わたくし流モダンジャズ道へ

ホント 久しぶりに聴いてきました・・・

秋吉敏子さんのピアノソロ・コンサートに感涙 !

秋吉敏子渡米50周年記念CDアルバム(プレミアム盤)から秋吉敏子さんが、渡米50周年を記念して、今秋(2006年)、ニューアルバム(CD)が発売されるという。このCDの発売キャンペーンを兼ねて、今、全国行脚をされている。

 先日(2006.8.7)、30年ぶりの長野公演 だという「ピアノソロ・コンサート」が長野市若里市民文化ホールで開催された。わたくしも、これまた30年ぶりに秋吉敏子さんのお姿を拝見し、たっぷりと彼女のピアノソロを堪能してきたのです。  当夜は、幸運にも、真正面の、それも前から5列目の席でした。

 今年は彼女にとって、なんと音楽生活60年の節目でもあるという。

 思えば、当時(1973年) 秋吉敏子さんが、ご主人のルータバキン(サックス&フルート)とビッグバンドを組まれ、オーケストラとともに日本にもたびたび来られたのですが、この長野の地でも公演され(1976年か、1977年)、わたくしも初めて憧れの彼女の熱演を聴かせてもらっています。

 当時から、彼女の率いるこのオーケストラの独創性と、その斬新なサウンドに、本場のアメリカはもちろん、世界中に注目されたのですね。惜しいことに、このオーケストラは2003年に解散、現在 彼女はまた原点にかえって、ジャズピアノ演奏に専念されておられる。

 *冒頭の写真は、秋吉敏子さんの渡米50周年を記念して、今秋リリースが予定されているCDアルパム「秋吉敏子渡米50周年日本公演」のジャケット写真。T-TOC RECORDS 2006.3.5-6録音。

 秋吉敏子さんのピアノに、ルータバキンのサックス・フルート、ジョージムラツのベース、ルイスナッシュのドラムスと、いずれも気心の知れた大ベテランと組んでのカルテット演奏。収録の7曲中、「ロングイエローロード」「孤軍」「すみ絵」など6曲が秋吉さんのおなじみのオリジナルだ。

 うれしいことに、これは会場で頒布された限定プレミアム盤だという。半世紀以上にわたる秋吉ジャズの濃縮エキスがぎっしりと詰まったアルバムだけに、聴くほうにもそれだけの覚悟がいる。終演後、会場で秋吉敏子さんから直々にサインまでしていただいた(感涙!!)。


本コンサートの当日、彼女は、別府から飛行機で羽田空港に戻り、羽田からモノレールで乗り継いで東京駅から長野新幹線「あさま」に乗る強行スケジュールだったそうですが、案の定予定時間に間に合わず、一本乗り遅れたという。

 30年振りの長野での公演、とてもなつかしくうれしいと。 (これはたぶん長野びとへの最大限のリップサービスなのでしょうが、彼女は四季折々の自然が楽しめる日本の田舎が、本当に好きだという)  また、予定の開演時間が少し遅れて始まった理由(わけ)などを、演奏の合間にお話されました。いつまでも無邪気というか、少女のような天真爛漫に語る彼女、 これこそ彼女の最初からのジャズスタイルであり、トレードマークなのですね。

 お歳のことをいうのは、ご婦人に対してとても失礼なことなのですが、旅の疲れも見せず、とても76歳とは思えない若々しく、エネルギッシュなジャズ演奏を、この日披露してくれました。それも、途中少し休憩を取られたものの、二時間ほぼぶっ続けで、力強いピアノタッチで、アンコール曲を含めて全部で12曲も熱演してくれたのです。

 彼女は、若い人からご高齢の方まで、とくに女性に今も人気があるようで、当日も会場は秋吉さんのジャズピアノにふさわしい、まことに華やかな雰囲気でありました。

秋吉敏子さんピアノソロコンサートを告げるチラシ
左の写真は、今回の長野でのピアノソロ・コンサートを告げるティートックレコード主催の「ちらし」から引用。



演奏曲目の合間のトークの中で、とてもなつかしそうに、この道に入ったきっかけなどについて語ってくれました。

 当時の日本は、ジャズそのものがまだ珍しい時代で、本場のジャズを生で聴いたり、まして譜面、教則本など何もない時代(彼女は当時すでに、渡辺貞夫さんとか、日本に駐留していたピアノのハンプトンホースなどと共演されていたのですね)、偶々ノーマングランツ率いるJATPが来日したときに(1953年11月)、オスカーピーターソンに認められ、アメリカに紹介されデビューしたのだという。

 その後渡米し(1956年1月)、ボストンにあるバークリー音楽院(現カレッジ)で音楽を勉強したことや、ミュージシャンとの出会など、渡米後のいろいろなできごとを、とても感慨深そうにお話されました。

 当時、うら若き一日本女性が、たとえ大好きなジャズの本場へ行ったとはいえ、一言ではいえないご苦労が多々あったのでしょうが、それらをも超えた半世紀にわたるジャズピアノへの情熱、そして、ジャズそのものへの彼女のこだわりが、言葉の端端、いや、ピアノソロそのものから、ひしひしとこちらに伝わってくるコンサートでもありました。

 この日演奏してくれた「ロングイエローロード」(このイエローとは、まさに渡米した彼女自身のことで、いつもコンサートの最初に演じるのだという) とか、「リメンバリングバド」のことなど・・。彼女は、あのバップピアノの神様、バドパウエルの影響を大きく受けたという。その慕っていたバドパウエルが亡くなったときに、彼女自身が作った曲だという。


彼女のやるジャズには、当時の日本のミュージシャンにはなかった、リズム感、フィーリングに本場のジャズを感じさせるサムシングが、すでにあったのです。

 わたくしが好きだったのは、まさにそこのところで、なかなか言葉では表現できないのですが、ひとつひとつの音の粒というか、間というか、とにかくピアノタッチの強さは、当時から別格でしたね。(今の日本のジャズミュージシャンにとっては、しごく当たり前のことなのですが・・) 

 それと、彼女の曲想には、しっかりと日本人、東洋を感じさせる感性をも持ち合わせているのですね。「リポーズ(青森・森田村の冬)」「キサラズジンク(The Village)」「広島節 (2001.8.6「Hiroshima - Rising From The Abyss」初演のさいのアンコール曲として作曲したのだという)」の演奏をはじめ、当夜のアンコール曲で演奏してくれた古くからの童謡、てんてんてんまり、てんてまり・・で始まる「まりと殿様(Ten Ten)」なぞは、日本にも古くからこんなにも素晴らしいジャズがあるではないか、とさえ思わせてくれたのです。
 これぞ、秋吉ジャズのまさに心髄ですよね。旋律、アドリブ・・とにかく分かりやすい。

 今年(2006年)12月には再度、特別に編成したオーケストラとともに来日されて、4日(月耀)夜に東京サントリーホールで演奏してくれるという。
 いつも元気いっぱいの秋吉敏子さんから、またまたジャズのパワーと、生きる喜びをわれわれファンに与えてくれるに違いない。

 上記の青字の曲目は、記念コンサート当日演奏された曲目のほんの一部です。


秋吉敏子さんのアルバム「インサイツ」右の写真は、手元にある秋吉敏子さんのレコードアルバム「インサイツ」のジャケット写真。RCA 1976.6.22-24録音。彼女の作編曲・指揮により、ご主人のルータバキンと組んでリリースされた意欲的なビッグバンドアルバム。

 いずれも彼女のオリジナル曲が収められているが、とくにB面全体に収録された曲目「ミナマタ」は、あの水俣病の悲劇を題材とした大作で、当時話題を呼んだものです。広島の原爆をテーマとした近年(2001年)の大作「ヒロシマーそして終焉から」のアルバムもそうだが、秋吉さんの信念が見事にジャズとなっているのだ。

 オーケストラのリーダーとして、彼女のすぐれた才能と手腕がここでも発揮され、なんと古来から日本に伝わる邦楽が、ジャズとすんなり融合してしまっているんですね。
 今、日本人が忘れかけている日本古来の美とか、ワビサビといった感覚を、秋吉ジャズは呼び覚ましてくれる。
 手元にある70年代の彼女のレコード「孤軍」(1974.4録音)、「ロングイエローロード」(1974.4,1975.2-3録音)、「花魁譚」(1975.12録音)、「塩銀杏」(1978.11録音)など、今となっては貴重なアルバムであり、とてもなつかしいですね。


(2006.10.8速報) 秋吉敏子さんが、米・国立芸術基金(NEA)ジャズマスターズ賞* をこのほど受賞したというビッグニュースが飛び込んできた。
 永年、彼女がビッグバンドに注力してきた功績が認められたのだという。

 1999年に、日本人として初めて「国際ジャズ名声の殿堂」入りしたこともすごいことですが、またまたの快挙。 彼女、やってくれますね。音楽生活60年の節目を迎えたこのグッドタイミングでの受賞、新聞、そしてテレビに映し出された、本当にうれしそうに無邪気に笑う彼女がとても印象的でした。
 本年(2006年)12月のコンサートが、いよいよ楽しみになってきましたね。

 * NEAジャズマスターズ賞 ピューリッツァー賞と並び称されるジャズの世界の最高に栄誉ある賞だという。1982年以来毎年、ジャズの発展に指導的な役割を果たし、貢献してきたアーティストたちに与えられている。
 2007年ジャズマスターズ賞として、秋吉敏子さん(bandleader)のほか、カーティスフラー(trombone)、フランクウェス(flute)、フィルウッズ(altosax, composer-arranger)、ラムゼイルイス(piano,gospel music)、ジミースコット(vocalist)、ダンモーガンスターン(jazz writer,educator)の7人が選ばれ、来年(2007年)1月にニューヨークで授賞式があるという。

 因みにこの賞は、ディジーガレスピー(1982年)、カウントベーシー、ソニーロリンズ(いずれも1983年)、マイルスデイビス、マックスローチ、オーネットコールマン(いずれも1984年)、アートブレイキー(1988年)、ハンクジョーンズ(1989年)、ホレスシルバー(1995年)、トミーフラナガン、JJジョンソン、ベニーゴルソン(いずれも1996年)、ロンカーター、ウェインショーター(いずれも1998年)、アートファーマー(1999年)、ドナルドバード(2000年)、ジャッキーマクリーン(2001年)、マッコイタイナー(2002年)、エルビンジョーンズ(2003年)、ハビーハンコック(2004年)ら87巨匠が名を連ねており、昨年(2006年)の同賞には、チックコリア、フレディハバードらが選ばれている。(2006.10.6 追記)


 (2006.9.1記 Copyright (C) 2006-2013 TOKU All Rights Reserved.)

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*2006.12.4 サントリーホールでの秋吉敏子さん・チャリティーコンサートの模様を、アップしましたので、こちらもどうぞご覧ください。
*このベージに直接入られた方は、わたくし流モダンジャズ道のページもどうぞご覧ください。

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