君の言葉 7
アーチの光は大きくなった後、急速に小さくなっていった。 ジョージは思わず立ち上がった。同時にフレッドも立ち上がる。 そのまま消えるかと固唾を呑んで見ていると、再び大きくなり、また小さくなった。不安定になっているようだ。 「行けよ」 きっぱりとした声に振り返ると、フレッドが真剣な顔で見ていた。 「戻れなくなったらどうするんだ。早く行け!」 ジョージは一瞬躊躇した。 ここに来るまでは考えもしなかったことだが、多分、寂しいのはフレッドのほうなのだ。一人だけ家族を引き離されてしまって戻ることのできないフレッドのほうが、自分よりずっとずっと寂しいのだ。 「また来る」 とっさにそう言った。 「何言ってんだ。こんなことしょっちゅう繰り返してたら、そのうち何が起こるかわからないぞ!」 「しょっちゅうなんて言ってない。どっちみちいつかは来るさ。その時はよれよれの爺ぃになってるかもしれないけどな」 ジョージが笑って言うと、フレッドの顔にも笑みが戻った。 二人はまたしっかりと肩を抱き合った。 「よれよれの爺ぃになるまで来るなよ」 「じゃあな」 ジョージは肯定も否定もしなかった。 そのままもう振り返ることができなかった。フレッドの笑顔だけを目に焼き付けて、アーチの中へと飛び込んだ。 来たときと同じように、数歩で光の中を通り抜けた。ただ、あちら側とは反対に、通り抜けた先は真っ暗だ。目が順応できずに一瞬何も見えなかった。 気持ちを落ち着けて、アーチの光を頼りに足元から杖を拾い上げた。 その途端に、光はアーチに吸い込まれるように消えていった。 今度こそ、真の闇だった。 「ルーモス」 杖に灯りをともし、ペンタクルを足で消して小枝も拾い上げ、できるだけきれいに地面をならした。 外へ出ると、空が白み始めているところだった。 腕時計を確認すると、明け方の時刻を指している。季節が変わったような気配もない。時間の流れがどうなるのかが少しばかり心配だったが、どうやらあちら側にいたのと同じだけの時間が、こちら側でも流れていただけのようだった。 冷んやりとした空気を深呼吸で吸い込んで、ジョージは街のほうに向かって歩き始めた。 それから10日以上を、ジョージはその町の小さなホテルでゆっくりと過ごした。生まれて初めて、純粋にただ休暇のためだけの日数を過ごした。 時折、川の畔を歩いたり、巨石群を見に行ってみたりもした。大地のエネルギーを感じた。 つながっている、と感じられた。 その間に、親友リー・ジョーダンに手紙を書いた。 そしてロンに通告しておいた3週間の最後の日にリーに会いに行き、それからダイアゴンのアパートへと戻ってきた。 テーブルの上には、何通かの封書が置いてある。万が一戻れなかったときのために、家族に事情を説明したり、今後の事業についての指示を書き残しておいたのだ。もし3週間たたないうちにロンがやってきて見つけてしまっても、そのときには騒ぎにならないように白紙のままになっていて、ちょうど今日、紙の上に文字が浮かび上がるようにしてあった。 封筒の中身を取り出すと、手紙はもう読める状態になっていた。 手紙を広げて杖を振ると、羊皮紙の上からインクはすべて消えていった。 「いたずら完了」 意味もなく、そんな言葉が唇に上り、つぶやいてみたら、何となく一人で笑みこぼれた。 窓を開けて、部屋の空気を入れ換える。 とても落ち着いて、さわやかな気分だった。あれ以来、ようやく本当に気持ちの整理がついたと感じた。 会おうと思えばまたいつでも会えるのだ。 来年行くかもしれないし、10年後かもしれないし、もしかしたらこのまま二度と行かないかもしれない。ただ、行こうと思えばまた行けるという事実だけで、とても静かな気持ちになれた。 窓際で夕方の風を楽しんでいると、玄関のドアノブがガチャガチャと音を立て、ロンが入ってきた。 ジョージがすでに帰っているのを見て驚いた様子で、「お、おかえり……」と言った。 預けてあった鍵を返すと、ロンは大きく息を吸い込んでから言った。 「ジョージ、僕、この仕事辞めるよ。闇祓いになるんだ」 完 |
以下の書籍を参考にさせていただきました。 『イギリス魔界紀行』荒俣宏著 『ケルトの木の知恵』ジェーン・ギフォード著、倉嶋雅人翻訳 以下の作品に影響を受けて書きました。 (作者名アルファベット順) A・K・ル=グウィン『さいはての島へ』(ゲド戦記) C・S・ルイス『魔術師のおい』(ナルニア国物語) J・ストラウド『バーティミアスV プトレマイオスの門』 O・R・メリング『歌う石』 『ドルイドの歌』 『夏の王』 そしてオリバー・フェルプスの2011年7月18日のツイート"Mischief Managed"からヒントを得ました。 |