ごしごし

 明けましておめでとうございます。
 昨年中は大変お世話になりました。
 本年も……。

 何か違う。
 お世話にはなったと思うけど。
 本年もよろしくお願いします、とは書きたくない。
 それは何か違う。
 あの人によろしくお願いしますなんて云ったら、その場で下僕決定じゃないか。

 ごしごしごし、と消しゴムで鉛筆書きの文字を消す。

 いっそ、「賀正!」とか「謹賀新年!」とかハガキにでかでかと書いて、余白を絵か芋版画で埋めようか。

 それもなあ……。
 わたしはそれほど美術に自信があるわけじゃない。
 一度、あの綺麗な指先に握られた鉛筆から、器用に描き出されるあの絵を見てしまったから。
 わたしの取って付けたような拙い絵を送りつけるのは気恥ずかしい。

 ごしごしごし。

 さっきから何度も書いては消し、書いては消し。
 年が明けて東京に戻ったら、あの人に会ったら、これも全部ばれちゃうのかな。
 でも今さらだ。
 学校の試験の盛大な間違いだってあの人は全部視てるかもしれないんだから。
 そんなこと、あの人は決して口にしたりしないけど。

 口にしないだけで、あの人はどれだけのものを視ているんだろう。

 わたしの頭の中の記憶ごと、消してしまえたらいいのに。
 日常の恥ずかしい出来事も、昔の酷い思い出も。

 楽しいことだけ、可愛いものだけ残せたらいいのに。

 ああ、それならあの人の頭の中のどこかに貯蔵されてしまう記憶も消せたらいい。
 見たくもないのに、忘れたいのに、視てしまったものを。
 ごしごしと。消しゴムで。

 少し薄汚れてきた年賀葉書を見て溜め息をつく。
 こんな、何の役にも立たない夢想はきっとあの人は嫌いだ。
 現実から逃げることもきっと嫌いだ。


 ごしごしごし。
 ごしごしごし。

 うん。だいぶん綺麗になった。




 明けましておめでとうございます。
 今年も楽しいことがたくさんあるといいな。
 冬休みが終わったら千葉のお土産を持って行きますから、
 楽しみに待っていてくださいね。    







こじつけっぽいですが……。  









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