小説



My Funny Valentine



                                     とっと







 まったく見ちゃいられねぇよな。人前でいちゃつくのもいい加減にしろってんだ! いや、ホントは全然いちゃついてなんていないんだけどよ。見た目は。でも、このバカップルと来たらそういうオーラ丸出しなんだよな。畜生め!
 ハルちゃんよォ、なんでそんなスカしたミズスマシがいいんだ? いやミズスマシは関係ないけどな。俺の方がよっぽどいい男だし、包容力もあるぜェ。それにあっちだって強い。那智なんかよりずっと持つぜ。なにせアイツは早そうだからな。
 なんて下らないことを考えながらさっきから二人を見ているけれど、この二人はまだだな。なんかそう言った物を感じさせない。俺は経験豊富だから大概見ていればそのカップルがイタしちゃったかどうかわかる。カウンターを挾んで向かい合うこの二人はまだだ。でもその隣のさらに輪をかけたバカップルはもうベテランの域に入ったな。まあ、そっちの方はどうでもいい。俺には関係ないし、興味もない。俺にとっちゃ、ハルちゃんと那智の関係こそが重大なんだ。
 何だかんだと言って仲のいい二人。それなのにそろそろ付き合って二年になろうと言うのにまだイタしてないってのはどう言うこった? ひょっとして那智の奴、あっちが役立たずとか? いくらなんでもそんなわけねぇか。ハルちゃんの奴ひょっとしてまだ、男怖い病が直ってねぇのかな。それならしかたねぇよな。この二人がイタさねぇのも、より男らしい俺にハルちゃんがなびかないのもわかるってもんだ。まあ、もうじき俺たちは卒業。那智、青葉、五十鈴は地元組、ハルちゃんは上京組。そして、俺はもちろんハルちゃん追いかけて上京組。まぁ、ハルちゃんとは行く大学が雲泥の差だけれども、それはしかたねぇやな。おつむの出来が違いすぎるんだから。俺の入れる大学があっただけでも奇跡だ。
 とにかく四年間は俺とハルちゃんが東京で二人っきり。いや、正確には二人っきりって事はねぇんだけど。とにかく俺とハルちゃんは東京で同じ空の下、那智の奴は一人この片田舎の遠い空の下。わりぃけどじっくり四年間かけて攻めさせてもらうぜ。物理的な距離って言うのは結構重要なんだ。四年経つころにはハルちゃんの隣にいるのはお前じゃなくて俺だ。

 妄想を膨らませている俺の目の前に、突然きれいな手が差し出された。白魚の様な指ってぇのはこう言うのを言うんだろうな。そして差し出されたのは手だけじゃない。そのうえには小さな包みがのっかっていた。
「スケベさが顏に滲み出ているオニーチャンはまだ一個も貰えてなさそうだから、お義理をあげる」
 気がつけばハルちゃんが目の前に立っていた。いや、さすがだねぇ。仁義ってモノをわきまえている。義理と人情だねぇやっぱ……。って義理かよ。俺は別に本命でもいいんだけどナ。なぁ、本命クレよ。
「残念でした。わたしはこう言うことに義理も本命も差をつけないの。誰かさんもきっちり皆、平等に扱うもんね」
 那智の野郎、普段誰にでもやさしくして、周囲のポイントを稼ぎまわっているスケベ根性丸出しのツケがここでまわってきやがった様だ。見回してみれば、店内にいる男共は皆、一様に同じ小さな包みを手にしている。いやぁ、ハルちゃん、本当に義理人情に厚いんだねぇ。でも、ちぃとばかし面白くねぇな。彼女持ちの五十鈴にまでやるこたぁねぇじゃねぇか。お返しとばかりに青葉の野郎……、いや失礼。野郎じゃねぇな。とにかく青葉まで那智になんかやっている。ハルちゃんのより包みが大きいぞ。那智の野郎、困惑してやがる。本命よりも立派な義理貰ったんじゃァ困っちまうよな。ざまあみろってんだ。
 俺が嘲笑う様に那智の奴を見ていたら、奴もこっちの方を見返してきた。やめてくれ、俺は男同士で見つめ合う趣味はねぇんだ。女の子なら誰でもウェルカムだけどな。っと思ったらどうも様子がおかしい。どうやら見ているのは俺じゃなくて、俺の前にいるハルちゃんらしい。助かったぜ。俺はサブも薔薇もごめんだ。そして当のハルちゃんはなにかブツブツいいながら指折り数えている。
「榛名ぁ〜、みんな平等はいいけれど、僕のは?」
 那智の野郎が情けない声で訊ねてた。なんだ、なんだ? ハルちゃん、本命に渡し忘れたか? こらいいざまだ。アイツの目の前でハルちゃんの愛情を……、いや義理人情だったな。とにかくそれを貪り食ってやろう。どうせ喰うならハルちゃん本人の方がいいんだけれど、それを言ったらおしめぇよ。那智の野郎に出入り禁止を言い渡されちまう。
「おっかしいなぁ? どこで数間違えたんだろ?」
 ハルちゃんは一人ブツブツいいながら首をかしげている。そんなハルちゃんを那智の野郎は情けねぇ顏で見ていて、ちょっと胸がすかっとしたね。さあ、ついでに奴の前でこのチョコレートを、CMにでれそうなくらいうまそうな顏して食ってやろう。そう思って包みを開けようとした瞬間、それが俺の手の上から消えた。
「しかたないなぁ。ハイこれ。那智の分」
 俺の手の上にあったそれは無情にも我が永遠のライバルの手へと渡ってゆく。ハルちゃんよォ、それはあんまりってもんじゃないかい? 義理人情はどうした? そっか、そっか、チョコがないならしかたねぇよな。義理人情でハルちゃん自身を貰ってやるよ。チョコよりもそっちの方がうまそうだし、俺好みだ……。なんて言えたらいいな。よう、皆の衆。
「で、やっぱり仕方がないから那智、特製ジャンボプリンアラモードチョコレートシロップかけひとつね」
 な、なんかハルちゃんが名前を聞いただけで胸焼けしそうなメニューを注文したわけで、それを聞いた那智が気の毒そうに俺の方を見たわけで……。つまりは俺がそれを食うのか?
 那智の手で作り上げられたそれは、俺の予想をはるかに上回る代物で、見ただけでごちそうさまってな感じだった。フルーツとプリンと生クリームを盛り合わせたそれは、ただそれだけでもこれ以上ないくらいのくどさを醸し出しているのに、そのうえにたっぷりとかけられたチョコレートシロップがまた何とも言えない。見たら本当にそれだけで胸焼けがしてきた。それを那智の野郎はご丁寧に俺の目の前に本当に置きやがったぜ。まぁ、その目には同情の色が色濃く現れていたけどな。
「さっ、酒匂。遠慮しないで食べて。感謝してよ。だいぶ奮発したんだから」
 いや、ハルちゃん。そう言われても俺、基本的に甘い物は苦手って設定だし、やっぱヤクザがプリンアラモード食う姿ってのはどうも……。そう心の中でつぶやきながらしり込みする俺に那智が追い打ちをかける。
「リュウ、珍しく榛名が自分で奢るんだから食ってやってよ。それ、1300円するんだよ」
「えーっ? 那智、奢ってよ。これっていつも那智の奢りじゃない」
 那智の野郎の言葉にハルちゃんが口をとんがらせる。そのたった一言で那智の野郎は折れやがった。溜息もらしながら書きかけた伝票を握りつぶしてやがる。そっか、那智の奢りか。
 奴に痛手を与えられるのかと思うと俄然食う気がでてきた。俺は貪る様にそのフルーツとプリンと生クリームの固まりに食らいついた。ざまみろってんだ。営業時間が限られていて収入の少ないこの喫茶店で一三〇〇円の出費はかなり痛いだろう。なんなら二個でも三個でも食ってやるぜ。

 いい加減気持ち悪くなりながらも、全てを平らげた俺にハルちゃんから称賛の言葉が浴びせられる。
「酒匂すごい! これを一人で全部食べられる人ってなかなかいないよ。普通二、三人で分け合うもの。那智も奢った甲斐があるわね」
 えっ? そうなのか? そう言うのは先に言ってくれないと。俺今、吐きそうなんですけど。
 むかむかする胃を抱えながらも俺は、ふとハルちゃんの最後の言葉が気になった。これを注文したのはたしかにハルちゃんだ。で、作ったのは那智。そして金を払うのも那智……。それでもこれはハルちゃんからのプレゼントってことになるんだろうか?
 俺の顏を見た那智がようやく気がついたかという様に苦笑する。
「全ては成り行きだけれども、親友のリュウに僕から親愛の情を込めての義理チョコになっちゃったね」
 そういった後、奴はこれ以上ないってくらい深い溜息をつきやがった。
 ば、馬鹿野郎! 男に貰ってもちっとも嬉しくねぇや!
 畜生! 今日はこれまでの中でこれ以上ないってくらいに最悪のバレンタインデーだぜ。