――――――決行は今夜―――――



「どうした不二、手筈はわかってるな」
 張り詰めた気配でも醸してしまったか、隣からの問いに僕は勿論だと微笑んだ。
 もとより僕に迷いはない。
 今夜、ここを脱出する。

 四方を白い壁で囲まれた講義室で、退屈な教官の声を聞き流しつつ、僕はぼんやりと隣席の彼に視線をやる。
 意思表示をしたのは僕だけど、協力者となる前から計画をたてていたのは彼だ。
 彼をそこまで奮い立たせたものがなんなのか、今更ながら少し気にかかるが、確固とした理由があることは察せられるので聞きはしない。
 そう、彼は問題じゃない。
 問題は、もう一人の協力者の方。

 前の席に座る赤毛の先を、他から見えない程度に軽く引っ張ってみた。
 すぐに、でも軽く振り向く大きな目。唇が音を発さずに「なに」と動いた。
 それに倣って僕も口だけ動かす。僕らの陣取った左末端の席ならば、口の動きまでがカメラに収まることはない。

監視はすべて機械まかせで人はいない。だからこそいかに機械を欺くかが重要になってくる。これは今夜のことも含めて。
「英二は・・・・・・・・これからどうするの?」
 大きな目が意外そうに瞬いた。今になって、しかもこんな人の多い時に聞いてくるとは思わなかったのだろう。少しだけ躊躇った後、聞き返してくる。
「不二は、弟くんに会いに行くんだよね?」
 僕は首肯で応える。
 弟が敵勢力に加わったと知った。
 裕太があそこにいて、僕がこのままここで伸し上がれば遠からず相対するだろう。―――命を奪い合う者達として。
 もう、失くしたくなかったものも殆ど残っていないから。成功するにしろ失敗するにしろ後悔の残らぬ道を選びたかった。
 たとえ、このまま何事もなくいけば僕は幹部候補であり、またあちらの勢力に紛れ込めたとしても最下民からのスタートになるとしても後悔などするまい。
 ・・・・・・・・・・・・・・だけど、「英二は?」


「なんも考えてない」
「馬鹿じゃないの」
 即答。思わず声に出しそうになってしまった。

「不二ってば、ひっどーい」
「冗談はさておいて、本気?だったら止めた方がいいよ。このまま残ってた方がいい」
「ホント不二ってば、ひどい。今更俺だけ仲間外れにする気?」
「真面目に!だって・・・・・・・・・・・・・」
「じゃあマジな話、俺抜きでできんの?」
「っ!・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・」

不可能だ。計画は三人それぞれの協力があってこそとなっている。
「だったら余計なこと考えんな。人のこと気にしてる余裕なんてないはずだろ」

「だって、わざわざ命の保障のない道なにも好き好んで行かなくても」
 この学校を出た者が全員幹部になれるわけではないが、クラスに一人いるかいないかの選抜に入った者なら話は別だ。
 このクラスからは珍しく二人。すなわち僕と英二が選ばれている。
「それ、間違い。確かに今のまま行けば優秀組なオレらは前線行きはないだろーけど」
 ピッと人差し指を突きつける。
「なんだって一握りの筈の幹部がこう毎年毎年入るわけ?」
「それは・・・・・・」
「わかってるよね不二、オレらはもう平均寿命の半分生きてる。これだけでも他のどこの勢力より短いよ。でもってオレ達の配属されるだろう場所はさらに早死に率が高い」
 争いとは関係なくとも、平均寿命30年以下。短いのだろうかこれは。
 親の顔は覚えていない。まだ数年大丈夫だと思っていた姉が逝った昨年、何かが狂っている事に気づいた。
「戦いじゃない、病気になるわけでもない。だけど下からあがった俺達は使い捨てだよ。一体何をさせられる?」
 英二の指が黙る僕の髪にサラリと触れた。
「不二は、天才だけど遺伝子が傷ついてる。・・・・・・・・違う、傷ついたからこその天才だよね」
 JAP出身の中で浮く僕の色素の薄い髪と瞳。多分僕も、姉と同じくあと倍も生きられない。
 年々増え続ける、天才と未熟児。今や平均的な能力の者の方が少ない。
 これは、何のため?
「逃げよう不二。多分それが正しいんだ。ううん、きっとどこも正しいとこなんてないんだろうけど、だったら余計やりたいようにしよう。こんなとこに置いていかないで」

「・・・・・・・・・うん、ごめん。そうだね、僕も英二と一緒がいい」

「わかればよろしー」

 英二がニッと、人の悪そうでいてその実、安心させるような笑顔を見せる。

 僕はそれを見てなんとなく、抱きしめたいなと思った。

 

 ちょうど話もまとまった、正にその時、

 ソレは起こった。

 

 

 僕の左側―――――この部屋唯一の出入り口が突然弾けとんだ。

 

 

 

「・・・・・・・・・・っ!」

「不二!?」

 即座にかかった英二の声に、とっさに掲げた腕を下ろす。怪我はない。

「だ、大丈・・・夫・・・・・・・・え?」

 爆風でぼやける視界に入ったのは小柄な人影。

 全身を覆う見覚えの無いパワードスーツと腕ほどの長さの銃。

 

 ―――――-侵入者!

 

 僕がそう認識するまでに、その人影はこちらに銃口を向けている。

 ―――――-死ぬ?

 

 それは妙に現実感のない感覚だった。だから回避行動もとらなかった。

 だから僕は、実際には優秀な兵士ではなかったのだろうと後になって思う。ここに留まらなくて正解だった。

 

 だけどこの時、銃口から伸びた線は僕の髪先を軽く焦がしただけで、それどころか生徒には誰ひとり当たらずに、目標に向かっていた。

 その後連射された数発も、生徒の合間を縫って撃たれたものであるにも拘らず、的確に目標であったらしい教官を捕らえていた・・・・・・らしい。後で聞くところによると。

 随分薄れた煙から見える人物は、今のところ生徒を一人も傷つけていない。

 そのことに僕は、距離一歩分の人物を捕らえるどころか、場違いにも格好いいな、などという感想を持っていた。

 

 その時、

 乾いた破砕音とともに僕の(正確には侵入者の)傍の白い壁が一部飛び散った。

 

 そして続く銃声と、悲鳴と・・・・・・・・血の臭い。

 

 ・・・・・・・・・・・・教官が反撃を開始していた。

 

 血の臭いが強くなる。

 侵入者の銃はおそらくレーザーだ。音もしなければ、当たった肉が焼かれるために血は出ない。

 血臭がするのは・・・・・・・・・

 

 

 パタンと、

 銃声と同時に英二の体が机に伏した。

 

 体が内側から冷やされていくような感覚がした。

 

 

 

「えー・・・・・じ・・・・・・」

 自分が死ぬかと思った時より遥かに強い衝撃だった。

 

 

 

「だいじょーぶ。伏せて」

 その声にハッとして机の下に潜った。

「なんだ、回避運動だったんだ・・・・・・」

「せんせーの銃口見えたかんね。そんでも服ほつれたけど」

 肩口の布が千切れていた。おそらく英二が動かなければ体に当たっていただろう。

「不二も掠ってたっしょ?痛くない?」

「髪にね。怪我は無いよ」

 ふーん、と英二が僕の少しだけ焦げた髪を観察する。

「あの距離でこの程度か。殆ど拡散してないじゃん。いい銃だなー」

「本当。・・・・・・それに英二、まだセキュリティ切ってないよね?」

「直前にやんなきゃ意味ないっしょ。って事は不二もまだだな」

「勿論。あのスーツ欲しいね」

 ここのセキュリティをくぐる高ステルス機能。それは、もはやご破算になりかけている脱出計画に欲しかったものだ。今更遅いが。

「どっちもすごい高性能。何が『敵は文化程度の低い馬鹿ども』だか」

 そう言っていた当人、応戦する教官の銃は昔ながらの実弾である辺りが余計に哀愁を誘う。

 もっとも、周りを気にしないぶん教官の方に分があるとみたが。

「下手すればこっちの最先端越してるよね。・・・・・・それに、英二の言った通りだ」

「ん?」

「所詮僕らは使い捨て、って。ますます未練がなくなったね」

「最初っからないくせに」

「英二を置いていくっていう未練だよ」

「まーだ言ってるし」

 

「お前たち、こんな状況だというのに暢気だな」

「おや、無事で何より。でもってそっちこそ」

 隣の席から呆れたような声がした。無論同じく机の下から。

 彼も僕らよりは劣るとはいえ、次ぐ実力者なのだからそう心配はしていなかった。

 そうでなければもとより仲間になど引き入れていない。

 

 と、

 今度は澄んだ程に高い破砕音が響き渡った。

 

 侵入者の頭部を覆っていた、その眉間辺りの部品が砕け散っていくのが見えた。

 ゆっくり仰向けに倒れていく、覗いた黒髪から見える、おそらく僕らとそう変わりないであろう幼い顔立ち。

 意識は飛ばされたようだがまだ死んではいない。

 

 

 教官が、確実にとどめを刺すべく銃を向けたまま近づいてくる。

 

「あのさ」

 視線をあちらに向けたまま、僕は隣の彼に声をかける。

「この状況下でなんだ不二」

「君に、謝っておこうかと」

「は?」

「ごめんね」

 僕は目を丸くしている彼の頬に軽く口付けて、彼が我に返る前に行動を起こした。

 

 

 教官がトリガーに掛けた指に力を込める。

 その時僕は、身を守る机から飛び出していた。

 

 

 蹴り上げた銃が天井を打ち抜き、舞い上がった。

 

 一応言っておくと、飛び出した時点で僕は撃たれるだろう事を覚悟していた。

 いくら教え子という味方陣営からであろうとも、曲りなりにも教官を務めている以上はその程度の攻撃は凌げなければ話にならない。だから彼も、容易く対応できるはずだった。

 その予想外からの攻撃が、二箇所からでなければ。

 

 

 僕は驚いて、教官の体を狙って蹴りを叩き込んだ人物を見た。

 その人物―――英二も驚いた顔をしていた。

 

 そしてその次の瞬間には互いに我に返り、英二は宙に浮いていた銃が落下して床につく前にそれをキャッチした。

 その頃には僕も、侵入者の持っていたレーザー銃を拾い上げていた。

 どさりと意識を失った教官が倒れ伏す。

 

 一度だけ目を合わせ、何も言わずに一発ずつ撃つ。

 部屋の二箇所に設置されたカメラを壊し、同時に行動にでようとしていたクラスメイトへの威嚇とするために。

 

 そして今度は目も合わせることなく、それぞれ空いた方の手を侵入者の腕に回すと、廊下に飛び出した。

 

 幾多の危険が待ち受けるであろう、外の世界へ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という夢を見ました。ほとんど手を加えることなく夢のまんまです。

はい、ここで終わりです。オチも意味もないです。なにせ夢ですから。

目が覚めて思わず言いました。「このブラコン野郎」と。

・・・・・・・・・って突っ込むべき箇所はそこじゃあない気がするのですけど、もう何から言えばいいのか解りませんでしたので。パワードスーツって何やねんとか。

大前提の設定ができてないくせに細かいとここだわりがあるあたり、私らしいなぁ。

文章化していて、いっそ素直に『コロニー』とか『地球軍』とかいう単語を使ったほうが解り易くないかとも思いましたが、夢で出てこなかった以上勝手に書き足すわけには・・・・・・!←手前の夢で何を言う

明らかに誰かさんの影響受けているのは間違いなし。思音さんにはバレますね。

上が意図的に下民の遺伝子傷つけさせて天才製造してるあたりとか。

 

あ、一応言っておきますけど侵入者は越前じゃありませんよ?隣の席の彼もテニプリキャラじゃなかった。どっかで見たことのあるキャラでしたけど。

侵入者くん到っては顔が見えなかった。けれどあの行動とあの癖のある黒い前髪から察するに、某アニメの主人公ではないかなーとか予想してます。だとしたら彼の意識が戻るまで持ちこたえれば、あの二人助かると思います。あいつ民間人巻き込むの嫌いますから。どこが民間人かわかりませんが、撃たなかったところから見て民間人のくくりなのでしょうきっと。