「は〜るな」

 学校からの帰り道、後からポンと肩を叩かれて振り向くと那珂がいた。

「あんた、東京の大学行くんだって?」
「ええ、那智がそう勧めてくれたから……」

 わたしの返事をきいて那珂がニマっと笑う。その時点で彼女が何を考えているかわかってしまった。

「那智とは別れないわよ」
「なんでわかったの?」
「あなたの思考回路がとってもシンプルだから」

 わたしの答えに「言ってくれるじゃない」と彼女が口を尖らせた。でもシンプルというのは悪いことじゃないとわたしは思っている。彼女の裏表の無い性格は好感がもてる。同性、異性に関わらず友人が多いのもそのためだとわたしは思っている。あけすけで、時々きついこともズバリと言ってくるけれど、そんな彼女にかなわないなぁとわたしはよく思わされる。わたしと彼女、二人同じ時期に那智とであっていたら、そして共に彼を求めたとしたら、今彼の隣にいるのはどちらだろう? そのときでも彼の隣にいるのは自分だと言い切る自信はない。それどころか多分、彼女のほうが選ばれるんじゃないかって思っている。だってわたしと那智が今、一緒にいるのはお互いに必要とされる存在であったから。その前提が崩れたら多分……。

「――ちょっと、あんた段々なっちゃんに似てきたんじゃない?」

 那珂のそんな言葉にわたしは我に帰る。

「今、どこら辺までお散歩していたの? ひょっとして心だけはもうなっちゃんの所に飛んで行っちゃってた?」

 からかう様にそう言う那珂にわたしはおもわず苦笑する。
 考えても仕方のないことだ。那珂は那智を振って五十鈴と付き合い、わたしはそんな那智にであって付き合う様になった。それは変わることのない事実。この先がどうなるかはわからないけれど、少なくとも今はそれが事実なのだ。

「そうかもね」
「離れていても心はひとつって感じね。お熱いことで」
「五十鈴と離れるのがイヤで、なんランクも下げて地元の大学を選んだ人に言われたくないけど?」
「高ちゃんはなっちゃんと違ってちゃんと監視していないと危なっかしいんだもん」

 そういうと那珂は照れた様に笑った。そんな彼女が微笑ましくてわたしも笑った。

 ひとしきり笑ったあとで、那珂がぽつりとつぶやく様に言った。

「そんなに好きなのに、それでも榛名はなっちゃんをおいて行っちゃうんだね……」

 胸の奥がちょっとだけ痛む。はなればなれになることに不安がないといえば嘘になる。私自身はまだほかの男性なんて考えられないことだけれども、那智はもてる。派手な顔だちのわりに性格が地味だから表立って騒がれることはほとんどないけれど、下級生を中心にその人気は高い。でも……。

「那智が行って来いって言わなかったらわたしも自宅から通える範囲で大学選んでいたな……」
「だったらそうすればいいのに……」
「でも、那智がせっかくのチャンスだからって言ってくれたから」

 小説家になるのが夢。それが無理でもなにかそういったことに関わる職業につきたいとわたしは考えていた。那智のことを考えると躊躇するものはあったけれど、心の中の第一志望はだから有名な小説家を何人も排出した有名私立大学だった。そんなわたしの夢を知っている那智は少しでも夢の実現の可能性が高まる選択をしたほうがいいと言ってくれたのだ。ちゃんと待っているからって。

「那智が言うにはね、わたしは夢にはばたく鳥で、彼はそのわたしが翼を休める大樹なんだって。だからわたしは自由に大空を飛び回り、疲れたときに帰って来れば良いからって……。彼がそういうのは自分の気持ちに自身があるから。そしてわたしのことを信じてくれているから。わたしはそう思ったの」

 そう言うわたしを彼女は少しまぶしそうな目で見た。

「だから行くことにしたの」

 気がつけば目の前に喫茶「吾眠」の扉。わたしはそれをそっと押す。

 カラン!

 聞き慣れたカウベルの音と共に那智の笑顔が目に飛び込んできた。

「いらっしゃい。お姫様がた」




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 「Every Breath You Take」のCREAさんからイラストをいただきました。「伝えたいことがあるんだ」では思いっきりネガティブだった榛名がとても明るく見えて、いつごろから榛名はこんな表情が出来る様になったんだろうかと考えたのが上のショートストーリーです。時期的には日常の15話と君嘘の中間、彼女達の卒業間近な頃ですね。
 CREAさんの描かれた榛名と那珂の表情が眩しいです。またこんな明るい彼女達を書きたいなぁ。
 CREAさん、ありがとうございました。