱力して前方に体を預ける……って待て。

「そーゆー人だよね、君って………」

 どけ。

 という一言が言えないのは一応自分なりにこの場の雰囲気を考えての事か?

 今現在、不二に思い切り後ろから抱き着かれている状態の越前こそため息をつきたいところだ。

 抱きつかれて………それもおそらく、今手塚しか見えていない不二にしてみれば『あご乗せ』程度の認識しかされていない事が判る分余計に。

 せめて人間扱いしてくれ。

 

「………おチビちゃん、あれ実はかつて無いほどヒドイ扱いされてるよな」

「青学のこれから柱、くらいでは不二にとってはあご乗せか………」

「手塚くらい成長すれば横で寄りかかれるのにね〜」

「身長の問題か?そうするとどちらにせよ柱とは不二が凭れる為の存在なのか?」

「だって結局は皆に身勝手に頼られまくるポジションってことだろ?大差ないじゃん」

 何か好き勝手言われてるし。

 っていうか、柱候補降りたくなってきた………。

 

 

 

 

 

 

 

「ひとつ聞いていいっスか?」

 しばしの沈黙の中、そう言って片手を上げたのはあご乗せもとい柱候補。

 いい加減脱出したくなったようだ。

 

 

「何?越前」

 一拍置いて、腕の中のものが言葉を発するものと思い出した不二が覗き込む。

「さっきの大石先輩の話聞いてちょっと疑問に思ったんスけど………」

 その様子から、やっぱり生き物扱いされてなかった事を確信してしまって少しばかり誇りの傷ついた越前であったが、続けたのは他の1、2年も皆聞きたかった事。

 すなわち

「大石先輩以外の先輩方はそのときいなかったんスか?」

 

 

 

 

 例えば……と、今では手塚の傍にはたいてい居る、逆に彼を探すなら手塚を探せというのが定着しているNo.2に視線が集う。

「……僕? ああ僕はその時テニス部じゃなかったから」

 何やら先程とは一転してのほほんとした空気になりながら不二が答えた。

 ちなみに越前はこの隙に脱出成功。

「不二と英二は2学期に写真部からの転部なんだよな」

 今日の相槌役は大石らしい。

「エッ、そうなんですか!?」

「うん、だから君と同じテニス歴2年だよ」

 驚きの声を上げた1年生トリオに、普段通りおっとりと応えた不二の台詞。

 それによって一瞬だけ派手なウェアの1年に目線が集中し、

「ああ…………」

 すぐに同情的な眼差しに変わった事など些細なことか。

「なっ、なんだよその目は!?」

「ごめん、同じテニス歴2年なのにって思ったら……ねぇ?」

「うん………ううん、諦めちゃ駄目だよ?堀尾くん。きっと一生懸命努力してればなんとか………」

 語尾が小さい。

「だからなんなんだよカツオ、カチロー!!」

 悲痛な叫び声が木霊したとかなんとか。

 青学テニス部の未来、見えたかもしれない………。

 

 

「そんなどーでもいいことはさて置いて」

 その一言にますます打ちのめされている者約1名

「不二先輩はともかく、英二先輩も写真部だったったんですか」

「うん、そんで不二と一緒にテニス部入ったんだ〜」

「覚えてるよ、二人が入って来た時の事。少し揉めていたな」

「揉め事?どんなですか大石先輩?」

「事情はさっきの話と少し似ていたかな………」

 

 

 

 

@  大石秀一郎の記憶

 

「お願いします」

 手塚と二人、角を曲がるところで穏やかながらも押しの強い声を聞いた。

 顔を見合わせ曲がりきると、大和部長と一年生らしき見知らぬ生徒二人。

「不二くん写真の才能あるって!不二くんが写真部辞めるならオレも辞めてテニス部入る!!」

 一人がもう一人に向かって叫んでいる。

 しかしその『不二くん』とやらは彼を見ずに部長から視線を外さない。

「いいのですか?君が辞めると君のお友達まで辞めてしまうらしいですよ」

 

「何か……覚えのあるようなやりとりしてるね……」

「大石くんと気が合うんじゃないか?ダブルスでも申し込んでみたらどうだい」

「『不二くん』の方が手塚君タイプだったら入らないだろうけどね」

何となく出て行きにくい雰囲気に呑まれて足止めくっている二人。

 

「関係ないです。菊丸くんの人生ですし」

 『不二くん』どきっぱり。

 

「………彼はシングルス向きかな」

「そうだな………」

 

 

 

 

「こんな感じだったかな………」

「そ、そぉですか………」

 なんともコメントしづらい。

 

「しかし二人とも、写真部に居た頃から仲良かったんだな」

 確かに。

 よく正反対だから上手くいくのだろうと言われている不二と菊丸だが、初めからそれ程相性が良かったとは。

 

「んーん」

「いや全然?」

「え?」

 そろって首を振られて一同困惑。

「写真部に居た時は話もしたこと無かったよな」

「うん、なんか煩そうで苦手だったし」

「何考えてんのか判んなくて不気味だったし」

 ねー?と笑いあう様子が何か奇妙だ。

「え………それじゃあ、あれは……?」

「そうか、大石はあの後忘れ物に気付いて引き返したんだったな………」

 疑問の声に答えたのは意外なことに手塚だった。

「それで正解だったと思うがな………」

 

 

 

A 手塚国光の証言

 

 入部が決まり、部長が去っていくのを眺めつつ、不二が口を開いた。

「それで、何のつもりかな」

「判ってんだろ?黙っててくれた事には感謝するよん」

 双方、声のトーンががガラリと違う。

「見当はつくけど………大方、写真部に飽きてテニス部に入りたかったけど、部員達は嫌いじゃないし言い出せなかったところで、僕が辞めるっていうのを聞いて利用した、ってところかな?」

「当ったり〜!いっやー、中学入ったら思いっきり青春するかのんびりするか、どっちかにしようと思っててさー。んで先に声掛けてきた、のんびりできそうな写真部の方に入ったはいいけど暇すぎて。でもそんな理由じゃ角がたつだろ?」

「都合のいい話だね」

「不二くんが写真の才能あると思うのは本当だよ」

「それはどうも。でも『お友達』というのは間違いだね」

「んじゃ、さ」

 一旦言葉を切り、菊丸は両手で不二の手をとった。

「これから仲良くなろ?」

「………はあ?」

「嘘はキライなんだ。オレ達が友達になれば嘘じゃなくなるし」

「………やっぱり君にばかり都合のいい話だ」

「ま、ね。だってオレの人生だし」

 これは先程不二の言った事に対する揶揄。

「………思ったより頭は悪くないね」

 不二の声に愉快そうな色が混じった。

「そーゆー優しげな顔して実はキツいこと言ってるの見てるのもケッコー楽しいし」

「立居振舞の割に実は、ってことなら菊丸君も負けてないと思うけどね」

 クスクス、笑い声がもれる。

「じゃ、決定。オレのことは英二って呼んで」

「なら僕も呼び捨てでいいよ」

「やたっ!周す………」

「『不二』でいいよ」

 最後まで言わせずに、ニッコリ笑顔で。

「……いーい性格」

「お互い様。僕を利用した分の貸しは高いよ?利子つけて返してね、英二」

 

 

 

 

 

「ますます出て行くに行けなかったな………」

 どこか遠い目をしている手塚。

「そうそう、それが英二との馴れ初めだったっけ」

「なんだ、手塚いたんだ」

 そして妙に楽しげな3年6組コンビ。

 

 やはりコメントし難いが、これだけは言える。

「二人とも、その頃からいい性格してますね………」

 

「「ありがとう」」

 かたやニッコリ、かたやニカッと。

 表現系は違えど根底に見えるは同質のもの。

 誰だ正反対なんて言った奴。

 似たもの同士じゃないか。

 

「あっ!」

 突然声を上げたのはその片割れ。

「どうしたの英二」

「オレ………そん時の借り、返してないじゃん!!うわー、今利子どのくらいになってる?!」

 それは…………恐ろしい。

 心中満場一致。

「………返してもらったよ。余るくらいの利子つきで」

「へ?いつ?どんな?」

「入部してからしばらく。僕が風当たり弱かったの、英二のおかげだし」

「何かしたっけ?」

「集団心理は意外と扇動しやすいものだから」

「………わかりやすく言って」

 そのやりとりに不二は珍しく言いにくそうに視線をめぐらせ、ひとところで止めた。

「えー?………乾、パス」

「不二……面倒になったからといってオレに押し付けるのはやめてくれないか」

「解説は君の方が得意かなって。第三者から見てどうだったかも知りたいし」

 やれやれ、と言いつつも解説モードに入る乾は人がいいのか単なる語り好きか。

「手塚と違って初心者だった不二だが、成長スピードが並じゃなかった。例えば自分が数ヶ月かかった技術を教えたその場でこなしたらどう思う?」

「え、っとー」

 いきなり話を振られた一年達は、慌てて言葉を探す。

 この場合、それが『この』不二周助であるという事は考えずに。なにせ初心者だったころの話だし。

 大石の話を聞く限り、あまりいい先輩勢ではなさそうだし。

「……生意気?」

「うん、放っておけばそうなっただろうね。だけどその前にまずは驚く、だろう?」

「はぁ、そりゃまあ当然」

「その後は第一声が肝心なんだ。誰かが『生意気だ』と一言言えば簡単に伝播する。

 しかし実際に真っ先に反応していたのはいつも英二だった」

「……ああ」

 『スッゲー、不二!』

 二年前の菊丸が惜しみない賞賛を送る光景が目に浮かぶ。

「つられて褒め、マイナス感情が浮かぶ前に不二がくる。持ち前の愛想の良さで『ご指導ありがとうございます。先輩のおかげです』。これで大方がおちる」

「………成る程」

「その後、他の先輩方に教わっているのを見ても、それで似たような状況になっていても、ある意味自分の教え子のような心持になっているため問題ない。そうやって着々と味方を増やしていたな」

「さすが………」

「さらに言うなら、そうして部内のお気に入りになった不二が手塚を褒めるので、手塚への風当たりも弱くなったものだな」

「へー」

 らしいと言うかなんというか。

 

「そういうこと。感謝してるよ英二」

 特に訂正箇所もないらしい不二が笑う。

「気付かんかった」

「まあ手塚に関しては大和部長のとりなしも大きかったと思うけど」

「ああ、あの中学生とは思えん貫禄の」

「そうそう、今の手塚に劣らず人生経験深そうな」

「伝統かね?青学テニス部部長の」

「去年はそうでもなかったし、青学の柱の伝統じゃない?」

「そういう人が選ばれる?」

「のか、あるいは個性あるメンバーを纏め上げる内に常人の数倍経験積んでしまうとか?」

 また好き勝手言ってるし。

 続く展開が読めて、また現実逃避したくなってきた越前だが、次の瞬間二人の視線が急にこちらを向いた。

 ぽんっ!

 両肩にそれぞれ手を乗せて、そろって一声。そりゃもう、にこやかに。

「「ガンバレ未来の柱!」」

「………ヤダ」

 自主退部してしまおうかと本気で考えた。

 

 

 

 

 

「こんな体験他ではできないよ?」

「ヤダって」

「ワガママ言うなよオチビ〜」

「ゼッテー嫌」

 

 まだ言い合っている三人を観察しながらまたも何か書き込んでいる乾に、声をかける。

「乾先輩はその時もういたって事ですか?」

「いや、俺はあの二人を追ってだ。それまでは新聞部に居たよ」

「新聞部………らしいようならしくないような。追ってって?」

「あの二人は貴重な情報源だったからね。英二の人懐っこさに気を許す奴が多くて情報通だったし、不二は風景写真専門だったが時折背景に証拠となるような何かを『偶然』写していたものだから」

 本当に偶然だろうか………?

「その二人が揃って入部だというから、これはどんな部活かと観察しているうちに、データの取り甲斐のある人物が多くて気がついたら入ってたんだ」

「そーですか………」

 この学校、とある人物を中心に動いている気がして止まぬのは何故だろう?

 そのうち世界すらも手中に収めそうな予感すらしてくる。

 

「ああ、そういえばもうひとつ。不二が入部したのは、夏休みに家族旅行の海外で試合を見たからだそうだよ」

「はあ」

 もう聞いてないって。

「その時の話と、最近の不二の様子から見て、不二はそうとう運の良い奴だと思うよ」

「どういうことですか?」

「その時からずっと、試合してみたかったらしいから。まあ決着はつかなかったがな」

「え、それって………」

 含みを感じて一同、やたら楽しそうに後輩をからかう人と、からかわれている本人を見る。

「アメリカ旅行、ですか」

「そういうこと」

 

 

 やはり世界は貴方のものか。

 

 先程退部しようかとも考えたが、こうなったら最早どこにいても同じだろう。

 知ってしまった今、見えない恐怖におびえるよりは、いっそこのままこの部に骨を埋めてしまう方がいいかもしれない。

 

 こうして下級生たちの心は纏まっていくのであった。

 

 

 

 唯一先輩に逆らう事の出来る一年は、なればこそ柱の器である事に気付く日がくるのだろうか。

 未だ止まぬ反論の声が青い空に響いていった………

 

 

 

 

 これも伝統?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンプ感想で募集した、『大石の回想時、他の面々はどうしていたか?』というネタ。

というか参加賞として書いたものです。

氷帝戦終わって久しいし、ジャンプ感想降ろしたのでこっちに移動。

参加者が塚不二の方2名(思音含む)と、不二リョの方1名と、健全の方1名(オフライン知人)でしたのでそういう方向を目指したつもりです。あ、あとリョ不二の此木一匹(笑) 。内訳身内の方が多いですな。

書いてる時手塚VS跡部戦真っ最中だったので違ってる部分もありますが、ま、その場の勢いっつーことで。

ああ、参加してくださった方へ、もしこの先過去話が出てきた場合まだ権利は有効ですから。