窓の外に青々と茂る樹木たちを眺めながら呟く。 「それにしても、いくらBRに参加させられて本部をなんとかするしか手がないとはいえ、僕ら青学メンバーが集まって竜崎コーチを攻撃する為の爆弾を造るなんてね……」 そう言った不二の言葉に一同は黙った。 「……なんで不二、いきなりそんなに説明口調なのさ?」 「うわっ馬鹿!」 沈黙を破った菊丸の素朴な疑問に慌てて口を塞ぐががもう遅い。 「え?」 「え・い・じ♪」 ポンッ いつの間にやら目の前にいた不二が通常通りの笑顔で肩に手を置く。 「そういう書き手に逆らうような発言は寿命を縮めるよ?」 ひきっ 至近距離の不二の笑顔に命の危機を感じた菊丸の顔が引きつったのを、後ろからでもその場にいた全員がわかったという……
「それで、乾。ウイルスの方は問題ないな?」 「当然。あとは本部に衝撃を与えれば、被害状況を確認した時点で感染する」 「よし、では爆弾造りに全力を注ごう」 緊急事態に陥ってもさすがは部長。手塚は見事に青学メンツをまとめ上げていた。 彼の指示に疑問を覚える者など1人もいまい。 なぜ乾にハッキング・ウイルスプログラムが出来るのかなど大した問題ではないし、 なぜ1人どう見てもサボっている奴がいるのかなど、悠々と窓の外を眺めるその人物を知る者なら何ら疑問は無い。 ……いや、きっと見張りをしてくれているのだ。せめてそう思っておこう……。
そんなこんなで爆弾は完成した。 「じゃあ大石と菊丸(生きてた)はこの地点にロープをこんな感じで張ってくれ」 「了解」 仕掛ける方法は乾が指示を出す。 「あと、手塚と河村がこの地点に張れば、データ的には――――――」 「ねえ、ところでさ」 言葉を遮るやけにのんびりとした声。 「……なんだ不二」 「あくまで例えばの話なんだけど、仮にあの辺に他校生が隠れてるとして、もしそいつの武器が手榴弾で、今投げられたら僕ら全滅だよね」 え? 全員に訪れた1瞬の沈黙に、ひゅるるという風を切る音。そして向かって来る小さな物体。 どこが例えだ。 そんなツッコミを入れる間もなく、部長としての責任か、手塚は無謀にも手榴弾に向かって駆けていった。 そして スパーン! 小気味良いインパクト音とともに手塚のラケットが手榴弾を打ち返していた。 「手塚!!」 爆風に飛ばされ意識が遠のく中、手塚には己を呼ぶ声がはっきりと聞こえた。 すなはち 「そのラケットどっから出した?!」 と。 『部長の心部員知らず』
絶対死んだと思ったが、意識は戻るもので、気が付くと見慣れぬ部屋にいた。 身体が鉛を含んだ様に重い。 「あ、手塚、気が付いたんだ」 「不二………」 混濁する記憶を手繰り寄せ、問う。 「無事か、怪我は?」 「僕は大丈夫、君のおかげでね。 全く、意外と無茶するな。手塚は」 「仕方ないだろう。ああしなければ全滅だった」 「でも、あんまり無茶はしないで欲しいんだ。僕は手塚に死んで欲しくない」 「不二………」 「なにしろ君ほど遊び甲斐のあ…………じゃなくて、気に入ってる………いや、僕が大事に思ってる人はいないんだから」 「…………………」 こいつの中での自分の位置付けがわかった気がする。 クスクス笑いながら不二が続ける。 「それにしても、手塚の武器がラケットとはね」 「だから言いたく無かったんだ……」 「まあまあ、僕らテニス部員にとっては馴染みがあっていい鈍器かもよ?」 「からかうな。そういうお前の武器はなんだったんだ」 「僕?僕は………」 言いながら、支給されたリュックを漁る不二が取り出した銀に光る物体は――――― 「フ、フォーク……?」 紛れも無く、ただのフォークでしか無かった。 「お互い、殺傷力の低い武器のペアが残っちゃったね……」 残った……? 「不二、他の奴らはどうした」 ずっと張り付いていた笑みが消え、不二は俯いた。 「もう1つ、手榴弾はあったんだ。君に駆け寄った僕以外は、僕らが造った爆弾の誘爆に巻き込まれて………」 「……………………」 「青学で残ったのは僕と君だけだよ。それから他校生の方も放送を聞く限りあと1人」 「そうか………」 「手塚?無駄なことをした、とか思ってないよね?」 「実際、そうだろう」 「僕は、君のおかげで生きてる。それでも?」 「不二……」 「だから、君は死んじゃだめだよ?もう君しかいないんだから」 さっきは冗談めかして言っていたが、そうするしか無かったのかもしれない。 なにしろあの仲間達はもういない。
「缶詰でも温めるね。ここ診療所だけどちゃんとコンロとかもあるから」 確かに、部屋の隅にフライパンとヤカンくらいしかないようだがキッチンらしきものが見てとれた。 そのとき 窓の外、コンロに火を付けた不二の肩越しに黒い影を認めた手塚は重い身体で無理やり跳ね起きた。 「不二!」 ターン! 夢中で彼を突き飛ばすと、乾いた破裂音とともに左胸に衝撃を覚えた。 霞む視界に、襲撃者が銃を構え直す姿が映る。 もう自分は動けない。逃げろ不二……! ターン! 「ぐぁ!」 再び聞こえた音と、くぐもったうめき声の後には――――――――――― フライパン片手に堂々と立っている不二周助。
「フッ、燕返し」 嘘吐け
「何をやった何を?!」 「やだなぁ手塚。球の威力が強い程カウンターは強力になる事、知ってるだろ?」 そういう次元の話じゃない。 「確かにフライパンで銃弾を防ぐことは―――重量とスピードに無理がある気もするが―――可能だとしても、どうすれば燕返しで狙撃手の方向に、しかも致命傷を負わせるほどの速度で返せると言うんだ?!」 そう、先刻の悲鳴は狙撃手のもの。どうやらもう息は無いらしい。 「うーん、じゃあ燕返し・改ってことで」 だからそういう問題じゃない。 乾………お前は早々に退場して正解だったかもしれないな……。 こいつには最早人間のデータなど無意味だ。 「もういい………」 「ところで手塚、撃たれたとこ大丈夫?」 ………そうだった。 左胸を撃たれて忘れていられるとは、俺も人間離れ感染ったか? 傷を診ようと上着に手をかけると、下から現れたのは、 「これは………防弾チョッキ?」 「うん、さっき手に入れたから、とりあえず着せといたんだ」 手に入れたって、一体お前俺が寝てる間に何人殺した……とはさすがに言えない。 「大した怪我も無さそうだし、身体が重いのはこのせいか……」 「どーせいつもの練習時と変わんないと思って」 「だったら何故自分で着けなかったんだ」 「だって、それ着てたって近距離だったら骨折くらいする訳だし、だったら君が庇ってくれる事に期待しようかと」 盾なんだな俺は。 もう何も言う気がしない。 「あ、温まったよ。缶詰。」 撃たれながらも温めてたのかこいつは………というのも今更だ。 「はい手塚、口開けて」 「は?」 見ると、例のフォークに缶詰の中身を刺してこちらに向けている。 「………自分で食べられる」 フォークを奪い取って口に入れる。 妙な苦味がする………と思った途端に力が抜けた。 「なっ……!」 床に伏して見上げると、全く驚いている気配のない不二と目が合った。 「なんだ……光り方が変だと思ったら、やっぱり毒が塗布してあったんだ。 やだなあ、僕に手で食べろって言うの?」 そんな事より予想してたなら他人で試すな……いやそれより 「解毒……薬…を……」 もう目も上手く働かない。それでも耳はその声をはっきりと拾った。 「さっきの話、聞いてなかったの?手塚。もう僕と君しか残ってないんだよ?」 冷たい勝利者の声を最後に、手塚の意識は闇に絶えた。
船のエンジン音をBGMに、2人の人物が向かい合っている。 「不二周助。大したタマだよ、アンタは」 「それ程でもありませんよ。あ、コーチ、表彰状ってもらえるんですよね?楽しみだなぁ」 にこにこと笑いながら、それでも決してその空気は和んでいない。 「いやいや大したものだよ。実に惜しかった」 そう言ってその女性は銃を向けた。 「……どういう事ですか?」 それでも少年は笑みを絶やさない。 「あの毒は、即効性なんだよ。経口なら死ぬまでに5分も掛かったりしやしない」 「成る程、それは惜しかった。実に惜しいですよ、コーチ。貴方が気付くのが、ね」 「なんだっ…………!」 ドサリ、と女性が崩れ落ちる。その背後から現れた人影に、少年は笑みを送る。 「ね?」
「実際、危なかったぞ。後少し目覚めるのが遅ければ、毒を撒かれていた」 海水で汚れた眼鏡を拭きながら、手塚が睨む。 「まあ結果オーライってことで」 不二はいつもの通り、飄々とかわす。 「それで、一体どう言う事なんだ?書置きに書かれていたのは指示だけだったし、説明してもらおうか」 「あのフォークに毒が塗ってあるのなんか見ればわかったから、診療所にあった弛緩剤と替えておいたんだよ。 あの首輪は盗聴器がついてるから、説明してたらすぐばれるからね」 「なら、紙にでも書いて指示すれば良かっただろう。 わざわざ弛緩剤など使わなくとも良いし、大体負傷中の俺に泳がせる配役よりも逆にした方が良かったんじゃないか?」 「駄目。手塚の演技力信用してないし、濡れるの嫌だったから」 「…………首輪はどうした」 「この前政府のコンピューターに、この首輪がラジオの部品で爆破せずに取り外し可能って書いてあったんだよ。 丁度ラジオも持ってたし、うまくいけばもう1人生きれるかなって思って」 …………お前もハッキング出来るんだな、なんて事はもう当然な気がしてきた。 それよりも、 「なぜ、そうまでして俺を生かした?」 お前なら楽に優勝できたろうに。 「面白そうだったから」 やはりか。 「それに、言ったろ?手塚に死んで欲しくないって。それだけだよ」
これで2人とも追われる身になったわけだ。 だが、生きにくいこの世でも、2人ならば生きて行けると信じてる。 いや、2人というか、不二がピンチなところなど、誰が想像できようか?(反語表現) そして多分、こいつに気に入られている限り、俺が死ぬ事もないだろう。
乗員2人きりの船は進む。 その行く先は、神と不二のみぞ知っている。
Fin
2001年冬頃、仮面舞踏会さんに捧げたものです。 私のテニプリ作品で一番古い。そして生まれて初めて書いたギャグだったりします。 メールにて、 私「不二なら『去年も参加してて外し方しってるんだよね』とかいって首輪外しそうですね」 MITURUさん「それツボです。ギャグ書きたくなってきました」 私「この設定でギャグというと……こんな感じですか?」 マジでこんな流れで書きました。人様の企画に乗っかるの好きだなぁ私も。 思音嬢曰く「あんたの話の中で一番出来がいい」 ……どうもギャグの方がウケがいい気がする私の話。 褒められてんだからいいんですけどね。 にしてもこれ読んでの第一感想が「ラブラブねv」だったあたりはさすがだと思う。それでこそ我が相方。
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