明日香村   佐藤 俊童

     

奈良へ転居して七年。田舎暮らしにどっぷり嵌った感のある毎日ですが、住めば都とは良く言ったもの。
奈良には見るべき歴史的資産が、山のようにあります。
特に気に入っているのが明日香村で、ここは我が家から車で約一時間といったところ。 謎と浪漫に満ちたそれはそれは魅力的な所なのです。

明日香村は、“石の文化”とは私の勝手な印象ですが、亀石、猿石、鬼の俎板、鬼の雪隠、酒船石、石舞台等々、歩くたびに素朴な石造物に出会います。
その多くは、そもそもの用途が不明で何の為に誰が何時頃作ったものか判然としません。 そして何かが発掘される度に、新たな歴史的解釈が生まれるのです。

ある時酒船石の近くを歩いていて古い時代の石垣を見つけました。 調べてみると古事記の斉明天皇二年の条に「宮の東側の山に石を累み上げて垣を築いた」とありその石垣なのだそうです。

第三十七代斉明天皇は女帝ながら土木工事が好きだったらしい。
それには唐、新羅、百済からなる当時の東アジア情勢が不穏であったことも影響があるかも知れません。

また少し時代は遡り、有名な観光スポットである石舞台については、もっぱら蘇我の馬子の墓だと言われていますが、数年前に近くで都塚古墳の調査が進み馬子の父の稲目の墓ではないかと言われています。

石舞台の巨石などを見ると当時の人が何人掛かりでどうやって運んできたものか想像を巡らすのも楽しいものです。
玄室の中に入ると、そこに葬られていた人物の魂がいまも漂っているかのような時空を超えた妙な感覚に襲われます。

       玄室に蛍のいかる飛鳥かな   阿波野青畝

蘇我氏の系譜は稲目、馬子、蝦夷、入鹿と続くわけですが、その邸宅跡と言われるのが甘樫丘です。
標高は百四八米の小高い丘で展望台から眺めると藤原旧跡や大和三山、三輪山は勿論、遠くは葛城山、金剛山なども見晴るかすことが出来ます。

       月の山大国主命かな      阿波野青畝

阿波野青畝は奈良の人。この場合大国主命は、大神神社の祭神でこの句碑が三輪山の一画に建てられています。

      香久山は畝傍を愛しと添い霞  松本たかし

この句は、万葉集の中大兄皇子の歌を下敷きにしたと思われますが、香久山が畝傍山を妻にしようと耳成山と争っているというのです。
こう見て来ると古代史もなかなか楽しい。奈良には、まだまだ見るべき史跡群があちこちにあります。
興味の続く限り見て歩き出来れば夥しい石造物の謎にも迫りたいものと考えている昨今です

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