切手収集ことはじめ


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1 コレクションの原点となった美しい記念切手(その3)


電気通信、放送などに関係する切手

わが国の郵便、電信電話などの事業分野を戦前から所管してきた逓信省は、1949.6.1に新たに設置された郵政省と電気通信省にそれぞれ業務が分けられ、監理していくことになったのです。

 その後、電気通信省は、1952.8.1に電信電話の現業部門を日本電信電話公社に、電気通信・無線通信部門は、また郵政省(電波監理局)に統合されたのです。

 現在は、日本電信電話公社は民営会社のNTTへ(1985.4.1)、そして、通信行政は総務省(旧郵政省)管轄の総合通信局(旧電気通信局)の所管となっているのは、ご承知のとおりです。

 郵政省下(現総務省)にあった郵便局は、2003(平成15)年にすでに日本郵政公社に、そして、2007(平成19)年からはいよいよ民営の4事業業者に引き継がれることになります。
 まことにややこしくて頭が混乱してきますが、こうした歴史を切手面から見ていくのもまたおもしろいですね。


電気通信の歴史切手その1

上の写真左から
郵便創始50年記念切手 1921(大正10).4.20発行、4種類発行されたうちの2種類で、4銭(凸版印刷、外信用はがき用、24万枚)と10銭(凹版印刷、外信書状用、10万枚)。
 通信事業創始50年を祝って発行されたもので、このほかに、1銭5厘(凸版印刷、国内はがき用、545万枚)と3銭(凹版印刷、国内封書用、545万枚)も一緒に発行されました。図柄は、1銭5厘と4銭が郵便旗(真ん中の日本国旗をはさんで左が創業時の旗。四隅に龍文切手、実はわが国初の切手の中の切手がお目見えするんですね)、3銭と10銭が当時の逓信省建物(関東大震災で焼失、東京都中央区銀座8丁目、現銀座郵便局のところにあったという。手前左に前島密の銅像が建っているんですね)。
 おもしろいことに、当時の祝典、記念スタンプ等は「通信事業創始50年紀念」(これが正式名)となっていて、切手の表示と違うんだそうです。

 余談になりますが、左端2枚の切手の図柄と目打の間の余白部分がえらくアンバランスなのが気にかかります。オフセンターといって、こういうのはなるべく購入を避けたほうがいいのです。
 と言っても戦前、戦後当初に発行された切手は、当時の印刷技術ではウェルセンターとすることは、とてもむずかしかったのですね。
郵政省・電気通信省設置記念切手 1949(昭和24).6.1発行 8円(国内封書用20gまで、15万枚)。図柄は地球を背景に、封筒をくわえた伝書鳩、アンテナ鉄塔とそこから発射される電波が波紋状に描かれている。
 前述したとおり行政機構改革によって、旧逓信省を郵政業務部門と電気通信部門に2分割したことを世に知らしめたのです。
電話創業75年記念 1965.12.16発行 10円(国内封書用20gまで、2,500万枚)。図柄は電話機のダイヤルと創業時の手動電話交換機。
 アメリカでアレキサンダー・グラハムベルが電話を発明したのは1876年ですが、もうその翌年には日本にも入ってきているのです。一般に使用され始めたのは、東京・横浜に電話交換事務所ができて、業務開始した1890(明治23)年のことでした。
国際商業衛星通信開始記念切手 1967.1.27発行 15円(国内封書用25gまで、2,200万枚)。いよいよ衛星通信の新時代を迎えたのです。赤道付近にとどまる静止衛星インテルサットU号系がまぶしいですね。


郵便創始50年記念切手小型シート

ちょっと時代が前後しますが、戦後初めて出された小型シート(上写真)をご紹介しましょう。

郵便創始75年記念切手 1946.12.12発行、4種類。15銭(国内ハガキ用)、30銭(国内封書用)、50銭(外信用はがき)、1円(外信用書状)の4種類の切手が無目打でシートに収まっている。(5.14万枚 単片でも各50万枚を発行、凹版印刷)。
 図柄は、駅鈴と菊花(15銭)、前島密銅像(30銭)、竜切手(50銭)、そして 1円切手図柄の右側の電波塔とその先端の幾重にも描かれた電波に注目しましょう。新時代の幕開けをヒシヒシと感じますね。
 いずれにしても、終戦後間もない混乱の中、物資不足に悩まされながらの発行で、紙質、印刷はこれ以上を望むことはムリだったのでしょう。でも全体の雰囲気はなかなかのものです。量産体制のため途中で印刷方法を変えたので初版のシートはとくに貴重です。


電気通信の歴史切手その2

前に続いて上の写真左から
電信創業100年記念切手 1970.10.20発行 15円(国内封書用25gまで、2,200万枚)。図柄は三代広重「東海名所改正道中記のうち程ヶ谷(横浜)」。
 電信の歴史は、1837年にアメリカのモールスが電信機を発明してから始まるのですが、日本では、電燈75年記念切手1869(明治2)年2月にイギリス人の電信技師ギルバートを日本に招き、彼の指導のもと横浜市内に電線を敷いて初めて通信実験が行われました。この結果が良かったので、東京・横浜間を有線で結ぶことになり 同年10月23日に横浜側から架設工事が開始されたんですね。
 はじめは官庁間の通信に使われましたが、年末には公衆用にも供されることになったのです。松の木に電線が張ってある絵がおもしろいですね。

 後年の余談になりますが、1878(明治11)年には電信事業が順調に進捗したことから、東京中央電信局が開設されますが、この開局式に日本で初めての電灯(今の電球ではなく、フランス製のアーク灯だったそうです)がともったということもここで触れておきましょう。1953.3.25発行の電灯75年記念切手(国内封書用20gまで、10円)がこれなんですね。(右写真)
全国電話自動化完了記念 1979.3.14発行 50円(以下同国内封書用25gまで、2,600万枚)。図柄は電話機のダイヤルとプッシュボタン。
 手動による交換に代わる自動電話交換機が初めて導入されたのが、1926(大正15)年、そして、ダイヤルひとつで市外通話が可能となったのがまず東京とその周辺で、1956(昭和31)年のことでした。その後順次自動化の範囲を広めて全国に行き渡ったのが、この切手が発行されたなんと昭和54年だったのです。
新電気通信制度発足記念切手 1985.4.1発行 60円(2,500万枚)。 図柄は電電公社から民営化された日本電信電話株式会社NTTのマークと衛星通信用アンテナ。通信事業分野に初めて民間参入が可能となった歴史的な日でもありました。
世界電気通信会議記念切手 1987.11.13発行 60円(2,500万枚)。 図柄はパラボラアンテナ。電気通信に関する世界最大の学術的な大国際会議が東京において IEEE通信グループ主催で開催された。従来はこの分野での先進アメリカで会議が開催されていたようですが、日本の技術が名実ともに世界に認められたときでもあります。
電話創業100年記念切手 1990.12.14発行 62円(2,100万枚)。図柄は中村洗石「女子電話使用の図」


海底ケーブル敷設切手

現在の衛星通信も万能ではありません。安定かつ大量の情報を送るには、やはり海底ケーブルの敷設がかかせないんですね。
 現在は、インターネット等大容量の通信需要に対応した光海底ケーブルが主流になっているようです。

上の写真左から
太平洋横断ケーブル開通記念切手 1964.6.19発行 10円(国内封書用20gまで、2,400万枚)。図柄は太平洋をバックに海底ケーブルの断面。これにより、アメリカとの即時通話が可能となりました。
日本海ケーブル開通記念切手 1969.6.25発行 15円(以下同国内封書用25gまで、1,900万枚)。図柄はケーブル敷設船と敷設地図が描かれている。当時のソ連・ナホトカと直江津間がにケーブルで結ばれたことにより、ヨーロッパとの即時通話が可能となりました。
日本・中国間海底ケーブル開通記念切手 1976.10.25発行 50円(3,000万枚)。図柄は地図とケーブル敷設船。このケーブルも回線容量の少ないアナログケーブルだったため、その後敷設された日中光海底ケーブル、アジア太平洋ケーブルなどの光海底ケーブルネットワークにその役割を譲り、1997.12にすでに運用停止となっています。
沖縄・ルソン・香港海底ケーブル開通記念切手 1977.8.26発行 50円(3,000万枚)。図柄は電話をかける子供とケーブル敷設地図。このころすでに満杯となっていた通信用静止衛星と太平洋横断ケーブルの渋滞がかなり緩和されました。
第3太平洋ケーブル開通記念切手 1989.5.10発行 62円(2,000万枚)。図柄は千葉県にある千倉中継所のマイクロ波通信用鉄塔とケーブル敷設地図。このときハワイとの間に、太平洋では初めてのファイバーケーブルが敷設されたのです。


放送関係切手その1

ここからは、ラジオ放送、テレビ放送関係を見てみましょう。

上の写真左から
放送25年記念切手 1950.3.22発行  8円(国内封書用20gまで、300万枚)。図柄は円形の中に放送第一声に使われた?マイクロフォン。
 時は1925(大正14年)3月22日、NHKの前身である東京放送局が、芝浦の仮放送所から最初の電波(JOAK)が発せられたのです。この日は放送記念日にもなっていますね。因みに、本放送は同年7月から愛宕山で開始されています。
国際放送25年記念切手 1960.6.1発行 10円(国内封書用20gまで、800万枚)。NHK(日本放送協会)が1935年に「ラジオトウキョウ」の名で海外向けに放送を開始した。
 戦争で一時中断し、戦後は1952年から「ラジオ日本」と改称し再開された。図柄は地球と地球のまわりを飛び回る電波。
放送50年記念切手 1975.3.20発行 20円(以下同 国内封書用25gまで、3,500万枚)。図柄は棟方志功「観聞頌(かんもんしょう)」。文殊菩薩と普賢菩薩が描かれており、無限の智恵(電波)が宇宙へ拡がっていく様を表しているのだという。
国際放送50年記念切手 1985.6.1発行 60円2種連刷(1,500万組。図柄は横山大観「夜桜」。当時、ラジオ日本のテーマ曲が「さくらさくら」だったんで、この図柄にしたのですと。
アマチュア無線50年記念切手 1977.9.24発行 50円(3,000万枚)。図柄は初期のラッパ型のホーンスピーカーと電鍵、電波波形。
 うれしいじゃございませんか、私設無線局が切手になるなんて。でも真空管か、初期の無線機、もしくは交信風景(CQ,CQ・・)の図柄などを使ってもらいたかったなぁ〜。

 因みに、日本アマチュア無線連盟(JARL)創立が1926年、そしてその翌年の1927(昭和2)年9月に初のアマチュア無線局(当時は私設無線電信電話実験局といっていました)の免許が下りたのでした。
 その後、当時はまだ未開拓分野にあった短波帯における無線通信技術の研究実験、開発にアマチュア無線家が大きな役割を果たしてきたのですが、しかし、戦時体制に入ってから間もなく運用は禁止されてしまいました。終戦後も日本が占領下にあって、GHQからなかなか許可が下りなかったんですね。なんと、アマチュア無線局の再開は1952(昭和27)年まで待たなければならなかったのです。(涙)


放送関係切手その2

前に続いて上の写真左から
国際宇宙年の記念切手 1992.7.7発行 62円2種連刷(2,000万組)。現在も開発途上にある進行形の宇宙技術ですが、この年は国際的なテーマとして取り上げ、各国が連携協力し合ってすすめようという宇宙開発元年としたんですかね。
 図柄の左から地球観測衛星、宇宙船、放送衛星(BS)、現在も建設中の宇宙ステーションです。
民間放送50年記念切手 2001.11.15発行 80円(1,000万枚)。 図柄は右がラジオ放送用マイクロフォン、左が当時のテレビカメラと街頭用テレビ受像機 (いずれ白黒テレビでした)。全国の民間放送16社に免許が下ったのは、1951(昭和26)年のことです。
 そして最初に放送されたのは、中部日本放送(JOAR)でした。また、民放でテレビを最初に放送したのは、この二年後の1953(昭和28).8.28に本放送を開始した日本テレビでした。日本テレビはこのテレビ放送を広く国民にPRするために、街頭など公共の場所に積極的に設置してくれたのです。
 切手図柄の左側の各枠(当時のテレビ画面)の赤・緑・青は光の三原色を表しているのだそうです。
テレビ50年記念切手 2003.1.31発行 80円の2種類(各700万枚)。図柄は日本テレビ局タイトルの鳩と放20世紀デザイン切手第11集送開始当時の街頭テレビ。そして、右端の切手図柄が当時の家庭用テレビと、お茶の間の人気番組であったNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」に登場した大統領ドンガバチョと島の住人たちです。こちらは1964-69年に放送されました。

 テレビ時代の幕開けは、1953(昭和28).2.1にNHKが東京でテレビの本放送を開始したときから始まりました。そして、同年8月には民放も放送を始めました。このときは、まだ1日4時間くらいの放送だったんですね。
 しかし、当時は高価なテレビを家庭で見ることはできず、街頭テレビが主役だったのです。1959年の皇太子(今上天皇)ご成婚、1964年の東京オリンピックあたりから、ようやく家庭のお茶の間でも見られるようになったのですね。

 じつは、これらの事象をテーマとした小型シートが、2000.6.23に20世紀デザイン切手シリーズ第11集として発行されているんですね。(右写真)「ラジオ定着・テレビ本放送開始」ということで、昔の真空管ラジオとテレビ受像機をイラストにした80円切手、東京タワー(テレビ、ラジオの電波塔として1958年完成、高さ333m) を描いた50円連刷切手が入っています。
 因みに、このほか黒澤明監督の活躍(80円連刷)、力道山の活躍(80円連刷)、ゴジラ(80円)、太陽族流行(80円)、一万円札発行(楕円形切手、80円)といった当時の世相をテーマとした切手がこのシートに入っています。


以上、わたくしが興味を持っているテーマに絞って、独断専行で手元のアルバムを眺めてきましたが、これほど一枚一枚の切手をマジマジと見つめたのは、驚くことなかれ、初めてですかね。

 もちろんそのときどきも、見てはいたのでしょうが、こうして時系列に見てくると、また別の意味で切手の持つおもしろさというか、切手にひそむ魔力を感じないわけにはいきませんね。切手作成者の意図、ご苦労までもまた同時に感じてしまうんですから、まか不思議です。

 膨大な量の切手から探しだすのは、一苦労でもありますが、これがまた楽しいのです。これから収集してみようという方は、ご自分のテーマを決めて郵趣サービス社とか、切手商にお願いしてみるのもよいでしょう。

 今流でいえば、世界を相手にするほうが、やりがいがあるかもしれませんね。そして、専門収集へと進まれたらいかがでしょうか。(他人事と思って好き勝手なことを言ってますよね)

 次ページでは、現在も人気が続いているく美しい切手趣味週間・国際文通週間の切手を見てみましょう。
 
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