切手収集ことはじめ

   
目 次 収集スタンス 記念切手編1 -2 -3 -4 通常切手戦前編 戦後編 補足編1 -2 TOPICS‐1 -2

V 切手コレクションの醍醐味

2 通常切手の尽きない魅力・戦後編

戦後復興の旗手となった第1次新昭和切手群

三島切手展記念小型シート 戦争、そして戦後の物資不足・混乱が通常切手にとっていかに苦難の時代であったかは、前節で概略をお話しました。

 実は、郵政事業復興のための増収面の切り札として、1947年から通常切手を何枚か組み合わせた、安易とも濫発とも思える地域限定の各種の記念小型シートがいくつか発行されたんですね。

 これらの目にあまる粗製乱造には、コレクターから非難の声が上がり、さすがの当局も1949年で打ち切らざるを得なかったのです。

 では、見るも無残となった通常切手の戦後の運命はどうなったのでしょうか。


三島切手展記念小型シート 1948.4.3発行(8万枚)
 第1次新昭和切手の五円金魚の2枚を刷り込んだ「名古屋逓信展覧会記念」小型シート(1948.3.11発行の売れ残り)の上へ、なんと「郵便切手展覧会記念」「三島、昭和23年4月」と緑色で加刷したという、にわか作りのまことにお粗末な小型シート。でも、発行数は少ないのだそうです。

GHQの占領下で、平和の新時代にふさわしい切手発行、すなわち第1次新昭和切手の発行が1946(昭和21)年8月1日から始まりました。切手面の国名は「大日本帝国郵便」から「日本郵便」に変えられました。
 戦争中の士気高揚をはかるため切手図柄の一般公募は、戦後も続けられたのですが、新昭和切手で採用されたのはごくわずかでした。

 以下にその概容をご紹介しましょう。これらの切手発行は、当時のものすごいインフレを今に伝える歴史の証人でもあったのですね。


第1次新昭和切手の内容  (発行順に掲載)

一円北斎の富士 1946.8.1発行
一 円
北斎・冨嶽三十六景
「山下白雨」の富士
平版オフセット印刷。以下いずれも無目打、のりなし。刷色の濃淡、明暗が著しい。濃い刷色のため消印が読みにくいとの理由で、1946.10からは淡青色になってお目見えしている。用紙は、昭和すかし入灰白紙・白紙。灰白紙には狭すかし* のものもある。速達用。
同図柄の1円切手5枚を刷り込んだ「切手趣味週間」の小型シート(1947.11.1発行)と、このシートに記念文字を加刷した「北斎百年祭記念」小型シート(1948.4.18発行)が発売されている。
三十銭法隆寺五重塔 1946.8.10発行
三十銭
法隆寺五重塔
平版オフセット印刷。刷色の濃淡あり。用紙は、昭和すかし入灰白紙・白紙。灰白紙には狭すかしのものもある。一部に糊つきのものも発行されている。第一種封書用(20gまで)。一般からの公募入選作品。
切手需要の多さから、1946.9.26に民間の印刷会社平山秀山堂から戦後初の押抜き目打(ルレット)・アラビアゴムのりつきの凸版平台印刷による同図柄の切手が発行されました(すかしなし。数量限定)。
一円三十銭はつかり 1946.9.15発行
一円三十銭
北斎「落雁図」
平版オフセット印刷。刷色に濃淡あり。用紙は、昭和すかし入灰白紙・白紙。灰白紙には狭すかしのものもある。第一種封書速達・封書書留用切手(いずれも20gまで)。
五十円能面 1946.11.1発行
五十円
洞水作の能面
凹版印刷。用紙は、昭和すかし入白紙。正すかしと横すかしがある。
これまで発行された日本切手の中では最高額面の切手で、発行当初の適応郵便料金は見当たらず、非郵便に使われたものと思われる。一般からの公募入選作品。
五円金魚 1946.11.15発行
五 円
金 魚
平板オフセット印刷。刷色に濃淡あり。用紙は、昭和すかし入白紙、灰白紙。為替、料金別納などの局内使用。この切手発行の約3か月後に刷色が暗い赤紫の糊つきのもの(灰白紙)も発行されている。
同図柄の切手2枚を刷り込んだ次の三種類の小型シートが発行されている。
大阪逓信展(1947.3.8発行)名古屋逓信展(1947.3.11発行)三島切手展(名古屋逓信展に加刷 1947.4.3発行。このシートは発行数が特に少ない。本節冒頭写真)
十五銭前島密 1946.11.20発行
十五銭
前島 密
平版オフセット印刷。刷色に濃淡、明暗が見られる。用紙は、昭和すかし入灰白紙・白紙。
白紙には横すかしのエラー、灰白紙には狭すかしのものがある。
第二種葉書用だが、切手発行の約4か月後(1947.4.1)には五十銭に値上げされた。
そう言えば、前島密の図柄が通常切手に使われるのは初めてですね。
一円五十銭錦帯橋 1946.11.20発行
一円五十銭
錦帯橋
平版オフセット印刷。刷色に濃淡あり。用紙は、昭和すかし入灰白紙・白紙。灰白紙には狭すかしのものもある。書留小包便用(2kgまで)。
二円清水寺 1946.12.1発行
二 円
清水寺
平版オフセット印刷。用紙は、昭和すかし入灰白紙・白紙。為替、料金別納などの局内使用。
図柄の清水寺は、京都市東山区清水にあり、創建は奈良時代末頃(8世紀末)といわれ、千手観音が祀られている。有名な本堂・舞台は国宝に指定され、世界遺産にも登録されている。
1947.8.19に同図柄の切手5枚を刷り込んだ京都切手展記念小型シートが発売されている。
百円梅花模様 1947.1.15発行
百 円
梅花模様
凹版印刷。用紙は、昭和すかし入白紙。
50円能面に続いて発行された当時の最高額面切手で、非郵便の局内使用が主目的だったと思われる。
十円梅花模様 1947.2.22出現
十 円
梅花模様
平版オフセット印刷。用紙は、昭和すかし入灰白紙。
発行の告知なし。発行日は1947.3.7としたものもある。為替、料金別納などの局内使用。
国名表示の「日本郵便」が左書きに変わった最初の切手となります。
因みに、同年(1947).5.15に十円額面の第2次新昭和切手「らでん模様」が発行されたことにより、この切手は短命切手となってしまうんですね。

上記の切手用紙(白紙)には、半円と直線を組み合わせた「昭和すかし」が入っているが、このすかしは、正規には縦に3本入っている(正すかし)。ところが、工程上のミスで横に入ったもの(横すかし)も見つかっている。また、民間に発注したさいのミスで4本入ったものがあり、これを「狭すかし」と言っている。


この後、第2次新昭和切手(1947.2-)からは目打、のりつきが普通となってきます。版式も、オフセット印刷から凸版印刷が主流となっていきました。1948年からは、手彫りの桜切手以来延々と続いてきた菊花紋章も姿を消すことになりました。
 第2次新昭和切手、第3次新昭和切手の概容については、別掲をどうぞご覧ください。

 そして、戦後の復興を支えた産業に従事する人たちを図柄とした、統一イメージをもった一連の画期的な「産業図案切手」(1948.10-49.11) が、いよいよ発行されることになります。

 激しいインフレ、物資不足の中での発行ですから、質的にはとても戦前のレベルには届かないとはいえ、その後の通常切手発行の方向を見据えた自信作、シリーズとなりました。
 図柄は、いずれも当時の日本の重要基幹産業だったことも、今となればなつかしさと時代の移り変わりを感じないわけにはいきませんね。


再興への道筋を示した・・産業図案切手シリーズ

日本の通常切手は、現在もそうですが、どうも外国に見られるような統一的なイメージが希薄で、その場その場の思いつきと言うと叱られるかもしれませんが、どうしてもバラバラ感がつきまとっていますね *

 そうした観点から、わたくしは、この産業図案シリーズには、ひとつのまとまり感を抱くことができて、とても気に入っているのであります。
 夢多き少年時代に親しんだ図柄切手という郷愁を差し引いても、これにはどなたもだいたい同じような思いで、集めておられるのではないでしょうか。


本当に叱られるといけませんので補足しておきますが、じつはうれしいことに、1992(平成4)年からわが国の美しい自然をテーマとして、昆虫、鳥、花が通常切手の図柄に取り入れられて現在に至っています。これから郵政の民営化によりどう変わっていくのか心配ですが、ぜひこの方向性、統一性だけは変えていってほしくありませんね。


後で触れる「動植物国宝図案切手」からグラビア印刷となり、その効果を高めるため、大正時代から使用された「すかし」が廃止となるのですが、この産業図案も、一部は昭和すかしなし切手として再登場することになり、1952年ころまで発行が続けられました。それでは、以下にご紹介しましょう。

産業図案切手の内容  (発行順に掲載)

十五円紡績女工 1948.10.16発行
十五円
紡績女工
凸版平面版・輪転版印刷、以下いずれも目打、のりつきで発行された。用紙は、白紙で以下いずれも昭和すかし入り。速達料金加貼用。
この切手から、額面表示が算用数字だけとなりました。
同日付で同図柄の切手1枚を刷り込んだ「長野逓信展」記念小型シートが発行されました。
五円炭鉱夫 1948.11.1発行
五 円
炭鉱夫
凸版輪転版印刷。用紙は、初期灰白紙。第一種封書基本料金用。
1949.2.15に戦後初の郵便切手帳(5円炭鉱夫20枚)が発行されました。
1948.11.2に、同図柄の切手2枚を刷り込んだ「四国切手展」記念小型シートが発行されました。
二円農婦 1948.11.20発行
二 円
農 婦
凸版輪転版印刷。戦後初めての二色刷りとして登場。用紙は、初期灰白紙。1948.7.10の郵便料金改正で、第二種葉書料金が2円となったため発行。
この切手面に「選挙事務」と赤色で加刷した切手が、1948.12.3に発行されています。実は、昭和24年1月に行われた衆議院選挙のため、各立候補者に無料で交付されたんですね。(選挙事務証紙という。限定数量にもかかわらず、なぜか市中に出回ってしまったのです)
1951.10- 昭和すかしなし切手としても登場。
二十円植林 1949.5.10発行
二十円
植 林
凸版輪転版印刷。用紙は、白紙。1949.5.1の郵便料金改正により、速達料金が15円から20円に値上げとなったため発行。
切手面の国名表示の下の「植林」という文字に注目しましょう。どういうわけか、シリーズ中この切手だけに入っているんですね。
1951.8- 昭和すかしなし切手(輪転版のみ)としても登場。
三十円郵便配達 1949.5.10発行
三十円
郵便配達
凸版輪転版印刷。用紙は、白紙。書留料金用。
1951.7.1 昭和すかしなし切手(輪転版のみ)としても登場。
三円捕鯨 1949.5.20発行
三 円
捕 鯨
凸版輪転版・平面版印刷。用紙は、白紙。1949.5.1の郵便料金改正により、第三種・第四種郵便物の料金用として発行。
1951.11- 昭和すかしなし切手(輪転版のみ)としても登場。
八円炭鉱夫 1949.6.1発行
八 円
炭鉱夫
凸版輪転版・平面版印刷。用紙は、白紙。
1949.5.1の郵便料金改正により、第一種封書基本料金が8円に値上げされたことから、旧来の5円の炭鉱夫の切手の図柄をそのまま転用し、刷色も同系統となった。
1949.11.3に郵便切手帳(8円炭鉱夫20枚)が発行されました。
1951.7- 昭和すかしなし切手としても登場。
五百円機関車 1949.9.26発行
五百円
機関車(SL)製造
凹版印刷。用紙は、白紙。これまで発行された中では最高額面の切手の発行となる。高額とはいえ多数印刷されたにもかかわらず、どういうわけか未使用の残存数が少なく、次の100円電気炉とともに現在でも高値で取引されているコレクター泣かせの代表格。
1952.3- 昭和すかしなし切手としても登場。
百円製鋼 1949.10.15発行
百 円
電気炉製鋼
凹版印刷。用紙は、白紙。未使用の残存が少なく、戦後の未使用単片切手の中では、現在最も高価な切手として取引されている。上の500円機関車とともに単片を買うのには、かなり勇気がいる切手である。
1952.2- 昭和すかしなし切手としても登場。
五円茶摘み 1949.11.15発行
五 円
茶摘み
凸版平面版印刷。用紙は、白紙。
1949.6.1の外国郵便料金改正により、船便印刷物の基本料金が3円から5円に値上げされたため発行。
発行数量が少なかったことから、未使用・使用済とも戦後の低額切手の中では、現在も高値で取引されている。
六円印刷女工 1949.11.25発行
六 円
印刷女工
凸版平面版・輪転版印刷。用紙は、白紙。第四種印刷物等の基本料金用。
1951.6- 昭和すかしなし切手(輪転版のみ)としても登場。
十六円穂高岳 1949.1.15発行
十六円
穂高岳
凹版印刷。用紙は、白紙。
1948.9.1外信船便書状の基本料金が16円となったのにともない発行されたこの切手も、通例にしたがって本シリーズに含めることにします。普通切手としては初めての大型切手の登場となった。
ややこしいのですが、同じ切手図柄・大きさで「長野平和博」(1949.4.1発行)の記念切手があるので、要注意です(記念の文字が切手面にないので、単片の場合は、刷色で区別するしかない)。


多色刷りグラビア印刷へ、現在につながる通常切手の登場

1950年の後半には、印刷設備、印刷技術も向上し、切手用紙にすかしを入れなくても、偽造されにくい印刷が可能となりました。すかしなしの白紙への印刷は、絵柄がとてもきれいに仕上がります。「昭和すかしなし切手」と呼ばれる第1次動植物国宝図案切手シリーズの誕生です。

 すでに発行された切手にも、この手法で発行し直されたものもあり、17種類の切手が発行されました。(1950.11-1951.12) ここではこのうちから、小型シートとしても発行された「石山寺多宝塔八十銭(1951.5.21 50万枚)・姫路城十四円(1951.3.27 20万枚)・平等院鳳凰堂二十四円(1950.11.1 50万枚)・中宮寺如意輪観音五十円(1951.5.1 15万枚)」の四種の国宝切手を紹介しておきましょう。

 いずれも()内は発行日と発行枚数、因みに多宝塔は凸版平面版印刷、姫路城・鳳凰堂は凹版印刷、如意輪観音はグラビア印刷* です。

グラビア印刷の通常切手第1号は、1951.4.14発行の1円前島密で、この菩薩像は第2号となる。いずれも平板グラビア方式(板グラビア)。


八十銭多宝塔小型シート 十四円姫路城小型シート
二十四円鳳凰堂小型シート 五十円菩薩像小型シート

通常切手の小型シートを使った初日カバー
 下写真は、1950.11.1に外国向け書状用に発行された平等院鳳凰堂24円切手の小型シートを貼付した 贅沢な初日カバー(FDC)です。国宝図案切手シリーズの第1号として発行されたこの通常切手から、前述したように印刷技術や紙質の向上により、用紙へのすかし入りが廃止されました。

 じつは、この年の切手趣味週間に合わせて発売されたのが、この平等院鳳凰堂小型シートだったのです。
 ここでは、このFDCに押された右側の消印に注目してみましょう。おなじみの「櫛(くし)型日付印」です。日付の上下にある半円弧の中の縦線が、櫛の歯みたいに見えるところから こう呼ばれており、1906年(明治39年)以来長い間使われて来た消印ですよね。上部の局名も、この切手が発行された前年1949年(昭和24年)から右書きから左書きに変わりました。


平等院鳳凰堂24円小型シート・初日カバー

1952年5月から、通貨が銭単位から円単位表示に統一されました。これにともない切手表示も順次変えて発行することになり、以下に見るように通常切手にも多色刷りのグラビア切手が発行されることになります。
 ようやく現在へとつながる、カラフルな美しい通常切手の登場と相成ったのであります。


切手趣味週間切手帳ペーン 1954.11.20発行 6万枚。
 第七回切手趣味週間に合わせて発行された記念切手帳(製本なし)。通常切手の第2次動植物国宝図案切手(円単位)シリーズ(1952.5-1959.4)のうちの1953.7.10発行「10円法隆寺壁画」を使って発行された。
 因みに、この図柄の10円切手は、1951.12.10に昭和すかしなし切手として初登場したが、このときは00の銭単位表示が印刷されていた。10円は第一種封書郵便料金(20gまで)。


切手趣味週間切手帳

第2次動植物国宝切手(円単位)
 下写真左から
1952.5.10発行 35円金魚(円単位で表示された最初の通常切手)、単色板グラビア
1953.9.15発行 100円鵜飼、クラッチ法凹版
1955.3.15発行 500円八つ橋の蒔絵硯箱、クラッチ法凹版
1956.5.15発行 55円まりも、3色輪転グラビア
1956.6.20発行 75円オオムラサキ、4色輪転グラビア。
 因みに、わが国最初の4色刷りグラビアは、1955.5.16発行の「第15回国際商業会議所総会」記念切手(10円こいのぼり)だったんですね。(本切手図柄は第一章に掲載)
 これらの動植物国宝図案シリーズは、図柄を変更して第3次動植物国宝切手(1961.4-1965.12)、新動植物国宝図案切手(1966.6-)へと変遷していくことになります。


35円金魚 100円鵜飼 500円八つ橋の蒔絵 55円まりも 75円オオムラサキ

さて、駆け足の通常切手俯瞰(ふかん)となりましたが、いかがでしたでしょうか。変化に富み、奥の深い通常切手のとりこに、あなたもきっとなったのではないでしょうか。

 最終章では、これまで皆さまにお見せできなかった切手の類とか、細く長く続けてきた切手収集の趣味のおかげで、こんないいことがありました、こんな掘り出し物?がありました、なんていうお話ができればいいなと思っています。いま一所懸命にネタ探しをしているところですので、どうぞお楽しみに。

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W 切手コレクションおまけの話・補足編」へつづく (2006.1.20記 Copyright (C) 2006-2013 TOKU All Rights Reserved.)


   
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