勝手に連動企画 喫茶「吾眠」の日常



第一話 『薔薇』 23歳 春



                                     とっと







 ある日僕が、カウンターに花を飾っていると、そこへひょっこり榛名が現れた。

「あら? 那智、花を飾っているの?」
「うん、カウンターが殺風景だったから、たまにはいいかなぁって」
「うん、きれいな薔薇ね」
 僕が生けた花瓶の花をみて彼女はそう言った。うちの店は元々が祖父のものだったから年季が入っており、そのうえ床とか壁はマホガニー色で統一されているもんだからシックではあるけど、暗い。なにか明るいものをと思って花を生けてみたのだけれど、どうやらそれは成功だったらしい。でも薔薇の花には君への皮肉がちょこっと混ざっているのまではわからないだろうな。
「花なんていけたことないからどんな感じにすればいいのかよく分からなかったのだけれどもね、なんとか形になっている?」
 そう問いかける僕に彼女は笑って答える。
「なってる、なってる。どんなにがんばってもこれだけアンバランスで、みているだけで船酔いおこしそうな生け方できるのはきっと那智だけよ。ひょっとして天才なんじゃない?」
 これだもの。
 あの〜、榛名さん、それってほめてるんですか? 僕にはどう聞いてもけなされているようにしか聞こえないんですけど。
 そんな僕の問いかけに、彼女の笑みが悪魔的なものに変わる。
「もちろん、けなしているに決まっているじゃない。今の台詞をほめられているって感じ取れたらそれこそ人知を超える理解力よ」
 彼女の言葉に僕は、ぐうの音もでないほど打ちのめされてしまった。榛名さん、僕たち恋人なんだからもう少し思いやりってものがあってもいいんじゃないですか? 自分でも下手なのはわかっているんですから、少しアドバイスなんぞいただけるとありがたいんですけど。
 そんな僕の言い分に彼女はペシッと僕の頭への平手打ちで答える。
「甘えないでよ。生まれてこの方わたしだって花なんていけたことないんだから」
 それ、自慢になってないんですけど。女の子なのに花生けたことないの? そうは思ったけれど、これ以上叩かれるのもいやだったので僕はあえて口をつぐんだ。でも言葉にしない代わりに思いっきり深いため息が漏れるのはどうしようもなかったけれど。
「あ〜。今、女の癖に花もいけたことないのかって思ったでしょ?」
 はい、ご名答。だって普通、小学校とかの当番でやったりするでしょうに。いやそうでなくても自分の部屋に飾るとかしないもんですか?
 そこまで考えて、僕はこれまで一度も彼女の部屋に上がった事がないのに気がついた。いつも会うのはここ、喫茶「吾眠」でだったから、これまで一度もそんな機会に恵まれなかったのだ。ちょっと彼女の部屋に対して興味がわく。でも聞くのもちょっと怖い気がするのは僕だけだろうか。
「榛名は部屋に花とか飾らないの?」
「飾る場所ないもん」
 僕の問いかけにちょっとふくれっ面で答える彼女。飾る場所がないって一体。
「部屋中本だらけだし、机の上とかは邪魔になるからそう言うの置くのはいやなの」
 彼女のそれだけの説明で、どんな部屋なのかが大体想像がついてしまった。心の中でまた一つため息をつく。ねぇ榛名さん。君は周囲がうらやむほどの美少女なんですから、もう少し色気を持ちましょうよ。外で見る彼女は特に勉強の虫とか言うイメージはなく、どちらかと言えば社交的で華やかな感じだ。そんな彼女の部屋が書庫になっているなんて誰が想像するだろう。
 そんな僕の考えを察知したのか榛名はさらにふくれっ面になる。
「那智黒。またどうせ、ろくでもない事考えているんでしょ」
「ろくでもない事とは思わないけどね」
 彼女への対抗上、営業スマイルを浮かべる僕に、彼女はしばらく考え込んでいたが、やがてにやりとこれ以上ないというくらい怖い笑みを浮かべた。
「そうね、これからはわたしがお花を生けてあげるわ。ちょうどお花くらい習おうと思っていたところだから」
 そう言うと彼女は僕の方へと歩み寄りくっつかんばかりに迫ってきた。そしてゆっくりと僕の首に両の手をまわし、顎のしたから見上げる様にして僕の顔を覗き込む。
「ちょうどね、うちの近所にお花の教室があるの。そこの先生がいい男なのよ。その分女癖が悪いって近所では評判だけどね。そう言うところへ通えば、いろいろと手取り足取り教えてもらえて、そのうち内面から女らしさが滲み出る様になるかもね」
 今度は僕の方が恨めしい顔で彼女を見つめる番だった。すぐそういうこというんだから。でもここで下手に反抗したりすると、彼女の性格からして本当にやりかねないから困るんだよね。女癖の悪い先生だって? そんな所に通うなんてとんでもない。榛名みたいなお嬢はきっといくら自分が気をつけているつもりでいても、良い様に相手のペースにはめられて喰われちゃうに違いない。僕は降参の合図に両手をあげて見せる。
「お願いだからそれはやめて。榛名は今のままで充分だからね」
 そんな僕の台詞に満足そうに頷く彼女。結局今日も僕の負け。かないませんよ、榛名さんには。

 翌日、再び僕の所を訪れた榛名は花瓶の花をみてちょっと首をかしげる。
「ねぇ、なんでこの薔薇、今頃になって刺を全部取っちゃったの? 昨日生けた時はまだついていたよね」
 それはね、榛名さん。刺のある花は君だけでたくさんなんだよ。僕は。