わたくし流モダンジャズ道へ

ホント またビッグバンドジャズに、ハマりそうです・・・

音楽生活60周年記念
秋吉敏子さんのチャリティー・コンサート!

サントリーホール前広場のクリスマス・イルミネーション 2006.12.4 東京赤坂サントリーホール前の広場は、早くも色とりどりのクリスマスのイルミネーションが点滅して、華やかなムードをかもし出している。まるで、秋吉敏子さんの今までの長い音楽生活を、祝っているかのようだ。

 私は、この日のために予約しておいたホテルにチェックインをすませ、タクシーをとばしてホールに着いたのが、ちょうど開場時刻の夕方6時半。会場前は、すでに入場しようとする大勢の人たちで、混雑していた。

 私の見間違いでなければ、お年を召されたご婦人方がとくに多いような気がする。もちろん、夫婦連れ、若いカップルなどもいるのだが、何んともいえない気品に満ちていて、落ち着いた雰囲気なのだ。

 私は過日の長野でのピアノソロ・コンサートでも思ったのだが、他の会場でもたぶんそうだろう、通常のジャズコンサートとはちょっと違った、やはり秋吉敏子さんのコンサートならではの、独特な情景だと思う。

 会場を入ると、そのすぐ左手には、今まで発売された彼女のCDが、所狭しと並べられ、ちょっとしたラッシュアワーだ。
 この日、新たに発売されたという、彼女のピアノをバックに、彼女の愛娘であるマンデイ満ちるさんの歌が入った「HOPE(希望)」のCDをさっそく1枚買って、入場した。これもいつものことだが、記念にと1冊千円也のプログラム「Children of the Universe」 (左下写真)も買い求めて、席についた。

 S席を予約しておいたのだが、9列の14番、正面よりやや左寄りながら、すぐ目の前にピアノの鍵盤が見え、彼女の老練な指使いが確かめられる、これは特等席だ。隣席の紳士と「ここはすごい」と思わず声を交わしてしまう。
秋吉敏子チャリティーコンサート・プログラム
 そう言えば、今宵は、21世紀を担う世界の子供たちのための、チャリティー・コンサートだという。秋吉さんは、広島、長崎の原爆を悲しみ、そして今は、子供たちのために尽力されているという。

 このコンサートの収益金の一部、そしてプログラムの売上代金は、ユニセフに寄付するのだという。彼女なりきの周年記念の祝い方が、なんともすばらしい。


開演時刻の7時をちょっと過ぎたところで、照明が落ち、ロングドレスに身を包んだエレガントな彼女が、ステージに現れ、ピアノに向かう。
 拍手がまだ鳴り止まない中、おもむろにアップテンポのピアノソロ演奏が始まった。

 そうだ、これは「The Village」、彼女の持ち歌、「木更津甚句」をモチーフとした曲だ。力強いタッチでリズミカルに動く左指から刻まれる、お囃子フレーズのすき間を縫って、右指が軽やかにテーマを奏でていく。
 彼女の今宵にかける意気込み、気合いが、ストレートにこちらに伝わってきた。

 この曲もそうだが、彼女は、日本の民謡、伝統音楽をみんな「秋吉ジャズ」にしてしまう。
 早くも、秋吉ジャズの世界に引きずり込まれている。
 コンサートの第一部は、彼女のピアノにスポットライトを当てた、ワンマンショーとなった。

 マイクを片手に、このチャリティー・コンサートへの感謝のメッセージと、曲目の簡単な紹介の後、「Tempus Fugit」(Bud Powell)「Sweet Lorraine」(M.Parish-C.Burwell) が、たて続けて演奏された。

 「Sweet Lorraine」の曲目は、ベニーグッドマン、ジーンクルーパと組んで名を馳せた、巨匠テディウイルソンのおはこだったという。他のジャズピアニストは弾かない、珍しいレパートリーなのだそうだ。

 この後、ジャズオーケストラ・メンバーのベース、ドラムが入ったトリオで、アップテンポな「Chasing After Love」が演奏された。この曲は、リチャードロジャースの「ラヴァー」のコード進行をもとに、 夫君のルータバキンのために、1978年作曲したものだという。

 また、彼女の特別のリクエストで、この日のために組まれたという、ルータバキンのフルートに、二人の日本人ミュージシャン、鈴木良雄さんのベースとドラム(お名前を聞きそびれた)を加えたカルテットで、「Sumie」(すみ絵)が演奏され、ここではルーが日本古来の横笛を連想させる、ものすごく日本的な情緒がただよう演奏を聴かせてくれた。

 なんでも、この曲は、秋吉さんの良き理解者、バンドのパートナーとして永年連れ添ってきたルーと、初めて出会った思い出深い曲だという。この「Sumie」といい、これぞジャズの本流というところを見せつけてくれた「Chasing After Love」といい、 今さらながら彼女の底知れぬ力と「秋吉ジャズ」の奥深さというものに驚嘆してしまう。

 演奏の合間に、いつものように、曲目の紹介とともに、これまでの道のりとか、ジャズジャイアンツたちとの交流など、音楽生活60年間の思い出話を、うれしそうに彼女自身の言葉で語ってくれた。


20分間の休憩をはさんで、8時から第二部が始まった。お待ちかねの「トシコアキヨシ・ジャズオーケストラ」の登場だ。白いスーツ姿に変身した秋吉さんが、颯爽とステージ上に現れ、その後に、夫君のルータバキンをはじめ、各メンバーが続く。2003年に解散して、この日のために3年振りに同じメンバーを集めて復活させたのだそうだ。

 バンドリーダー・ピアノの秋吉敏子さんに、ブラスセクションは、トランペット、トロンボーンに各4名、サックス(曲目によって、クラリネット、フルート、ピッコロなど持ち替えた)に5名、そしてベース、ドラムの、まずは総勢16名によるビッグバンドの演奏から始まった。

 「Long Yellow Road

レコードジャケット写真Long Yellow Road オープニングは、おなじみのあの曲目「Long Yellow Road」だ。彼女の分身のような曲だ。

 この新しいサントリーホールは、私にとって今回初めてであるが、音響効果はまことにすばらしい。DVD、CDで後日発売されるのだろうか、数台のデジタルムービーカメラと、たくさんのマイクがセッティングされていたが、大きな録音スタジオといってもいいくらい、すばらしい環境だ。 (これについては本ページ末尾の* をご参照ください)

 こんな恵まれた会場で聴く、迫力あるビッグバンド・サウンドは、まさにジャズの原点であり、コンボでは味わえない、鳥肌が立つような興奮と、堪えられない快感を体全体で味わうことができるのだ。体中の血が騒ぐ、とはこのことを言うのだろう。

 それにしても、彼女のジャズは、本能とも思えるような激しさと、抑制的とも思える知性の両方が同居している。さりとて、理屈っぽいとか、むずかしいジャズでは、決してないのだ。彼女が敬愛したバドパウエルとか、デュークエリントンに通じる理念であり、近年では、ウイントンマルサリスなどにも相通じるものがあるような気がする。

 右上のレコードジャケット写真は、秋吉敏子=ルータバキン・ビッグバンドの「ロング・イエロー・ロード」 RVC 1974.4-1975.3録音。
 このアルバムのタイトルともなっている「ロング・イエロー・ロード」は、秋吉さんのテーマ・ミュージックとも言うべき代表的なオリジナル作品だ。この曲のみ、彼女のビッグバンドのファーストアルバム「孤軍」(RCA 1974.4.3-4録音、右下写真がそのジャケット写真) のときのセッションのテークだという。(1974.4.4録音)
 この手元のレコードアルバム二枚は、彼女とルーによる第1作・第2作というわけだ。


 「KOGUN」「Children Of The Universe
レコードジャケット写真KOGUN
 この後、邦楽の第一人者、鼓の堅田喜三久さんらが加わって、「KOGUN」(孤軍)と、「Children Of The Universe」が演奏された。
 ここでは、ルータバキンのフルートと鼓の掛け合いが、とてもすばらしかったですね。曲想自体が日本的であるとは言え、ジャズとは何か、を突きつけられたような、大きな衝撃を味わった。


 「Let Freedom Swing

 今、ちまたでは、曲をバックに語られる「朗読」が流行っているが、ここでは、女優・エッセイストの中井貴恵さんによる英語の朗読が、ドラムをフィーチャーしたアップテンポな「Let Freedom Swing」(秋吉さんの作曲)をバックに行われた。

 コンサートの第二部の司会をされた児山紀芳さんから、この日本語訳が紹介された。
 なんでも、ルーズベルト元大統領夫人のスピーチに、秋吉さん自身のメッセージ「これは全ての『自由』のために命を捧げた人たちへの祈りです。特にアフガニスタンの女性たちが、いつの日か大空にかかる虹を見ることを祈っています(中井さんの訳)」も加筆された、のだと。
 2004年に作曲したというこの曲目、じつは彼女自身にとって、きょうが初演だという。

 「Eulogy」「Drums Conference

 和太鼓奏者として実力ナンバーワンの林英哲さんと、オーケストラのコンガ奏者が加わった「Eulogy」(賛美)と、「Drums Conference」が披露された。
 「Eulogy」は、敬愛するデュークエリントンに捧げた曲であるという。ドラムがフィーチャーされた「Drums Conference」では、終盤、和太鼓の林さんとテナーサックスのルータバキンとの、丁々発止の熱のこもった掛け合い(バトル)は、とてもエキサイティングなものでした。
 林さんがアメリカで披露されたときは、この太鼓の一撃で、観客がぶっ飛んだというくらい、驚愕のステージだったようだ。

 それにしても、リズムに、打楽器に、いゃ、音楽に国境はない、ことを実感させられる。林さんの和太鼓とこのジャズオーケストラとのコラボ、じつは本邦では初めての披露だというではないか。

 「HOPE

当日新発売の「HOPE」CDジャケット 秋吉さんには、目に入れても痛くない一人娘、マンデイ満ちるさんがいるんですね。ヴォーカリストである満ちるさんは、秋吉さんのオリジナルタイトル「ヒロシマ〜そして終焉から」の中の曲目「HOPE」(希望)を、秋吉さんの指揮によるビッグバンドをバックに熱唱してくれた。

 秋吉さんの愛娘を見つめる優しいまなざしが、とても印象的でしたね。因みに、詩は谷川俊太郎さんがお書きになったと言う。

右のジャケット写真は、コンサート当日新発売の、彼女にとっては初めてのシングルCDだという。発売元 日本クラウン


この後、秋吉さんからバンドメンバーの紹介やら、きょうのチャリティーコンサートの収益金の一部と、プログラム売上代金を、ユニセフに寄付するというセレモニーなどが行われ、さらに二曲、きょうの観客のために、軽快なボサノバ調の曲と、これまたなつかしいフォービートジャズを聴かせてくれた。

 ステージ上で演ずる秋吉さんとオーケストラ、手拍子で応える観客とが、ごく自然に一体となった、それはそれは心に残る、感動のフィナーレとなりました。

 ナ、なんと、終演は9時45分。いまさらながら、秋吉さんのエネルギッシュにしてパワフル、超人的なタフぶりには、感服、そして脱帽。迫力あるビッグバンド・サウンドが、私の耳の奥深くにまで共鳴し、余韻となっていつまでも渦巻いている。いまだ興奮冷めやらぬまま、サントリーホールをあとにした。

 思い起こせば、ビッグバンドは、私のジャズの原点でもあります。当時、中学生・高校生であった私は、グレンミラーサウンドとか、ベニーグッドマンオーケストラがきっかけで、ジャズに開眼。爾来この歳までジャズなるものに、心底のめりこむハメになったのですが。さてさて、このビッグバンドジャズなるものに、またまた、ハマりそうですね。

 秋吉敏子さんは、先日、米・国立芸術基金の2007年ジャズマスターズ賞を、受賞したという。これは、ジャズの普及と発展に指導的な役割を果たした人に与えられる、最高の名誉だという。
 秋吉敏子さん、心からおめでとう。そして、これからもずっとずっと、私たちに元気と勇気を与え続けてください。もちろん、私たちも、秋吉さんとともに、未来を信じて進んでいきますから。

 12月12日は、なんと、彼女の満77歳の誕生日だという(1929年生まれ)。 HAPPY BIRTHDAY TO TOSHIKOSAN!

2007.1.27(土) p.m.7:45-9:00 NHK BS2 で当夜のコンサートの模様が、彼女自身の語りとともに放映されましたね。ご覧になられましたでしょうか。わたくしは当夜の震えるような興奮が、またよみがえってきました。
 (2006.12.9, 2007.1.27追記 Copyright (C) 2006-2013 TOKU All Rights Reserved.)


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*このベージに直接入られた方は、2006.8.7「 秋吉敏子ピアノソロ・コンサートの模様
 「わたくし流モダンジャズ道」のページもどうぞご覧ください。
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