0、てのひらに在るモノ

 手を出してごらん。
 そう云われて何気なく右手を差し出した。
「違う。こう」
 その手を取られて、くいとひっくり返される。手の甲を上にして出したのを、掌が上向きになるように。
 その掌の上に、ぽんと何かが載せられた。
 覗き込む。
「指輪?」
「そう」
 彼は嬉しそうににっこり頷いた。
 ダイヤの指輪だ。
「こういう時には指輪をプレゼントするものだって云うからね。僕がデザインして彫金も僕が自分でしたんだ」
 改めてじっくりと見つめる。
 器用な人だとは知っていたが、それにしても。
 確かに、ダイヤモンドの指輪にしては、わたしがイメージするものよりデザインが現代的というのか、若い女性が身に付けてもあまり重い感じにならなさそうだった。
 ただし、それはそれなりの気品のある人がそれなりの服装をして、きちんとメイクをした場合のことだろうと思う。
 で、これが何なのだろう。
「こういう時って?」
「エンジンだかエンゲルだかいうものだ」
「それって……」
 エンゲル係数、ではロマンがなさすぎる。
 エンゲージリングですか? という言葉が浮かんだが、そんなことをわたしが訊くのは筋が違うような気がする。これが自分へのものだとしたらそんなことを確認するのは恥ずかしすぎるし、別の誰かに贈るつもりのものだとしたら、正直云ってショックで気を失いそうだ。
「でもなんで指輪なのか僕は知らないし、君が指輪が好きかどうかも判らないから、ほかのもいろいろ作ってみた」
 そう云って彼は、わたしの掌の上にさらに、ブローチとネックレスとイヤリングをぽいぽいと載せた。
 この重み、この輝きはイミテーションではないだろう。全部本物のダイヤが使われてる。
 一体、今わたしの手の上に、幾ら分の宝飾品が載っているのだろうか。
 考えたくない。
「一番気に入ったのを今着けてみて」
「今すぐですか? だってこんな服じゃあ、どれも似合いません」
「服なんか関係ないだろう。僕は一番似合う物なんて云ってないじゃないか。君が一番気に入った物って云ったんだよ」
 確かにそうだ。
 これを着けるならこうでなければ、なんていう常識も見栄も外聞もないのがこの探偵だった。
「全部君のだよ。でも気に入らないのがあったら返してくれていいよ」
 気に入らない物などある筈がない。
 かと云って、いえ、全部戴きますなどと云うのも強欲だ。
 天地神明に誓って、わたしは宝飾品が欲しいのではない。どうやら彼がわたしのために手ずから作ってくれた。エンジンでもエンジェルでも何でもいいから、その彼の思いが嬉しい。
 今、わたしの掌にある重みは、ダイヤの金額ではなく、彼の愛情。
 一旦それ全部をテーブルの上にそっと置いて、その中から指輪を摘んで彼のほうへ差し出した。
「これにします。探偵さんが嵌めてください」
 わたしは左手を差し出した。甲を上に向けて。
 彼は嬉しそうにわたしから指輪を受け取ると、迷わずわたしの左手の薬指にそれを嵌めた。
 なんでぴったり合うんだろう。
 左手を目の前に翳して見た。
「ほら、よく似合う。綺麗だろう?」
 そう云う彼の、磁器のような白い肌と透き通る瞳のほうがずっと綺麗だと思う。
「ありがとうございます」
 この指輪がどんな意味を持つものでも、何の意味も持たなくてもいい。ただ素直に嬉しかった。
 でも、親への説明は要るだろう。
「で、これって……」
「ウエディングドレスも僕がデザインしてあげるからね。それとも白無垢のほうがいい?」
 ──どちらでも。






榎さんが絵を描いてたという設定を原作で生かしてほしくてしょうがない私です。  








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