勝手に連動企画 喫茶「吾眠」の日常



第三話 『水』 18歳 夏



                                      とっと







「夏は絶対に海だ」
「え〜、山の方が涼しいよ」
「却下〜! 夏に海に行かずして、いつ行くってんだ」
「冬の日本海……」
「いやだ〜。そんなド演歌の世界はいやだ〜!」
「じゃぁ、山に決定ね」
「何が決定だ! ちっとも決まっていないじゃないか! 大体なんでそんなに山がいいんだよ」
 先程から吾眠店内を賑わせているのは、那珂と高雄のコンビだ。この二人、こういうことになるととことん意見が合わない。時々、どうしてこの二人が付き合っているのかわからなくなるけれど、喧嘩するほど……とか言うし、……は犬も食わないって言うから、こういう時は傍観するに限る。
 とは言うものの、いま彼女たちが言い合っているのはこの夏休みにどこへ出かけるかと言うもの。それをここで話し合っているということは、参加者は彼女ら二人ではなく、僕と榛名も一緒な訳で……詰まるところ、僕と榛名は自分の意見を反映させる術を持たず、二人の隣で傍観しているというわけだ。

「喧嘩するほど仲がいいとは言うけれど」
「まったくね、これじゃあ行き先決まる前に日が暮れちゃいそう」
 ため息まじりの僕の言葉に、あきらめ顔で榛名が応える。いっそ、二人が言い争っている間に、僕らで行き先を決めてしまおうか。

「海が嫌いだから」
 高雄の問いかけに、那珂の簡潔な答えが返る。
「……なんで海がきらいなんだ」
「海なんかに行ったら高ちゃん、ぜったいに他の女の子の水着姿に目移りするもん」
「……」
 ごもっとも。那珂に一本ってところかな。
「と、言うわけで山に決定ね」
「ま、待て。那智達の意見も聞かないと……」
「榛名は当然山でしょ? なっちゃんも山よねぇ」
 突然話を振られて、僕と榛名は顔を見合わせる
「いや、別に僕はどちらでもいいんだけどね」
 思わずそう応えた僕に、那珂の奴はパフェ用の長いスプーンを突き出す。
「なっちゃん。海で万一他の女の子なんかに見とれたりしたら、榛名一カ月は口聞いてくれなくなるよ。ね、榛名」
「そうね。那智があんまり他の娘に目移りするのって想像できないけど、これでも男だもんね」
 これでもって一体どういう意味だ? でもたしかに、そういった危険があるのは否めない。
「那智! そんな脅しに屈しちゃだめだ! 水着の女の子たちが俺らを呼んでいるぞ!」
 そう言う、高雄の言葉に僕も想像を膨らませてみる。そしてでた結論は
「別に他の娘はどうでもいいけど、榛名の水着は見てみたいかもね」
「スケベ。でもそういうなら海にしてもいいかなぁ」
「榛名ぁ〜、裏切る気?」
「別に裏切るわけじゃないけれど。いいじゃない。もし二人が他の女の子に目移りするようなら、目には目をよ」
「何それ……」
 なにか、話が不穏な方へと傾く。
 「那智も見てくれはいいから、きっともてるもんね。もしもの時は私もだれかにナンパされちゃおうかなぁって。いいじゃない。一夏のアバンチュールって言うのも」
「前言撤回。山にする……」
「あ、コラ! 那智。裏切りもん」
 考えてみれば、僕が他の娘に目移りする可能性より、榛名が他の男にナンパされる可能性が高いことに気がついた。それに、僕自身、彼女の水着姿を見たことがないのに、いきなり高雄や他の男の目に晒すのも癪に障る。
 勢力均衡。結局僕らも二人の争いに巻き込まれ、事態はさらに悪化して膠着状態に陥ってしまった。そしてこういう時に限って、現れる奴がいる。

「よう、おそろいでなにやってんだ?」
「酒匂〜、いいところに来た」
 酒匂の登場に高雄が飛びつく。そして一通り経緯を聞いた酒匂が一言。
「そりゃ、海だろ。サザンもチューブも海だ。この季節山を歌う奴は一人もいないぜ。俺は絶対に海を押すぞ」
 酒匂まで行く気だよ。まあ、この際人数が増えるのは構わないのだけれども、何事か彼が高雄に耳打ちしているのが気になる。
「なぁ、那珂。海にしようぜ。俺、那珂の水着姿見たいんだよ〜」
 突然、甘えた声を出す高雄に僕と榛名、それに那珂までが背中を震わせる。元野球部で身長180を超える浅黒い大男の甘え声がこうまで気色悪いものだとは思わなかった。
「五十鈴達は、いまさら水着でもないでしょ」
「ば、馬鹿! 霧島、なんてこと言うんだ!」
「ち、ちげぇ〜ねぇ」
 榛名の毒舌に、那珂と高雄は赤くなったり、青くなったり。酒匂にいたっては腹を抱えて笑い転げている。あの、榛名さん。その発言はあんまりじゃ。例えそれが事実だとしても。
「酒匂、言い出したのお前だろ」
 高雄が情けない声をあげ、酒匂を恨めしそうに見つめる。
「で、結局どっちにするの」
 しばらくの間は、二人をおもちゃにして遊んでいた僕らだったが、榛名の声で皆我に返る。気がつけば外は真っ暗。結局多数決と言うことになり、採決をとることになったんだけど……
「山」と僕が言えば、「海」と高雄が対抗し、それに酒匂が続く。そして那珂がやっぱり「山」。
「……」
「これはハルちゃん次第だな」
 酒匂の言葉に那珂と高雄が猛烈な獲得競争を開始する
「霧島、海だよな、海!」
「山よね、山! だってなっちゃんも山なんだもん」
 困ったように僕のほうを見る榛名。
「……もうこの際、どっちでもいいよ。榛名の好きな方にして」
「そ、そういわれると……」

「あ〜ぁ、結局決まらなかったわね」
 榛名の言う通り、結局今日はなにも決まらないうちにお開きとなった。
「だれかが散々かき混ぜた挙げ句に、迷ったりするから」
 僕の言葉にむくれる彼女。
「あ〜、わたしのせいだって言うの?」
「それ以外に誰のせいだって言うの?」
「……」
 恨めしそうに上目づかいに僕を睨む榛名。今日は珍しく僕の勝ち。
「ねぇ、一つだけ聞いていい?」
 恨めし顔の彼女に笑顔で応える僕に、しばしの沈黙の後、榛名が問いかけてきた。
「なに?」
「この話、お題であるはずの『水』がちっともでてきていないんだけど」
「あれ? 榛名知らない? 今日みたいな話し合いをね『水』掛け論って言うんだよ」