万葉集の梅・桜と俳句     越智建之   

   

梅は古代、中国から漢方薬として伝来した。
万葉時代の日本の歌人は清楚な気品のある梅の花を愛した中国の文人をまねて梅の花を観賞し歌を詠む宴を開いた。
万葉集では、中国から渡来した梅の花が新鮮で異国的な魅力で貴族歌人たちの心をとらえ、梅を詠んだ歌は120首あるが、日本原産の桜を歌った歌は40首弱と少ない。

西暦730年1月、大宰府の長官であった大伴旅人が筑紫一円の国司や大宰府の職員を招き、梅の花を題材に和歌を詠む「梅花の宴」を催した。
            新元号「令和」の出典となった「梅花の宴」の前文

これは、後世の歌合や連歌等の先駆となるもので、日本の文学史上重要なものとされている。
      その時詠まれた和歌の一部である。

正月(むつき)立ち春の来(きた)らばかくしこそ梅を招(を)きつつ楽しき終(を)へめ
   大弐(だいに)紀(きの)卿(まえつきみ)
   正月になり春が来たらこの様に梅を招き寄せ楽しみの限りを尽くそう

春さればまづ咲くやどの梅の花一人見つつや春(はる)日(ひ)暮らさむ
   山上憶良
   春になると最初に咲く我が家の梅の花、私一人で見つつ一日を過ごすこと
   などできようか

吾が園に梅の花散るひさかたの天(あめ)より雪の流れ来るかも
   主人(大伴旅人)
   我が庭に梅の花が散る、天からは雪が流れてくるのだろうか

その後、梅は、我が国の和歌に多く詠われている。

東風(こち)吹かばにほひおこせよ梅の花主(あるじ)なしとて春を忘るな
   菅原道真
   春になって東風が吹いたら香りを送っておくれ。主人がいなくても
   春を忘れるな。

道真は醍醐天皇の御代に右大臣であったが、藤原時平の讒言で901年太宰権帥に左遷された。

きみならで誰(たれ)にか見せむ梅の花色をも香(か)をも知る人ぞ知る
   紀友則
   あなた以外に誰に見せようか、梅の花の色も香もあなたのように心ある人
   だけが理解するものなのです。

人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香(か)ににほひける
   紀貫之
   人はさあ心の中は分かりませんが、昔なじみのこの里は梅の花が以前のまま
   の香りで咲いています。

梅の花にほひをうつす袖のうへに軒(のき)漏(も)る月のかげぞあらそふ
   藤原定家
   梅の花の匂いを移した袖の上に軒から漏れる月の光が争うように
   注いでいます。

このような、伝統のもとで、俳句にも梅が多く取り上げられている。
梅は春を告げる花。他の花に先駆けて冷たい空気の中で咲くので「花の兄」と言う。

    梅が香にのつと日の出る山路かな       芭蕉

    梅一輪一輪ほどの暖かさ           嵐雪

    二もとの梅に遅速を愛すかな         蕪村

    梅咲くや手垢に光るなで仏          一茶

    崖急に梅ことごとく斜めなり         子規

    山川のとどろく梅を手折るかな        蛇笏

    梅一輪山を圧して咲きにけり         青邨

    母の死や枝の先まで梅の花          耕衣

    勇気こそ地の塩なれや梅真白         草田男

    梅咲いて庭中に青鮫が来ている        兜太

    壁画とも天井画とも梅仰ぐ          狩行

    白梅や父に未完の日暮あり          未知子

山桜は日本に自生する花であるが、万葉集では梅に比べて歌の数が少ない。
さくらの語源は各種の説があるが、咲く・ら(咲く花の代表)で、春を彩り、美人の形容にも用いられて恋の歌によく用いられている。

あしひきの 山(やま)桜花(ざくらばな) 日並(な)べて かく咲きたらば いた恋ひめやも
   山部赤人  巻八 一四二五
   もし幾日も幾日も山桜の花が咲き続けているならば、どうしてこんなに
   甚だしくその花を恋しくおもうことがあろうか。
   花はすぐ散ってしまうから、それでこんなにも恋しいのだ。

桜花 時(とき)は過ぎねど 見る人の 恋の盛りと 今し散るらむ
   巻十 一八五五
   桜の花は、まだ散る時期ではないが、見る人の恋しさの盛りが今だとて、
   散るのだろうか。

桜花の歌 併せて短歌
娘子(おとめ)らが かざしのために みやびをの 蘰(かずら)のためと 敷きませる
国のはたてに 咲きにける 桜の花の にほひはもあなに
   若宮年魚麻呂  巻八 一四二九
   乙女らの髪に挿す簪のために、また遊子の頭上を飾る蘰のためにと、
   大君のお治めになる国の涯まで咲き誇っている桜の花の、
   この輝くばかりの美しさはどうだ。

反歌
去年(こぞ)の春 逢へりし君に 恋ひにてし 桜の花は 迎へ来(け)らしも
   巻八 一四三〇
   去年の春お逢いした君、その君に恋してしまった桜の花は、(今年もまた)
   君を迎えにやってきたらしいではないか。

万葉集以後も和歌に歌われ、日本の「国花」とされるようになった。
さくらの「さ」は稲作の神を表し、「くら」は「磐座(いわくら)」の「座」で、桜は稲作の神の依り代とする説もある。
開花を待ちかね、花の盛りを愛で、散り急ぐ風情を惜しむ、特別な花である。
太平洋戦争では、戦意高揚に利用されたのは、日本人にも桜にも不幸な事であった。

世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし
   在原業平

願はくば 花の下にて 春死なむ その如月(きさらぎ)の 望月の頃
   西行

敷島の 大和心を 人問はば 朝日ににほふ 山桜花
   本居宣長

俳句にも多くの桜の句がある。
    さまざまの事思ひ出す桜かな        芭蕉

    嵯峨の春竹の中にもさくらかな       蕪村

    死に支度致せいたせと桜哉         一茶

    観音の大悲の桜咲きにけり         子規

    金屏におしつけて生けし桜かな       虚子

    朝桜揺らぎ天竜流れたり          秋櫻子

    ゆふ空の暗澹たるにさくら咲き       誓子

    生涯を恋にかけたる桜かな         真砂女

    連峰を屏風びらきに桜かな         狩行

    天地をわが宿にして桜かな         櫂

    もう勤めなくてもいいと桜咲く       剛一

    さくらさくらもらふとすればのどぼとけ   まどか

    鳩の目に金のまじれる桜かな        いつき



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