――――――――-明けない夜の中 君を待つ

 

訪れることのない陽を

 

        残酷な夜明けを待っているから

 

 

 

この錆付いた体のままに―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人払いをかけた部屋で、マザーと連結する機械に横たわる。

 そういえば一人で『入る』のは初めてだな、とふと思い出しながらパネルを操作した。

ゾロリとコードの延びるインターフェイスゴーグルを装着し、切り替えた。

 

 

 ―――――――――――潜入<ダイヴ>―――――――――-

 

 

 

 落ちるような感覚が襲う。

 暗いのではなく、黒く無音の空間に、時折混じるノイズ。

 電気信号の海に、深く深く潜行する。

 ある筈の無い地面を『知覚』し、無事変換が出来た事を知る。

 

 一息ついてから指標確認の為、手を翳しデータを『呼び出す』

 瞬間、軽いノイズと共に黒い空間に浮かび上がったそれに目を通し、指示されたポイントまで『飛んだ』

 

 

 

 

 そのメールが届いたのは二日前だった。

 簡潔に、時間と場所が書かれた呼び出し。

 内部専用のアドレスで届いたそれは、ありえない筈のものだった。

 異例の昇進を重ね、幹部にまで上り詰めた自分―――――越前リョーマという人物は、だからこそ良くも悪くも組織により守られる立場にある。

 このような、明らかに外部からの文書が何の監査にも掛からずに(監査が入ったのならそう伝えられるはずだ)届く事は不可能に近い。

 並みのハッカーではここまで到達する前に弾かれ、尻尾を掴まれる。

しかし今、現実に届いたそれに記された差出人は、己が知る中で最も優秀なハッカー、いや、クラッカーであった人物。

 十年という年月が過ぎ、未だ色あせない印象を残す人。

 

 罠に違いないと思うのに、それでも指示通りに来てしまったのは、一言だけ記されたメッセージのためだろうか。

 他に誰も知らないはずの。

 

 

『あの日、聞けなかった言葉を教えてほしい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 指定されたポイントに佇んでいたのは華奢な人影。

 

「いらっしゃい。いい男になったね」

 この空間での姿は、当人の自己認識によるものが大きい。

 設定を弄れば別の姿を取る事も可能だが、基本的にはその時点での自分像となる筈だ。

 しかし・・・・・・・・・

 

「先輩は、今20代半ばの筈だけど?」

 相対する相手は、どう見ても10代半ばといった様子。

 すなわち、最後に見た時そのままの彼が居た。

「この方が判り易いと思ったんだけど、お気に召さなかったかな」

 クスリと微笑む記憶と寸分変わらぬ彼。

 だけども、だからこそ彼本人ではない可能性が大きい。

 それは、相手方にはそのものではないのにこれだけ自然に見せるだけの技術があるということに繋がるのだから。

「別に、どっちでもいーけど。それよりわざわざ『不二センパイ』が何の用です、か」

 明らかに揶揄するような口調で問えば、苦笑交じりの返答が返った。

「用心深いのはいいことだよ。そうだね、これ、何かわかる?」

 

 ヴ・・・・・・、と鈍い音を立てて彼の手に浮かび上がったものを見て、息を呑んだ。

 

「それは・・・・・・・・・!」

「そう、この情報を売られたら君の所にとって大きな痛手だよね?」

「どうして・・・・・・・・・あそこの護り<プロテクト>は完璧の筈・・・・・・」

「限られた者だけとはいえ、出入りが可能なら完璧とは言えない。

 僕にはその綻びが見える。それだけの話だよ」

 クスクスと、事も無げに言い放つ様に、昔の彼が重なる。

 

(この人は、機械に愛されていた)

 

「信じてもらえたようだね」

 僕が、君の知る不二周助だって。

「・・・・・・まぁね。それで?何を要求するつもり?」

「大した事じゃない。うちの幹部――――特に佐伯虎次郎・菊丸英二両名に、ナノ治療を約束して欲しい」

「佐伯・・・・・・そっか、あそこの所属なわけだ」

 彼と同じ脱走者である菊丸英二は勿論、もう一人の名も覚えがあった。

 なるほど、確かにあの男の統括する組織はコンピューターによる革新が激しかった。

 この二人を引き抜いていたのならばそれも頷ける。

 

「実は昔馴染みでね。そのコネで」

「予想外のところに潜り込んだものだね」

「ああ。だって僕の目的だった裕太はあの後君が殺しちゃったからね」

 サラリと言われた言葉にしばし固まる。

「恨んでる?だからアンタ自らこうして来たの?」

「ううん。仕方ないしね。

おかげで意味がなくなっちゃったから、君の力量を測りに来たっていうのはあるけど」

「オレの?」

「うん。でもそれよりも世話になった二人に恩返しがしたくて。どう?」

「ナノ治療?仮にもそっちのトップをうちに任せていいわけ?」

 越前の属する組織では、医療の発展がめざましかった。

 わずか30年しか生きられぬ傷ついた遺伝子。

それを克服せんとし、ナノコンピュータを使用することによって遺伝子レベルからの治療方が開発された。

 必ずしも適合するとは限らない。拒絶反応を引き起こしただでさえ短い寿命を更に縮めた者も少なくない。

 それでも半数以上が人類本来のレベルにまで回復した。

そして、今現在唯一人の完全に適合した成功例である自分は、もはや老化すらも無縁となり、脳の耐用年数が尽きるその時まで20歳の肉体を維持できると言われている。

 

「信じるよ。これは僕個人としての取引だから。

 あの二人もそのまま君の下についてもいいらしいし。僕たち三人の裏切りだね。

本当はコレ持ってすぐ帰れって言われてる所を独断で君に会ってるんだからね」

 

「へぇ、それで?アンタがそっちに居る限り、こんな事は何度でも起こる。

 こんなの取引なんて言わない」

 下手をすると組織そのものが潰されかねない情報だったが、盾に取られて言うなりになるよりはマシだと思えた。

 だが、その台詞に不二は困惑したように息をついた。

「どうも、効果がありすぎたかな。コレは単なるデモンストレーションだったんだけど」

「というと?」

「えーっとね・・・・・・・・・」

 少しだけ躊躇う様子を見せ、意を決したというように話し出した。

 

「先に言っておく事がある。フェアじゃないからね

 せっかく信じてもらえたところでなんだけど、君の思う・・・・・・会った事のある『不二周助』は2日前に生命活動を停止した」

 

 何を、言われたのかわからなかった。

 

「な・・・・・・に」

「元々寿命が短かったのは知らない?」

 知っていた。

 畸形だからこその才能だと。

 だけども、それでは・・・・・・・・・?

「死んだ?」

「そうなるね」

 

「だけどアンタは・・・・・・・・・あの人だと、思う」

 ふ、とあの人と同じ顔がほころんだ。

「そうだね。僕もそのつもり」

「どういう事?」

「僕は、ゴーストだ。電脳世界に巣くう、かの人の残り香」

「ゴースト・・・・・・?」

その言葉はこの世界において特別な意味も持つ。

「プログラム・・・・・・AI?」

 放浪AIと呼ばれるそれの事か?

 

「それもまた少し違う。そうだな、魂の存在を信じるかい?」

 突然の切りかえ。

 まさか本当に亡霊だとでも言うつもりか?

「人が死ぬ瞬間、僅かながら目方が減るのは知っているね?

 精神とは何だろう?あるいは何よりも重要な、あるいはただの電気信号<パルス>」

「電気・・・・・・」

 それは、つまり。

 

「そう、『不二周助』は、2日前最後の瞬間までここに・・・・・・この世界に居た。

 心をここに生かしたまま、死によって肉体と切り離された」

「でも・・・・・・だけど、それだけじゃ・・・・・・」

「うん、そのままでは不安定すぎる。あっという間にデータの群れに掻き消されて終わり。

 だから彼は・・・・・・僕は、前もってココを」

 ココ、と自らの頭部を指し示した。

「スキャンして、記号化することに成功した」

 

「死の瞬間、そのプログラムをこの空間に流し込み、流離う電気信号と融合させた。

一世一代の大博打だったけどね」

 勝てたみたい、と笑う。

 そんな突拍子も無い事、だけど彼ならやりそうな気がした。

 そして勝つだろうとも。

 だけども信じたく、ない。

 

 

 彼は死んでまた俺は間に合わなくて

 目の前に居る彼は彼でなくしかし紛れも無い彼で

 彼だ、違うプログラム、それでも確かに彼のココロ

 今の自分と何処が違う?

 

 そして彼は今敵対組織に与していて、そこに居る限りとても危険なモノ

 放って置いては、いけないモノ

 

 

 右手がゆっくりと、あるプログラムをなぞる。

 全てのプログラムを・・・・・・この世界に切れぬ物はない『剣』を。

 

「そう、君の持つ『剣』なら、僕も消せるだろう」

 見抜かれていた。

 『彼』の狙いは何だろう?

 

「『不二周助』からの遺言を伝えよう」

「遺言?オレ宛の?」

「これは、さっき中断した取引の続きになってる。僕の処分はその後でいいだろう?」

「・・・・・・わかった」

 

「『僕が欲しくない?』」

 

「え?」

「『プログラムとして思ってくれていい。このAIに出来る事、この力を君が手にすれば、現実<リアル>での均衡は容易く崩れるだろうね。

 君による支配、それも悪くないだろうと僕は思ってる』」

「じゃあ取引って、そっちが差し出すのは―――」

「そう、僕だよ。ただし条件がある。続けるよ」

「『今君と話している僕は自由じゃない。直接協力してくれた佐伯や英二は、好きにしていいって言ってくれてるけど、大きくは組織の子飼いのままだ』」

 『彼』を道具として扱う事ができるのなら、それがどこであれ均衡は崩れる。

「『上には内緒で、初期化する―――鎖を断ち切るパスワードがある。誰も知らない。

 僕にしかわからない。そう、このプログラムも、知らない。

 僕は、飼われる僕を僕と認めてない。全ての鎖を断ち切って、初めて僕は僕に戻れる』」

「パスワードは?」

「さっき言った通り、僕も知らない。ヒントを預かってる」

「言って」

 

「『あの日、君から聞けなかった言葉が僕の望むものである事を祈る』」

 

「・・・・・・それだけ?」

「だけ。何のことかわかる?」

 

 

 受け入れたくなかったのは、この人の死を認める事になるから。

 また、間に合わなかったのだと知るのが怖かったから。

 

 

 

 

『剣』に掛けたままだった手を降ろす。

 

「・・・・・・・・・それでもいいと思ったんだ」

「何?」

「君に消されるなら本望です、って言ったら信じる?」

「信じない」

 ああやっぱり、とクスクス笑い。

「死ぬ事は怖くなかったけど、忘れられるのが怖かったんだ」

 

「覚えていて欲しかったんだ」

 

 似合わないねと言ったら、そうかもしれないねと返って来た。

 

「消してもいいよ。そうしたらきっと、君は傷つくから」

 

 フワフワと掴み所のない優しい笑みで、

 

「君の中に一生痛みとして残れるだろうから」

 

 逃れられない呪縛をかける。

 

「タチ悪・・・・・・・・・」

「同感。でもね越前、それでも見守っててあげるから安心して?」

 

 それともそれは、10年前に掛けられていた?

 

「君の『剣』で、0と1までバラバラになったとしても。

 僕は君の傍にいてあげる。必ず、君の命尽きるまで」

 

「だから、本当にどっちでもいいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタは、いつでも待ってなんかくれない」

「ごめんね、ごめん。今回も待ってられる時間ないんだ」

「いいよ。もう、待たせないから」

 

 目線が変わったことに気付いた。

 10年前と同じ、見上げる姿勢。

 ・・・・・・それでいい。

 あの時と寸分変わらぬこの人がいるのだから。

 

「アンタが・・・・・・先輩が、好き。

 だから、オレの物になって」

 

 

「Yes.My master」

 見えない鎖が砕ける音を聞いた気がした。

 

 

 

 

「ふふ」

「先輩?」

「良かったよ、合ってて。

 これで違ってたら、自意識過剰もいいとこだったから」

 にっこりと、どこか底の見えない笑顔は確かに10年前のまま。

「不二先輩」

 ああ先輩だ。紛れも無くあの時手に入らなかったあの人だ。

「うん、ありがとう越前。これからよろしく」

 

 

 ずっと欲しかった人を、力いっぱい抱きしめた。

 

「やっと、手に入れた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という夢を、見たんですってば。いやここまで話はできてなかったですけど。後半おざなりだし。

・・・・・・白状すると、『現実では無さそうな黒い空間に対峙している二人、不二はもう生きてないようだ』としか夢からは読み取れなかったので、後は適当に考えたものですけど。

脳内で勝手設定ができあがってる所がありますので、読んでわからない箇所もあるでしょう

書ききれなかった部分も多いし・・・・・・・・・というか、書けませんってサイバーものなんか。

私機械疎いんですよー!?用語からして解りませんって。詳しい方、怒らないでお見逃しください。

 

話としては、これもひとつの結末として、悪くないと思います。

私の好きな 人間×人間外 になってるところがさすが私の夢(^^ゞ

ハッピーエンドですよね?←聞くなよ

いや私のリョ不二において、一番幸せそうな気すらしますよ。この後とか考えてみると特に。

そんなワケで後日談オマケを↓に

 

 

 

 

 

 

 

「また来てるし」

「オレだって不二に会いたいんだもーん。

 おチビに言われるほど来てないと思うし?」

「もう少し上司に対する言葉遣いってのを身に付けたほうがいいんじゃない?」

「だっておチビじゃん。

 不二はわかるとして、何でオマエまで10年前の姿してんのさ?」

「いや、最初のインパクトが強くて、それ以降ここに来る度に条件反射で・・・・・・」

「お前ら、一生先輩後輩関係抜けねーな」

「黙れ帰れもう来んな」

「ま、まぁまぁ越前くん、僕も賑やかなほうが嬉しいし。ね?」

「そーだそーだ、不二を寂しがらせんな甲斐性なしー」

「英二ってば・・・・・・」

「・・・・・・・・・不二先輩、寂しいの?」

「えっ、と・・・・・・うん。やっぱりちょっとね」

「・・・・・・じゃあしょうがないか」

「そーそー、それにオレは毎回土産だって持参してんだし」

「土産?」

「不二の好きな店の新作ケーキ。

 実際食べてみてデータとして再現すんの、苦労したんだぞー」

「あはは、ありがとね英二。美味しかったよ。越前くんも食べる?」

「・・・・・・って、味わかんスか?」

「失礼だなぁ。そりゃ、味音痴って言われるけど・・・・・・」

「いや、そうじゃなくて」

「ああそっか。おチビ、味覚オプション付けてないんだっけ?」

「え、そうなの?」

「今度付けてやろっか?休暇一週間分くらいで」

「別にいい。必要性感じないし」

「休暇一ヶ月くれんなら触角オプションもリアルと同じくらいにしてやるよ?」

「触覚って・・・・・・」

「要は、ヤレる仕様。ちなみに不二の方は問題ないぞ」

「ちょっと英二!!越前も考え込むな!」

「いっやー、男として重要だと思うよー?」

「・・・・・・暇なの英二?」

「菊丸先輩、あんだけ仕事与えてんのに何でそんなに余裕あるんスか」

「プログラムは不二に泣きついてるし」

「不二先輩・・・・・・・・・」

「え、いけなかった?早く済んだほうが君の為にもよくない?」

「そりゃ、そーなんっスけど・・・・・・」

「おチビー、不二ははっきり言ってやんないと通じないよん?

 ま、だからオレは助かるんだけど」

「え?何なの?」

「あー、だから!オレはアンタを少しでも独り占めしたくてこの人に雑用いっぱい言いつけてるんだから手伝うな」

「・・・・・・・・・・・・」

「返事は?」

「い・・・・・・イエスマスター」

「そーゆーいかにも照れ隠しにプログラムに徹してみました、みたいな演出はしなくてよし」

「本当に恥ずかしいんだよ・・・・・・・・・どうして信じてくれないかな」

 

 

 

 

 

 

信じてもらえないのは日頃の行いのせいでしょう。

ええと、菊丸と佐伯はナノ治療後、越前の部下になってます。多分他にも六角のメンバー引き抜いて。

越前は帝王街道驀進中(笑)

作中で説明できませんでしたが、電脳世界でここまで好き勝手できるのは不二と、ナノマシンが100%適合した者だけです。ええ、菊丸も越前と同じく適合したらしいです。

佐伯とかも、成功してはいるのだけど100%ではない。そうなると電脳空間に来る事はできるけれど、この人達みたく違和感無く動くことはできません。あと普通に年取ります。

適合者は、上手くすれば200年くらい生きます。不老で。そんなわけで越前の治世は長いです。

脳の限界がきたら、やっぱり不二と同じ手段でゴーストやるんじゃないでしょうか。

電脳空間に巣くう最強バカップル(笑) 恐ろしい(^^;

 

 

タイトルはshe-shellのアルバムより。一曲目の「FLESH」をイメージ。