わたくし流モダンジャズ道
モダンジャズとの邂逅 マイルスデイビス ソニーロリンズ ジョンコルトレーン お気に入りのアーティスト モダンジャズにかける私の夢 エピローグ


U 進化するモダンジャズとともに ・・・偉大なるジャズジャイアンツ
マイルスデイビス編


独断と偏見が許されるモダンジャズ

レコードジャケット写真7 一口にモダンジャズと言っても、それこそ多種多彩で、「どういうものなの?」と聴かれても、ホントいくつになっても返答に窮するのであります。
 そして、歳を重ねれば重ねるほど、いよいよ黙りこくってしまうような事態に陥ってしまうのです。

 アーティストで言うのが良いのか、曲目で言うのが良いのか、ジャズの歴史からウンチクするのが良いのか、それより何より、相手の好みが何なのか、レベル(失礼)がどうなのか、そこから入っていかないと実は困るのです。

 聴いてみれば分かるよ、と無責任なことでお茶を濁そうと思っても、さて何を聴かせれば良いのか、ここでまた行き詰ってしまう。

 経験上、確かにキャリア(聴く時間の長さ、そして慣れ)は大事だとは思うのですが、しかし、よく考えてみるとそんなにむずかしい理論とか理屈があるわけではなく、結局は自分にとって楽しいもの、快く聴けるものなど、要は好きなものだけを聴いてきたような気がするのです。
 後になって、ジャズに関する本などを読み、話を聴き、もっともらしい理屈づけをしてきたようなものです。
レコードジャケット写真8
 でも、この感覚(フィーリング)が、実は一番大事なんではないでしょうか。
 そして、あれも聴きたい、これも聴きたいとなって、まぁ、いっぱしのモダンジャズファンになっていくことでいいのではないでしょうか。これでメシを喰ってるわけでもなし、誰がなんと言おうと、自分のお金と時間で勝ち取ってきたものなのですから。

 ここがなんと言ったって、多種多彩なジャズの、一番魅力的なところなんです。
 嫌いなものは、嫌いでいいんです!
 と言いつつも、わたくしが初心者の方にもおすすめするのは、T モダンジャズとの邂逅 で紹介したレコードなぞはいかがでしょうか。(とさりげなくわたくし流を強要する)

*ジャケット写真7 ラウンドアバウトミッドナイト
 マイルスデイビスのオリジナルクインテットによる名盤中の名盤。マイルスに、ジョンコルトレーン(テナーサックス)、レッドガーランド(ピアノ)、ポールチェンバース(ベース)、フィリージョージョーンズ(ドラムス)の豪華メンバー。
 当時、黄金クインテットと言われたグループですが、この「ラウンドアバウトミッドナイト」が、 移籍後の初アルバムとなる。繊細な音でかぼそく吹くミュート使いのマイルスと、このころのハラハラするくらい太くて硬い? コルトレーンとの組み合わせ(絶妙なバランス、鮮やかなコントラスト)から、このような名盤が生まれるのだから、ジャズはおもしろい。

 とくに、タイトルとなっているA面の「'Round Midnight」、イントロ部分でのミュートによるマイルスのソロから、コルトレーンのソロに引継ぐ部分* のスリリングなところがたまらない。A面の2曲目に収録された曲目「Ah-Leu-Cha」が、   このレギュラーメンバーでの最初のレコーディングだったんですね。 CBS 1955.10.27 1956.6.5 9.10 録音 
 *ブレイクという。テーマとアドリブコーラス、アドリブコーラスとコーラスのつなぎ部分ですね。因みに、ブリッジはサビ部分といって、あのAA'BA'のBの部分をいいます。その曲の一番の聴かせどころになるところ、起承転結の転の部分といったらいいですかね。

 *ジャケット写真8 サムシンエルス
 これもマイルスデイビスの名盤。なかでも極めつけはスタンダードナンバーの「枯葉」。学生時代、わざわざダンモっぽく気取って「かれっぱ」と言っていたころがなつかしいですね。
 若かりしマイルスが、キャノンボールアダレー(アルトサックス)、ハンクジョーンズ(ピアノ)、サムジョーンズ(ベース)、アートブレイキー(ドラムス)と息の合った名演を聴かせてくれる。A面の二曲「枯葉」「ラブフォーセール」でのクールなミュートトランペットのマイルスが、なんと言ったって光る。
 キャノンボールのコンボとなっているが、これはマイルスの所属レーベル(プレスティッジ)との契約関係があって、こうなったもの。 Blue Note 1958.3.9 録音


マイルスデイビス、イコールモダンジャズの歴史

レコードジャケット写真9  一番長く、そしてその時代その時代に、ドキドキしながら、いつも一緒になって(あるいは、一緒になろうとして) 聴いてきたアーティストと言えば、それはだれがなんと言おうと(・・・だれも言わないか)、ジャズの帝王、そうマイルスデイビスです。

 マイルスデイビスのこと、そしてマイルスを辿っていくと、摩訶不思議、モダンジャズの歴史、そしてモダンジャズアーティストたちがすべて見えてきてしまうのであります。と言うより、歴史を作ってきたその人と言ってよいでしょう。亡くなった今も、です。

 マイルスデイビスのこと、モダンジャズの歴史については、系統的、網羅式にすばらしいウェブサイト、書籍がそれこそ満天星のごとくありますので、詳細はぜひそちらのほうをこの機会にご覧になることをおすすめします。
 別に手抜きレコードジャケット写真10をするわけではありません。ただ、それにはもう一度勉強し直さないといけませんので・・・どちらも言いわけですね。でも本気でやったら、分厚い何冊もの本になってしまう? ここではそれこそ、わたくし流のわき道と言った感じで、同時代に生きたジャズジャイアンツたちのお話をいたしましょう。

*レコードジャケット9 ディグ
 ハードバップ黎明期の貴重な作品と言っていい。若かりしトランペットのマイルスデイビスが、はや自分のスタイルというか、方向性を形成しつつあったことがうかがえる。
 メンバーはマイルスに、ジャッキーマクリーン(アルトサックス)、ソニーロリンズ(テナーサックス)、ウォルタービショップJr(ピアノ)、トミーポッター(ベース)、アートブレイキー(ドラムス)。とにかくみんなの熱気がすごい。そしてなんたってアートブレイキーがあおること、煽ること。 Prestige 1951.10.5 録音

*レコードジャケット10 ウォーキン
 マイルス出発の雄たけびか、ハードバップの幕開けを告げる喜々としたマイルスが聴ける。
 メンバーは、マイルスのトランペットに、ホレスシルバー(ピアノ)、パーシーヒース(ベース)、ケニークラーク(ドラムス)、曲によってJJジョンソン(トロンボーン)、ラッキートンプソン(テナーサックス)、デイブシルドクラウト(アルトサックス)が加わっている。
 ケニークラークは、バップドラミングの基礎を作った偉大なドラマー。MJQ(モダンジャズカルテット)の初代ドラマーでもありますよね。パーシーヒースもMJQのメンバー。パーシーヒースも、寂しいことに先日(2005.4.28) 81歳で亡くなられましたね。 Prestige 1954.4.3 4.29録音


ブレスティッジ時代の黄金クインテット

レコードジャケット写真11

 わたくしが初めて(理解して)モダンジャズを聴いたのが、じつはこのマイルスデイビスクインテットだったのです。
 そして、このコンボは、マイルスのオリジナルクインテットと言われ、メンバーは、マイルスのトランペットに、ジョンコルトレーン(テナーサックス)、レッドガーランド(ピアノ)、ポールチェンバース(ベース)、フィリージョージョーンズ(ドラムス)でした。

 ガーランド、チェンバース、フィリージョーのこの三人からなるリズムセクションは、当時、オールアメリカンリズムセクションとも言われるような、世界一強力なリズム隊なのでした。

 このオリジナルクインテットは、1955年9月に結成されたのですが、レギュラーメンバーによる演奏は、全部で6枚のレコードに残されています。
 とくに「クッキン」「リラクシン」「ワーキン」「スティーミン」の4枚は、後にマラソンセッションと呼ばれ、マイルスが他のレーベル(CBS)で新しいことをしたくて,プレスティッジとの契約を果たすため、二日間で急いで音録りさせたことで有名ですよね。

 でもいずれも名演で、後世に残る貴重な歴史的なレコードとなっています。
 これらのレコードを聴くと、ジョンコルトレーンがここで自分のスタイルを確立したことが分かります。
 因みに、他の2枚は、だれもが名盤と呼ぶ「ラウンドアバウトミッドナイト(ただしこれは CBSでの録音、本章冒頭の写真)」と、プレスティッジでの黄金クインテットによる初アルバム「マイルス (The New Miles Davis Quintet)」(Prestige   1955.11.16録音 )です。
レコードジャケット写真12
 いずれにしても、マイルスは若い有能なミュージシャンを自分のバンドに引き入れては、その才能をフルに開花させて、後にはすばらしいジャズジャイアンツに育てあげています。

 マイルスは、モダンジャズの革新をすすめるジャズ界のリーダーであり、偉大なるアーティストを輩出させる立派なリーダーでもあったのです。
 自分がこれからやりたい音楽スタイル、アイディアにふさわしいサイドメンを、するどい直感で選別した、これが帝王ならではの特出した才能だったのでしょう。

*レコードジャケット11 クッキン
 マイルスのオリジナルクインテットによる演奏。なんと言っても「マイファニーバレンタイン」が聴きどころ(この曲は以後、マイルスは好んでこの曲を演奏することになる)。
 ミュートトランペットのマイルス、ここにあり(ここに幸ありですね)。コルトレーンの成長ぶりも聴きどころですかね。マイルスはこの録音後にCBSレーベルに移り、モードジャズへ向けて、大きな変貌を遂げていくこととなります。 Prestige  956.10.26録音

*レコードジャケット12 リラクシン
 マイルスのオリジナルクインテットによる演奏。タイトルのとおり、リラックスムードの演奏集、と言いたいところですが内容は別。
 ここでもマイルスのミュートが一段とさえる。卵の殻の上を歩くマイルスとはよく言ったものですよね。全曲いいが、どうしてもと聞かれれば「イフアイワーアベル」がおすすめか。 Prestige 1956. 5.11 10.26録音


変遷のCBS時代その1、モードジャズへの進化

 どこまでマイルスについていけるか、CBSレーベルの時代のマイルスは、それほどまでに革新的にモダンジャズを進化させたのです。
 先にもちょっと触れましたが、マイルスをはじめ他のアーティストたちは、コード進行、コード分解にかかわるいろいろな実験、挑戦を試み、ハードバップを成熟させ、全盛の時代へと持っていったのですが、このころ、マイルスたち先へと進む人たちは、この方式での限界を予感し、真剣に次の方向を探っていたようです。

 そこへ現れたのが、あのオーネットコールマンでした。当時ジャズ喫茶でかかる彼の曲を聴いて、えっ、これってジャズ? と正直思ったものですが。(プロのミュージシャンでも、これが次の時代のジャズなら、俺たちのやってきたことはなんなの?と本気で思ったようですね)

レコードジャケット写真13  でも、マイルスたちは、やはり違いました。コールマンの音を聴いて、ピカッと頭の中でひらめいたものがあったのです。コールマンのまねをしようとしたのではないところがすごいですね。

 コード進行の枠、コード分解の幅を広げた、そうモードジャズへの進化です。モードの説明はドーモ苦手です。ものの本によれば、ギリシャの教会旋法のドリアン、ミクソリディアンなど7種類(のスケール) を使うと従来の和声にもとづくアドリブから、音列にもとづくアドリブへと移行することができるのですと。ますます分からなくなりますね。

 要はモード奏法によってアドリブの幅が広がったと言うことなのですが、まぁ、実際に「マイルストーンズ」(CBS 1958.4.2-3録音) の中のタイトルと同名の曲「MILESTONES」を聴いて実感してみましょう。

 敢えて乱暴な言い方をすれば、まあ、どちらかと言うと、バリバリと吹きまくった個人プレーの時代から、グループサウンドをより重視した時代を迎えることになったのであります。
 そして、モダンジャズ史上に燦然と輝くあの「カインドオブブルー」が生まれるんですね。

*レコードジャケット13 カインドオブブルー
 ゴマンとあるジャズのCD、レコードの中で、これ一枚あればいいとわたくしも思う。みんながそう言うからではない。まぁ、黙って聴いてほしい。
 本当は、この「わたくし流モダンジャズ道」のページのいっとう最初に本ジャケット写真を飾りたかった・・・。出し惜しみをした? いや、最初に聴かないほうがいいと思ったからである。マイルス、そしてそれ以外のアーティストのCD、レコードがみんないらなくなってしまうのだ。(オイオイ、そこまで言うか。おさえて、抑えて) しかしです。
 そうは言いながらも正直のところ当時聴いたときは、本盤だって革新マイルスの出したニューアルバムの一枚との認識だったと思う。本当にこのアルバムの凄さが分かってきたのは、ジャズをかなり聴きこんでからだったのである。
 そして歳を重ねた今さらにこの盤の深淵なるところを聴きとっては、つい涙腺がをゆるんでしまうのだ。
 後年名盤として常にベストセラーだと騒ぎ、これが分からなくてはジャズを聴く資格なぞないとばかりにご宣託される評論家の言に惑わされてはいけない。そして、だからと言って何もあせることはないのです。時を超えて熟成した幻の名酒は、じっくりと時間をかけて味わうのがよろしい。

 長い前置きはさておき、これぞ、モダンジャズファン必携の決定盤と言っていいでしょう。メンバーからして、マイルスに、キャノンボールアダレー(アルトサックス)、ジョンコルトレーン(テナーサックス)、ビルエヴァンス(ピアノ)、ウイントンケリー(ピアノ)、ポールチェンバース(ベース)、ジミーコブ(ドラムス)と、今になればこれ以上は望めない夢のような豪華な組み合わせなんですね。
 曲目は、A面に「ソーホワット」「フレデイーフリーローダー」「ブルーイングリーン」B面に「オールブルース」「フラメンコスケッチ」の計5曲が収められている。なお、「フレディーフリーローダー」(1959.3.2録音)だけピアノがウイントンケリーに代わっている。ここで演奏した曲目「ソーホワット」は以後マイルスのおハコとなるのです(「それがどうした?」は彼の口癖でもあったと言う)。
 因みに、本盤が米コロンビアから初リリースされたのは 1959.8.17 だったという。この日は、やはりこの歴史的な出来事の記念日としてわたくしどもの記憶にとどめておきたいですね。
 それにしてもホント、ジャズを好きになってよかった!(もう何度言ったかな) CBS 1959.3.2 4.22録音
   
 


変遷のCBS時代その2、ジャズとロックの融合へ

 60年代に入ってマイルスは、ハンクモブレー(テナーサックス)、ウイントンケリー(ピアノ)、ポールチェンバース(ベース)、ジミーコブ(ドラムス)らと、ギルエバンス* とのコラボレーションで、オーケストラをバックに活動しています。
 個人的には、ドラムのジミーコブのちょっと重いがカクンカクン(と聞こえる) 小気味の良い4ビートを刻むシンバルワークがとても好きでしたが、マイルスにはステージでハンクモブレーとともに可哀想なくらいいびられた(煽られた) ようですね。

ギルエバンス(1912-1988 アレンジャー) との出会いは、実は1940年代末にまでさかのぼるんですね。
 ビバップからクールジャズを生むことになったマイルスの歴史的な作品「クールの誕生」(Capitol 1949-50)にも彼がかかわっているのです。その後のマイルスが演奏する曲が、とても劇的な作品構成となっているのは、ギルのアイデアによるところが大きかったと言われていますね。
 個人的には、この時代のギルエバンス、オーケストラと組んだ一連の作品よりは、「クールの誕生」のほうが新鮮に感じられて、好きなのですが・・。
 
 ギルエバンスと組んだものでは、「スケッチオブスペイン」(CBS 1959.11.20 1960.3.10録音)、「マイルスデイビスアットカーネギーホール」(CBS 1961.5.19録音) あたりがおすすめです。
 今もって不可思議なのは、皆さんがいいいいとおっしゃる「マイルスアヘッド」(CBS 1957.5録音) が、わたくしにはどうもピッとこないのだが。

 しかしです。この後に起用された若手の新鋭ドラマー、トニーウィリアムスの、まるでパルスのような軽快なフットワーク・ドラミングと聴き比べてしまうと、新時代が到来したことをイヤでも実感してしまうのです。もちろんマイルスも大きな刺激を受けたことでしょう。

レコードジャケット写真14 マイルスはこのメンバーを引き連れて、結成翌年の1964年7月に日本に初めて来ていますね。マイルス、トニーのほか、サムリバース(テナーサックス、来日直前にジョージコールマンから替わった)、ハビーハンコック(ピアノ)、ロンカーター(ベース)のメンバーでしたが、残念ながらわたくしは聴く機会を持つことはできませんでした。

 しかし、うれしいことに東京厚生年金ホールでのライブが収録されていたんですね。エキサイトしたマイルスクインテットが「マイルスイントーキョー」(CBS 1964.7.14録音) で聴くことができます。

 でも何といっても、その後(1964年)、ウェインショーター(テナーサックス)がメンバーに加わることによって、グループとして新たな展開を見せることになるのです。
 ウェインショーターは、アートブレイキーのバンドで華々しくデビューを飾ったのですが、このマイルスグループに引っこ抜かれて、彼の作曲編曲の才能が開花することになるのです。マイルスもこの時期、すっかりショーターに全幅の信頼?を寄せた時代なのかもしれません。
 因みに、このときの豪華なメンバーは、60年代の黄金クインテットと言われたのも、むべなるかな、ですよね。

*レコードジャケット14 E.S.P.
 マイルスに、ウェインショーター(テナーサックス)、ハービーハンコック(ピアノ)、ロンカーター(ベース)、トニーウイリアムス(ドラムス)のメンバーによる初吹き込み。新時代の到来をいやがうえでも実感させられる一枚。
 ショーターとトニーがメンバーに加わって、マイルスグループは、いよいよドキドキ、ハラハラのスリリングな進化を始めるのであります。エイトビートも初めて登場する。ESPは、そう、遠隔透視のことです。何を透視したのでしょう。 CBS 1965.1.20-22録音

  余談ながら、マイルスの全盛期といってよい このCBS時代の1955年から65年までの10年間にリリースされたマイルスの名盤20枚が、「マイルスデイビス・アナログコレクション」と題して、このほどソニーミュージックから発売された。
 CBSでのマイルス初アルバム「ラウンドアバウトミッドナイト」から50周年という記念特別企画のようですが、オリジナル音源・オリジナルジャケットにこだわり、驚くことにアナログレコードときた。マイルスファンを自認するわたくしとしては、ここはいても立ってもいられず買い求め、あらためて全部を聴いてみました。うーん、これがまたいいんですね。
 ・・というわけで、ここではCBS時代のマイルスのほんの一部しか紹介できませんでしたので、嬉しついでにマイルスデイビス・アナログコレクションのすべてを掲載してしまいましょう。 (本稿2006.5.5追記)  


 そして、60年代後半には、マイルスは、いよいよエレクトリックサウンドを重視するようになり、当時ポップスの主流となりつつあったロックのリズムを、本格的に取り入れることになります。
 マイルスがつぎなるステップへと踏み出したのです。

 このあたりで、マイルスファンも、これぞ新しいモダンジャズと歓迎する人と、ついていけなくて去っていく人の二つに別れていったのでしょうね。「マイルスは、無限の可能性に突き進むのか、はたまた、迷路に踏み入るのか」とこのとき名言を残したジャズ評論家もいたくらいですから。

レコードジャケット写真15 その後、メンバーに新たに加わったチックコリア(エレクトリックピアノ)も、ジャックデジョネット(ドラムス)のどちらも大好きなのですが、わたくしの場合は、「ビッチェスブリュー」あたりで、先の評論家と同じ感じを抱いたのですが・・・。
 そして正直言って、これ以降のマイルスを聴くには、もう体力と気力の限界、と言うほかなくなりましたね。

 カリスマ性マイルス(イズム)が、グループ全体にしっかりと定着した時期でもあります。マイルスのほとばしる生気、狂おしいほどの音楽性の追求への情熱は、痛いほど分かるのですが、ひょっとするともうこの時点でジャズの領域を超えたのかもしれませんね。
 音楽にジャンルなんて、もともとないと言いたかったのかもしれません。

*レコードジャケット15 ビッチェスブリュー
 初めて聴いたときは、あっ、間違えたものを買ってきてしまったか、と思ったくらいそれは驚きましたね。とにかく曲がやたらと長いのです。しかも二枚組です。
 いま聴くとなぜそんなに驚いたか、ちょっと不思議ではありますが、つぎはこういくだろうとマイルスの勝手な幻影を、わたくしが期待していたからかもしれません。しかしです。今でもなんかちょっと違うんではないかなぁと思ってしまうんですね、これが・・。

 マイルスのアイディアを、モダンジャズと言うフレームだけで、そもそも聴こうとすること自体にムリがある・・。
 あの鋭い突っ込みとアブないユーモアセンスに、わたくしが常日ごろ尊敬してやまないマイルス研究家の某氏に言わせると、この盤にノレないのはもともと感性がないか、聴かず嫌い(食わず嫌い?)なんだそうですが。
 とまれ、この後のマイルス、そして70年代以降のジャズシーンを理解する上でも、ぜひこの歴史的なアルバムはチェックしておきたい。好き嫌いは聴いてからでいいと思う。 CBS 1969.8.19-21録音


 この後、1973年6月と、1975年1月にマイルスデイビスが自身の新しいセプテットを率いて来日していますね。
 また、ウェインショーターは、70年代初頭にマイルスグループを退団して、ジョーザビヌル(エレクトリックピアノ)らとウェザーリポートを結成して活動し、日本へは同グループで1972年1月に、そしてその後何度か来日している。

 今でもわたくしは、エレクトリックサウンドは、どうもなじめないのです。そして、ロック世界へは、まぁ、これからも踏み入ることはないでしょう。


ラストレコーディングとなった「ドゥーバップ」

 マイルスは、ディジーガレスピー(トランペット)とチャーリーパーカー(アルトサックス)の影響が、ものすごくあったと自身が語っているように、偉大なるバップミュージシャンたちとの交感を通じて、マイルスは新しいクールジャズを誕生させたのでした。1950年前後のことです。

 マイルスデイビスを辿ると、モダンジャズの歴史が分かると最初に言いましたが、やはりマイルスの、ビバップからクールジャズへの変遷のことを触れないと、本当は手抜きと言われるでしょうね。

 でも、マイルスの真髄は、わたくしは、ちょっと粗っぽいかもしれませんが1954年以降の演奏から聴くことでも、よいのではないかと思っています。
 あれほどホットにビバップを演奏していたマイルスが、あるときから、極限にまで音を厳選して、極度に感情をコントロールして、内なる魂の叫びを表現しようとしたマイルス。ミュートトランペットを使って、卵の殻を踏むようなあの繊細な音で、マイクに近づけてささやく、といった彼ならではの独特な奏法に・・・。
CDジャケット写真16
 「原点となったクールジャズでのマイルスと、『ドゥーバップ』で、ロックリズムに乗って吹くマイルスとは、まぎれもなく同じ(バップの)オレなんだよ・・・まぁ、むずかしいこと言わんで聴いとくれよ。」 と、こんなことをわたくしに言わせているのは、ひょっとすると、マイルス自身か。 ソー・ホワット!
  1991.9.28 帝王マイルス、病ニテ死ス・・・・享年65才。

*CD ジヤケット写真16 ドゥーバップ
 これが、マイルスにとっては、本当に最期のレコーディングのひとつとなってしまった。(実際にはあと一回レコーディングをしていたようですが) これぞ、まぎれもなくラップ音楽、ヒップホップだ。
 でも吹いているトランペットは、やはりマイルスの、あのマイルストーンそのものではないか。矛盾するようだが、ここでは激しいのに妙に穏やかなのだ。死を予感したか、何か悟りの境地のようなものさえ、わたくしには感じるのです。 WB 1991.1-2 録音


ちょっと道草 ・・・アーリーマイルスと10インチLPのお話

 わたくしが学生のころは、LPレコードは、12インチ(30cm)だけではなく、10インチ(25cm)という少しサイズが小さめのレコードがありました。

 お値段が12インチ盤より安かったので、当時はシングル盤か、それこそお小遣いをちびちび貯めて、清水の舞台から飛び降りたつもりでこの盤を買ったものです。それでも1枚千円くらいでしたかね。12インチ盤が2〜3千円してましたから、ムリしてなんとか買えたというわけです。

 それでも控えめに物価水準を現在より1/10として見ても、当時の実勢価格は1万円ですよね。じっさいジャズ喫茶でのコーヒー一杯が50〜60円くらいの時代でしたから、いかに高かったかお分かりいただけると思います。

10インチLPレコード 実は、ジャズに限って言えば、この10インチ盤こそ、発売当初はLPレコードの定番サイズだったのです。
 そして、12インチ盤が主流となったのは、ステレオ時代を迎えた1960年ごろのことだったんです。驚くことにSP盤もまだ発売されており、製造中止となったのは1963年になってからなんですね。

 SP盤が片面3〜4分くらいでしたから、50年代に入って10インチ盤LPが発売されるようになって、格段に長くなった、と言っても片面11〜2分くらいですかね。
 でもまぁ、アドリブが生命のジャズには、これでも欲求不満で、結局は50年代半ば以降になってやっと12インチ盤が発売され、これがジャズの視点から見ると、ものすごくエポックメーキングなことだったのです。

 時間制約に縛られずに、ミュージシャンが、それこそ自由にプレイできるようになったわけですから・・・。ジャズの普及と進化の真相は、実はロングプレーが可能となった12インチレコードにあった?というわけです。
 とまれ、わたくしが学生時代から社会人になったころは、まだこの10インチ盤はちょくちょく見かけましたね。

 余談が長くなりましたが、上のジャケット写真が、なんと、マイルスがリーダーとして最初にプレスティッジに吹き込んだ10インチLP「マイルスデイビス/ブルーピリオッド(PRLP-140)なんですね。
 このA面の「bluing」とB面2曲目の「Out Of The Blue」は 1951.10.5収録のもので、この日のセッションのメンバーは、マイルスにソニーロリンズ(テナーサックス)、ジャッキーマクリーン(アルトサックス)、ウォルタービショップJr(ピアノ)、トミーポッター(ベース)、アートブレイキー(ドラムス)なのです。

 B面最初の「Blue Room」は、これに先立つ 1951.1.17収録のもので、この日のセッションは、マイルスをリーダーに、ソニーロリンズ(テナーサックス)、ベニーグリーン(トロンボーン)、ジョンルイス(ピアノ)、パーシーヒース(ベース)、ロイヘインズ(ドラムマイルスデイビス初吹込み12インチLPス)が加わっているのです。
 そして、この曲はロリンズとベニーグリーンが抜けたマイルスのワーンホーンだとばかり思っていたのですが、何回聴いても最後にロリンズのソロが16小節入っているんですね。これがまたとてもいいんですね。(これは新発見です?)
 それはともかく、これらのセッションって、どこかで聞き覚え(見覚え)あるよな、ですって?

 鋭い、そうなんです。これは、本章の最初のほうで取り上げたプレスティッジでの12インチレコード2作目にあたる「ディグ」(1951.10.5収録) の中の二曲「Out Of The Blue」「Bluing」と、左写真の「マイルスデイビスアンドホーンズ」(1951.1.17, 1953.2.19収録) に収められている 1951.1.17セッションの中の「Blue Room」が、この10インチLP盤だったんですね。

 いずれもハードバップの目覚まし時計ともなった歴史的なレコードです。このころイーストコーストはまったくの沈滞ムードで、仕事はロクになく、しかもマイルスの体調も最悪の時期にあったんですね。

 それでも若さと才能でしょうかね、そんなことを感じさせないマイルス、そしてアートブレイキーがとくにすばらしい演奏をしています。
 また、次章で取り上げる才能あふれるロリンズを、マイルスが見初めた決定的な瞬間でもあったのです。

 因みに、プレスティッジの手元のカタログを見ると、マイルスデイビスの10インチLPは、このほかに PRLP-113「Modern Jazz Trumpets/F.Navarro, D.Gillespie, M.Davis, K.Dorham」(Miles 1951.1.17録音) PRLP-116「Lee Conitz The New Sounds」(1951.3.8録音) PRLP-124「Miles Davis The New Sounds」(1951.10.5録音) PRLP-154「Miles Davis Plays The Compositions Of Al Cohn」1953.2.19録音) PRLP-161「Miles Davis」(1953.5.19, 1954.3.15録音) PRLP-185「Miles Davis Quintet」(1954.4.3録音) があります。

 それと、先ほどの「Blue Room」の曲ですが、左写真の12インチ盤LPでは、ロリンズが聴かれないんです。別テークがあったんですね。(本稿2005.5.14追記)
 12インチレコードになってからのマイルスのプレスティッジ時代(PRLP7000-7500番 Miles, Coltrane, Rollins) を別掲しましたので、どうぞご覧になってください。(本稿2006.5.20追記)

7インチLPレコード マイルスの傑作「KIND OF BLUE」を予感させる7インチLPの怪?

  先日、我が家からおもしろいものが出てきた。すっかり忘れていたのですが、昔の7インチ(17cm)LPレコードなんですね。(右写真、33回回転でセンターの穴が小さいのでEPレコードではありません)

 この7インチアルバムは、マイルスの「On Green Dolphin Street」(右の画像をクリックして見てください)なるタイトルがつけられています。A面にタイトルともなっている1曲と、B面に「Stella By Starlight」「Put Your Little Foot Right Out(Fran-Dance)」の2曲が入っているのです。
 ちょうど「マイルストーンズ」とあの「カインドオブブルー」の間に録音された貴重なものなんですね。
 メンバーはマイルスに、キャノンボールアダレー、ジョンコルトレーン、ビルエヴァンス、ポールチェンバース、ジミーコブの大傑作「カインドオブブルー」のメンバーなのです。
 この豪華メンバーによるスタジオでの吹込みは、セクステットとしては、このアルバムの2曲*「On Green Dolphin Street」「Fran-Dance」と、「カインド・・」の中の3曲「So What」「All Blues」「Flamenco Sketches」と合わせて5曲しかないのですと。
 いやはや驚きました。探せばいろいろと出てくるものですね。(*じつはもう1曲「Love For Sale」があります。) 定価600円 CBS 1958.5.26録音。(本稿2005.6.13追記)

 今やCDの時代、アナログレコードは簡単に聴けないことや、置き場所にも困ってだいぶ処分してしまいました。(泣)
 好きなマイルス、ロリンズ、コルトレーンのレコードだけは、どうやら難を逃れることができました。数少ないレコードではありますが、皆さんにできるだけこの歴史的な遺産?をたくさん披露 していきたいと思います。
 一部CD盤となることはどうぞご容赦ください。

 本ページ冒頭
(U 進化するモダンジャズとともに、偉大なるジャズジャイアンツ・ソニーロリンズ編 へつづく 2005.3.21記 Copyright (C) 2005-2013 TOKU All Rights Reserved.)


モダンジャズとの邂逅 マイルスデイビス ソニーロリンズ ジョンコルトレーン お気に入りのアーティスト モダンジャズにかける私の夢 エピローグ

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