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レーベル エマーシーから出されたクリフォードブラウンのレコード


 エマーシーから出されたブラウンのレコードには、この「スタディーインブラウン」(1955.2.23-25録音)のほか、「ベストコーストジャズ」「ブラウンオールスターズ」(いずれも1954.8.11同日録音)、「ブラウンアンドローチ」(1954.8 1955.2録音)、「インコーポレーティッド」(1954.8録音)、「キャラバン」(1954.8.11録音)、ソニーロリンズが加わった「アットベイズンストリート」(1956.1.4,2.16録音)に名演が残されている。

 ちょっと変わったところでは「ブラウンウイズストリングス」(1955.1.18-20録音)、名ヴォーカリスト・ヘレンメリルの代表作(デビューアルバム)としても知られる"You'd Be So Nice To Come Home To"が入った「ヘレンメリルウイズブラウン」(1954.12.22,24録音)、「サラヴォーンウイズブラウン」(1954.12.16,18録音)、「ダイナワシントンウイズブラウン(オールスターライブジャムセッション)」(1954.8.14録音)などもエマーシーから出されている。

 珍しいと言えば他レーベルになるが、ジーンノーマンのマイナーレーベル(GNP)から出された「インコンサート」(1954.4, 8.30 ロス・アンジェルスでの録音)もすばらしい。これは、ブラウンが残した唯一の公式ライブ盤だという。

 下の写真8枚は、上記の青字のタイトルのついたレコードジャケット。

 因みに、クリフォードブラウン=マックスローチクインテットが結成されたのは、1954年3月、メンバーは、クリフォードブラウン(tp)、ハロルドランド(ts)、リッチーパウエル(p)、ジョージモロウ(b)、マックスローチ(ds)であった。
 1955年12月に、テナーのハロルドランドが辞めて、ソニーロリンズが加わったのですね。この素晴らしいクインテットは、 あの1956年6月26日未明の悲劇、クリフォードブラウンの交通事故死で幕が閉じられたのです。
 この事故で、同乗していたパウエル夫妻も亡くなるのですが、フィラデルフィアでのジャムセッションを終えて、次のシカゴ公演に向かう途中での出来事であったという。


Study In Brown Clifford Brown And Max Roach Brown And Roach Incorporated Caravan Clifford Brown All Stars
Clifford Brown And Max Roach At Basin Street Clifford Brown With Strings Helen Merrill With Clifford Brown Max Roach And Clifford Brown In Concert


 これで驚いてはいけません。じつは、ブラウンがエマーシーに収録した未発表の別テークも含めたコンプリート盤が、クリフォードブラウン・パーフェクトコレクション・オン・エマーシーのタイトルで、吹込み順に 10枚のCDにまとめて、1989年にマーキュリーからリリースされたんですね。(発売元日本フォノグラム、下写真)

 発売も、わざわざ彼の命日である6月26日に合わせて限定販売されたのです。1954.8-1956.2のわずか19か月間のすべての記録がここに収められており、それこそいつでも天才トランペッターブラウニーの「永遠に光り輝く不滅の遺産」(本アルバムを監修された児山紀芳さんの言) をこうして聴くことができるんですね。


The Complete EmArcy Recordings Of  Clifford Brown

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