5、ひみつです

 男の子が四人と女の子が四人。そのうちの一人が自分。
 結構な大所帯で喫茶店に入った。
 学校によっては保護者同伴時以外の喫茶店への出入りを禁止しているところもあるというが、美由紀の学校は案外自由だ。お嬢様学校だけに学校での躾はそれなりに口うるさいが、逆にその分信頼されているのかもしれない。所謂きちんとした家庭の子女ばかりだから、その点での信頼もあるのかもしれない。
 実際、この四組の男女のうち一組は所謂交際中だが、実に清らかで可愛らしいものである。
 そして残りの三人ずつがなぜぞろぞろその二人にくっついているかと云えば、それぞれにそれぞれの思惑があるのではある。
 美由紀一人を除いては。

 同じ学年の寮生たちに誘われて買い物に付き合った後、この他校の男子生徒たちと合流した。誘ってきた友人たちのうちの一人のボーイフレンドが途中から一緒になることは聞いていた。だが、それに他の男の子たちが付いてくるなんて聞いていない。
 不意打ちだ。
 とはいえ怒るほどの気にもなれない。友人には友人のしがらみがあるのだろうし、彼女の面子を潰したいわけではない。元はと云えば、以前はっきりした理由も云わずに誘いを断った美由紀のせいでもある。
 べつに男の子が嫌いというわけではないから、邪気なくわいわいと過ごす分には決して不快でもない。
 ただ、ちょっと困るのだ。
 友人の面子を潰したくはないが、かと云って友人の面子のために、紹介された男の子と付き合う義理もないではないか。
 強いてボーイフレンドが欲しい、という欲求は今のところ美由紀にはない。
 友人に気拙い思いはさせたくないが、妙な期待をされても困る。こういう時は、どういう態度を取ればいいんだろう。

 百貨店デパートで女の子達だけで買い物をした後落ち合って、この為に予め決めてあったと思われる喫茶店に、美由紀は何の思案も無いまま来てしまった。
 楕円形の大きなテーブルを八人で囲む。
 首謀者たる女の子とそのボーイフレンドが並んで座り、それに続いて残りの三人ずつが向かい合うように座り、つまり女の子の一番端に気付かぬ間に手際良く追いやられていた美由紀の隣には、男の子が居る。
 席に着くときに椅子を引いてくれた。
 少しばかりコンプレックスになっている美由紀の身長よりも五センチ程背が高い。
 店員からメニューを受け取ると、さっと美由紀の前に差し出した。
「呉さんは珈琲派? 紅茶派? ここは果物のジュースも美味しいんだよ」
 礼節を保ちながらも親しげに遠慮無く話しかけてくるその少年を、美由紀はちらりと横目で見上げた。
 とびきりのハンサムというわけではないが、端正な顔立ちをしている。
 あれヽヽを比較の対象としてはいけないことぐらい美由紀も承知している。
 こういうのを涼やかな目元というのだろうか、少年らしい澄んだ目をして、柔和な笑みを浮かべている。
 悪い人ではない。
 かと云って胸がときめくわけでもない。
 身元が確かだとか、名門私立校の生徒だとかいうのは、確かに安心材料ではあるのだろうが、その学校の生徒を紹介してあげると云われただけで歓声を挙げる気持ちは理解できない。
 あの人ヽヽヽは、美由紀の父が地方の零細企業とはいえ社長だからだとか、お嬢様学校の寮生だからとか、そんな理由で可愛がってくれるわけではないだろう。
 それは自惚れではなく、あの人に対する正当な評価だと美由紀は思う。
「珈琲を」
 美由紀がそう云うと、少年は少し意外そうな顔をした。
 大人振りたかったわけではない。何となく、あの事務所の珈琲の香りを思い出しただけだ。
「ねえ、何か甘いものは?」
「うーん、ケーキしかないのよね」
「ケーキかあ……。ちょっとね……」
 反対側の隣では、二人が小さな声で相談している。
 女の子同士だけで来たなら問題はないのだが、初対面の男の子の前ではなかなかに微妙だ。何かの時にそんな会話になったことは覚えているから、彼女たちの心理は美由紀にも判る。
 判るが、それは理屈としてそういうものかと思うだけで、今この状況の美由紀にとっては如何でもいい。
 如何でもいいと思ってしまう自分をどこかで、つまらない女の子だと冷ややかに見ている自分がいる。
「わたし、苺のショートケーキにする」
 可愛げがないよ、という自分の中の声を振り払うように、殊更にきっぱりと宣言する。
 隣の女の子達が驚いて美由紀を見た後、額を寄せて二人で何かひそひそと相談し始めた。
 反対側の隣にいる男の子も、一瞬だけ少し驚いたようだったが、すぐに面白がるような笑顔を浮かべた。
「女の子ってケーキ好きだよね。君達も注文すればいいのに」
 そつなく、美由紀以外の女の子もフォローする。
「僕は甘いものはあまり好きじゃないから珈琲だけにしておくけど」
 それを聞いて美由紀は、つまらない、と思う。何故だから解らないけれど。
 とても紳士的で、年齢の割に大人びた人だと思うけれど。
 なんだかつまらない。
 今回の首謀者であるところの友人は、美由紀のほぼ真向かいで、自分のボーイフレンドとのおしゃべりに夢中だ。
「いいじゃないか。何買ったの?」
「あら、それは秘密よ」
 彼女は百貨店で自分の洋服のほかに、毛糸をたくさん買い込んでいた。
 ──あら、そんなにたくさん、何を作るの?
 ──彼の誕生日が来月なの。だから……。
 手編みのスウェーターを贈るのだと楽しそうに云っていた。
 デパートの大きな紙袋を、男の子が大げさに覗き込もうとする。
 自分の脇に置いた紙袋の口を押さえるようにして、彼女は笑いながら、駄目だってば、などと、普段より半音高い声でボーイフレンドに云っている。
 少し頬が紅い。
 なんだか可愛いじゃないか。
 ボーイフレンドとじゃれている彼女も、あわよくばお付き合いしたいと考えている男子高校生たちの前でケーキを頬張ることをためらう友人達も、とても女の子らしくてヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ可愛く見える。
 そんな友人達の姿を見ると、美由紀はいつも少しだけ引け目を感じる。
 でもしょうがないじゃないか、とも思う。
 だって、再会したその日にケーキばくばく食べちゃってるし。
 秘密よ、なんて云ったって無駄だし。
 一度云ってみたいけど。

 1時間程そこに居て、美由紀と首謀者以外の女の子二人も、そこそこ男の子達と仲良くなったようだ。元より向こうもそれが狙いで来ているのだし、美由紀から見ても二人とも普通以上に可愛いと思う子達だから当然の成り行きだろう。
 美由紀の隣に居た少年は、美由紀が都外の出身と知って、何やかやと聞いてきた。
 前の学校の話をしたくなかった美由紀はその辺りに関する質問を曖昧にそらして実家の話をし始め、気が付いたら何故か祖父のことをしゃべっていた。
 男の子は、面白くはなかっただろうと思う。それでも相槌を打ちながら聞いていたのだから、好い人なのだとは思う。
 喫茶店から出て、何となく別れ難そうな男の子達が寮まで付いてくるという話になったとき、美由紀は不意に思い付いて云った。ここからなら……。
「ごめん、わたしここで抜けるね。知り合いの所に寄っていきたいの」
 全員の視線が美由紀に集まった。
「呉さん、あの、僕たちが何か……」
 隣にいた少年が焦ったように何か問い掛ける。
「違うの。ほんとに、ちょっと用があって、ここまで来たなら丁度好いから」
「それなら……」
 そこまで送ると云いだしかねない男の子の機先を制し、
「今日は楽しかったわ。じゃあね」
 宣言するように云って、美由紀は踵を返してさっさと歩き始めてしまった。

 もう夕方だから、あまり時間はないけれど……。
 もしかしたら寅吉はもう夕食の支度を始めるころだろうかと、今更少し心配しながら薔薇十字探偵社の扉を開けると、どうやら三人でお茶を飲みながらお菓子を食べていたらしい。
 寅吉はむしろ嬉しそうに、美由紀の分のお茶を淹れ直すために台所へ立った。
 益田は、こんな時間に珍しいねと云いながら、美由紀にシュークリームの入った箱を差し出した。
 日曜日なのにこの探偵助手が「出勤」していることには、もう疑問すら持たなくなった。
 かの探偵閣下はいつもの自分の席から、僕が起きている時間ならいつ参拝に来たって善いんだ、女学生君なら寝ている時でも善いけどね、などと訳の解らないことを満面の笑顔で云った。
「寮の友人たちと買い物で近くまで来たんです。帰る前にちょっと寄ってみようかなって思って」
 何だか言い訳がましい、と思いながら、夕刻に来てしまった理由を告げた。
「へえー、美由紀ちゃんも普通にお友達と買い物に行ったりするんだね」
「どういう意味ですか、それ」
 益田に何の悪気も無いことは解っているが、その悪気の無さから出た言葉に今は少しだけ引っ掛かる。
「え、いや、女の子だなあと思って……」
「女学生君は最初から女の子じゃないか。そんな事も知らなかったのかこのバカオロカ」
「知ってますよ、そういう意味じゃなくてですね」
 探偵は益田の云うことには耳を貸さず、頬杖をついて少し目を細めて美由紀を見た。
「楽しそうだね」
「はい」
「で、その男の子は誰?」
「男の子?」
「え、ちょ……」
 聞きようによっては随分とセンシティブないきなりの質問に、益田のほうが慌てたが、美由紀は単に、どこからどの程度説明しようかと考えて、面倒だな、と思った。
 そしてふと、そうか、こういう時使えばいいのか、と思い立って、少し頬を紅らめた友人の笑顔を思い出しながら、にっこりと笑みを浮かべ、人差し指を立てて云ってみた。
「それは秘密ですv」
「……」
「……」
「……」
「──え?」
 何故か凍り付いた三人の大の大人の反応に、何か間違っただろうかと不安になった美由紀の顔を、冬の西陽が紅く染めていた。  







「のーんびりすごして何が悪いの?」の続きみたいな。
これ、1月に書きかけてたんですよ。だから冬の話なんです。というのを最後に無理やり入れてみた。でないと手編みのセーターって、ねえ(苦笑)。
時間を置いても熟成されるとは限らないというのが如実にわかるぐだぐだ加減ですな(他人事のように)。  








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