切手収集ことはじめ

目 次 収集スタンス <記念切手編1 -2 -3 -4 通常切手戦前編 戦後編 補足編1 -2 TOPICS-1 -2

U 切手コレクションへのお誘い 

1 コレクションの原点となった美しい記念切手(その2)


戦後のもうひとつの風景切手・・・観光地百選


 これらのシリーズとはちょっと違ったスタイルの風景切手を、ここでもうひとつ取り上げることにします。1951(昭和26)年から発行されたいわゆる観光地百選といわれる切手です。
 大型の図柄が美しい切手趣味週間の切手とともに、わたくしが切手と別府観光切手いうものにめざめた思い出深いシリーズのひとつでもあります。

 この観光地百選切手は、国内外への観光事業の宣伝用として、投票により日本の代表的な観光地を選んでもらい、その中から候補を絞ったのです。

 これに先立つ 1949(昭和24)年3月10日に、別府の2枚の切手 (国内はがき用2円、封書用5円、いずれも凹版2色刷りで発行枚数は各500万枚) が発行されたのですが、これはあまり評判が良くなかったのですね。
 (右写真 図柄はいずれも別府港と高崎山)

 この反省をふまえて 1951(昭和26)年から、10回にわたって観光地百選切手として発売されたのです。ただし、小型シートは発行されませんでした。(国内封書用8円、外国向け書状用24円の二種類を発行した。錦帯橋のみ国内封書用10円)


景勝地を人気投票で決めた 観光地百選切手


蔵王山・日本平観光地切手

 上の写真左から
蔵王山<山岳の部第一位> 1951(昭和26).2.15発行 樹氷とスキーヤーを描いた蔵王の冬景色二種、地蔵岳中腹(24円、50万枚) ・ザンゲ坂下(8円、500万枚)  ※括弧内は切手額面と発行枚数。以下同じ。
日本平<平原の部第一位> 1951(昭和26).4.2発行 静岡県日本平の茶摘み(8円、500万枚) ・日本平よりの富士山展望(24円、50万枚)


箱根温泉・赤目四十八滝観光地切手

箱根温泉<温泉の部第一位> 1951(昭和26).5.25発行 芦ノ湖大観(24円、100万枚) ・大涌谷(8円、450万枚)
赤目四十八滝<瀑布の部第一位> 1951(昭和26).6.1発行 三重県名張市の千手の滝(8円、450万枚) ・荷担(にない)の滝(24円、100万枚)


和歌浦友ケ島・宇治川観光地切手

和歌浦友ケ島<海岸の部第一位> 1951(昭和26).6.25発行 和歌山市沖の島野奈浦(24円、100万枚)> ・和歌浦観海閣(8円、450万枚)
宇治川<河川の部第一位> 1951(昭和26).8.1発行 京都府の宇治川ライン(8円、450万枚) ・宇治橋より上流を望む(24円、100万枚)


長崎・菅沼丸沼観光地切手

長崎<都邑の部第一位> 1951(昭和26).9.15発行 崇福寺竜宮門と長崎港 (24円、100万枚) ・大浦天主堂と長崎港 (8円、450万枚)
菅沼・丸沼<湖沼の部第一位> 1951(昭和26).10.1発行 群馬県の丸沼(8円、450万枚) ・菅沼(24円、100万枚)


昇仙峡・錦帯橋観光地切手

昇仙峡<渓谷の部第一位> 1951(昭和26).10.15発行 山梨県長潭(ながとろ)橋(24円、100万枚) ・昇仙峡主峰の覚円峰(8円、450万枚)
錦帯橋<建造物の部第一位> 1953(昭和28).5.3発行 広重筆になる錦帯橋(10円、450万枚) ・山口県岩国市の錦帯橋(24円、100万枚) この錦帯橋の切手だけは、1950年のキティー台風で橋本体が流されたため、再建を待って発行されたことにより大幅に遅れた。


テーマ別に記念切手を集めて見る


 わが国の記念切手は、いったい何種類で何枚発行されているのでしょうか。分厚い日本切手カタログを数える郵便創始50年記念初日カバー勇気はちょっとありませんが、最初はシリーズものとか、動植物の図柄を集めるとか、絵画が好きな方は画家別に集めるとか、歴史の好きな方は故事来歴をたどって集めてみることもできます。

 要は、皆さんそれぞれの興味、関心事のある切手の収集からまず始めてみるのがよいでしょう。
 そして、これらの切手発行の背景とか、時代、印刷技術のこと、用紙のことなどを見ていくことで、収集範囲はどんどんと広がっていくと思います。

 実際にどういうふうに使われたのだろうか(実逓使用例といいます)と、未使用切手だけではなく、消印のある使用済切手とか、エンタイア(切手付き封筒)にまで興味がひろがっていくかもしれません。

 初日カバーとか、絵葉書などにも目がいくことでしょう。テーマによっては、外国ではどうだろうかと、外国切手にまで収集の範囲が広がっていくかもしれません。ここまでくると、もうこれは立派な専門収集の入り口に立っていることになります。  

右写真 郵便創始50年記念初日カバー 1921(大正10).4.20発行。当時の逓信省建物と郵便創始者前島密の銅像、時の第25代逓信大臣野田卯太郎までが納まっている。左下部に額面3銭の記念切手が貼られ「通信事業創始五十年紀念」のスタンプが押されている。この記念切手については次ページで詳しく取り上げたい思います。

 わたくしは、そういう集め方をしてこなかったのですから、偉そうなことは言えませんが、今まで紹介してきた風景切手なども、単に切手が美しいとか、観光といった切り口だけではなく、今流でいえば自然保護、環境保護といった観点から、その時代その時代の考え方、変化などを見ていくこともおもしろいのかもしれませんね。

 歴史といえば、今話題の郵便制度、郵便事業ひとつを取っても、これにかかわる切手は、戦前の飛行郵便試行記念(1919.10.3発行、1銭5厘、3銭の2種類の通常切手に飛行機のマークを石版加刷)、郵便創始50年記念(1921.4.20発行1銭5厘、3銭、4銭、10銭の4種類)、逓伸びゆく電気通信展切手小型シート信記念日制定記念(1934.4.20発行、9銭5厘、16銭5厘、18銭、33銭の芦ノ湖航空切手4枚を組み合わせたわが国初の小型シート)切手などをはじめ、膨大な数の切手が今までに発行されています。

 お膝元ですから、当然といえば当然ですが、あまりにも数が多いので、ここでは手持ちの切手の中から、万国郵便連合(UPU)にかかわる記念切手と、国際無線通信連合(ITU)、電気通信、放送に関係する記念切手などを中心にちょっと紹介してみましょう。

 わたくしがアマチュア無線(ハム)をやっている関係で、ここに並べてみたのですが、じつは、このテーマ分野では世界各国にまで広げられて、長年立派な収集をされておられ、切手展でも数々の受賞をされている先輩の方がいらっしゃいますので、とてもお恥ずかしいのですが・・。

伸び行く電気通信展記念切手 1949.5.11発行、額面20円の小型シートで発行された。最新の電気通信機器の展示などを通じて、これからの夢の科学技術を紹介し、戦後復興の柱として喧伝するために東京の三越デパートで開催されたもの。
 図柄は、無線塔と星(希望の星?)に、シートは当時の最新の真空管(ST管)と送受話器が描かれている。小型シートとしては、なかなかの出来であると思う。
 因みに、この時期各地で同趣旨の展覧会が開催されたが、当時の郵政事業の台所事情から頻繁に記念切手も発行されたのでした。この切手の額面20円は、当時速達料金に相当するんですが、封書の基本料金8円を考えると安くはないですよね。

 余談になりますが、わたくしはこの切手を見るたびに地方都市である長野市で、これと同じような趣旨で開催された戦後初の長野平和博覧会(1949.4-5)の思い出が鮮明によみがえってくるのであります。この前年の10月には長野逓信展(われらの逓信文化展覧会)も開催されており、両方とも記念切手(シート)が発行されています。

万国郵便連合に関係する切手

 世界各国の外国郵便の料金等のルールを条約によって統一し、取り扱いを簡略化しようと発足したのが、万国郵便連合(UPU)です。1874(明治7)年10月9日にスイスの首都ベルンでのことです(第1回万国郵便大会議、郵便総連合創設に関する条約締結)。

 UPUの名称が決まったのは、じつは1878年に開催されたパリでの第2回万国郵便大会議で、このときは日本も参加しています。その前年の6月1日にわが国のUPU加盟が承認されたのです。それまではヨーロッパ便などは米国を通じてやっていたのですね。

 そして、UPUに関係するわが国最初の記念切手はというと、この条約が施行された日から50年が経った1927(昭和2)年6月20日のことです。切手額面は、国内はがき1銭5厘、同封書3銭、外国用はがき6銭、同書状10銭の4種類でした。
 図柄は、国内用は郵便創始者前島密の肖像と、外信用は、世界地図と郵便の象徴ともいうべき伝書鳩を配したものです。


UPU加盟50年記念切手

万国郵便連合(UPU)加盟50年記念切手 1927.6.20発行、上写真の4種類。左から6銭(12.1万枚)、1銭5厘(271.7万枚)、3銭(271.5万枚)、10銭(13.1万枚)。いずれも凹版の原版から転写した平版印刷。カッコ内は発行枚数。以下同じ。


UPU加入50年、100年記念

 続いて上の写真左から
万国郵便連合(UPU)加入75年記念切手 1952.2.19発行、2種類。左から5円(国内はがき用、300万枚) 図柄は船上から見た南十字星(南半球)、10円(国内封書用、300万枚)。図柄は地球儀と北斗七星(北半球)。
万国郵便連合(UPU)加盟100年記念切手 1977.6.20発行、2種類。左から50円(国内封書用25gまで、3,000万枚) 図柄は郵便ポストと口ばしに葉書をくわえた鳩、100円(アジア地域宛航空便書状用10gまで、1,500万枚) 図柄は初期の郵便旗とUPUマーク、世界地図。この2枚を組み合わせた小型シート(800万枚)も同時に発行された。


UPU加盟75年、同100年記念切手

 さらに、上の写真左から
万国郵便連合(UPU)75年記念切手 1949.10.10発行、4種類。左上が14円(外国宛はがき用、100万枚)、左下が24円(外国宛書状用、100万枚)、中央が8円と2円の2種類を組み合わせた小型シート(100万枚、薄い紙質には驚きます)。
 因みに、8円(国内封書用20gまで)と2円(国内はがき用)の単片の発行枚数は、各300万枚でした。図柄は、2円と14円は日本地図と手紙で記念の数字75を表し、8円と24円は地球と通信手段(鉄道、航空、船舶、つばめのように迅速な郵便配達人?わたくしには自転車かオートバイに乗っているように見えるのですが)。
万国郵便連合(UPU)100年記念切手 1974.10.9発行、2種類。右上が20円(アジア・オセアニア地域宛はがき・国内封書用25gまで、3,500万枚)、図柄はスイスのベルンにあるUPU本部の記念碑、右下が50円(外国宛書状20gまで、2,000万枚)、図柄は俵屋宗達の牛追い図。


第16回万国郵便大会議切手

第16回万国郵便大会議記念切手 1969.10.1発行、上写真の4種類。左から 15円 (国内封書用、1,850万枚) 図柄は世界を結ぶ鳩の輪 30円(アジア・オセアニア地域宛船便書状用、1,000万枚) 喜多川歌麿の婦女人相十品のうち文よむ女 50円(一般外国宛書状・航空書簡用、800万枚) 鈴木春信の文読み 60円(アジア・オセアニア地域宛航空便書状用、800万枚) 東洲斎写楽の都伝内。
 東京での万国郵便大会議は、アジア・オセアニア地域では初の開催でした。このときのシンボルマーク(鳥)も各切手に入っている。万国郵便大会議は、通常は5年に1回開催されるのだそうです。


国際電気通信連合に関係する切手

 国際電気通信連合(ITU)は、無線通信、電気通信分野での各国間の標準化と周波数割当てなどの規制確立を目的として、1934年に発足しました。もともとは1865年にパリでヨーロッパの20か国が集まり電信会議を持ったのが最初といわれていますが、1879(明治12)年には日本も加盟しています。

 その後、電話、海底電線、無線通信など電気通信全般の改善・普及まで手を広げるようになり、今の名称に改めました。わが国は1959年から理事国という重要な立場で国際貢献してきているのです。

 電波(周波数)などは有限の資源として貴重な人類の財産ですし、公共性を有するものですから、勝手に各国が使っていくというわけにはいかないんですね。どこの国も、これらを運用するためには、条約にもとづいたルールに従わなければならないのです。

 ご承知のように、放送局はもちろん、アマチュア無線局開局には必ず国の免許が必要となりますし、国際規則などは無線従事者の試験科目ともなっていて、日ごろから何かとお馴染みの国際機関なのであります。


ITU加盟75周年、100年記念切手ほか

 上の写真左から
国際電気通信連合(ITU)加盟75周年記念切手 1954.10.13発行、2種類。左から10円 (国内封書用 20gまで、300万枚)と、5円 (国内はがき用、300万枚)の2枚。10円の図柄は、スイスのベルンにあるITU記念碑と、5円の図柄は、加盟当時使われていたモールス印字電信機と75周年記念である旨を打たれたモールス符号・鑽孔テープなどで四辺を囲んでいる。
 1865年の創立当時は万国電信連合といっていたが、1934(昭和9)年に無線電信の国際的な調整をはかってきた国際無線連合と統合し、現在の名称となった。
 因みに、ITU 本部は現在スイスのジュネーブに置かれている。UPUもITUも現在は国連の専門機関のひとつとなっている。
国際電気通信連合(ITU)100年記念切手 1965.5.9発行。左から3枚目の10円 (国内封書用20gまで、2,400万枚)、図柄は地球と100年の電気通信の歩みが電柱、アンテナなどで描かれている。
国際電気通信連合(ITU)加盟100年記念切手 1979.10.13発行。左から4枚目の50円 (国内封書用25gまで、2,600万枚) 図柄は地球の周りを、光ファイバーでITUと表した文字が囲んでいる。
国際電気通信連合(ITU)京都全権委員会議記念切手 1994.9.19発行。右端の80円 (国内封書用25gまで、2,200万枚) 図柄はパラボラアンテナと通信衛星。七色の虹のかけ橋(電波)で両者が結ばれているということなのでしょう。
 この京都での会議は、アジア、太平洋地域では初めての開催だったのですね。通信衛星サービスなどの国際的なルールづくりや、ITUの方向づけなどが討議されたのでした。

この後も引き続き電気通信関係の記念切手を見ていきましょう。 (2005.10.10記 Copyright (C) 2005-2013 TOKU All Rights Reserved.)

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