そして僕は 5 

 店を閉めて3週間たった日の夕方、僕はダイアゴンのジョージのアパートへ向かった。帰ってきたなら連絡があるはずだと思ったのに、結局一言の連絡もなかったから、言われたとおり、掃除をしに、というより、なんだか心配になってアパートでしばらく待ってみようという気になっていた。
 階段を上がり、ドアに預かっていた鍵でドアを開けて中に入った。
「あ?」
 驚いた。
 窓枠にジョージが腰掛けていた。帰ったばかりなのだろう。まだ旅行用のマントを羽織ったままで、足元にはカバンが一つ置いてある。
 テーブルの上には、この前と同じように何も書いていない羊皮紙が数枚。
 図らずも無断で入り込んでしまった形になって、僕は反射的に身構えた。我ながら嫌な習性が身に付いているものだ。全部フレッドとジョージのせいだけど。
 しかし、ぼんやりと窓の外を眺めていたジョージは、怒りもせず杖を上げもせず、ゆっくりと僕のほうを向いた。
 ジョージは、今まで見たこともないような穏やかな顔をしていた。何だろう。こういうのを憑き物が落ちたようなと言うのだろうか。何か突き抜けたような、達観したような、そんな顔だった。
「お、おかえり……」
 勝手に入ってきた人間が言う挨拶ではないような気もしたが、僕の気持ちとしてはそれが一番近かった。
「これ、返すね」
 そう言って僕は鍵をテーブルの上に置いた。
 ジョージは黙っていた。
 僕は息を一つ大きく吸い込んだ。
「ジョージ、僕、この仕事辞めるよ。闇祓いになるんだ」
 そう言ってしまったら、あとは何のためらいもなかった。一気に、今まで考えていたことや、試験の準備をしたいことや、ハーマイオニーやマクゴナガル先生、それにハリーも協力してくれることなどを話した。
 ジョージは顔色一つ変えずに聞いていた。相槌も質問もなかった。
 僕が一通り話し終えると、ジョージは何も言わないまま、立ち上がって隣の部屋に入っていった。僕は、自分の都合だけしゃべりすぎていたことに気づいて、慌ててその背中に向かって、
「もちろん、責任はちゃんと果たすよ! ビルにも言われたんだ。後任の人に引き継ぎを……」
 ジョージはすぐに戻ってきた。手には布の袋を持っていた。つかつかと僕のほうに来ると、それを僕に押しつけるように渡した。ずしりと重い。
「退職金だ。おまえが言い出したらやろうと思ってた」
「し、知ってたの?」
「だっておまえ、前に募集広告の載った官報を見てたじゃないか」
 見られてたのか。
「それに最近、心ここにあらずって様子だったし。それぐらいあれば1年浪人してもやってけるだろ」
「で、でもこんなに。いいの?」
 僕は勝手に辞めることに申し訳ないと思って遠慮しただけなのに、急にジョージは怒った顔をした。
「いらないなら返せ。本気でない奴を応援する余裕はない!」
「いるよ! いります! ありがとう」
 僕は布袋をひしと抱きしめた。貯金もあるし、金が惜しかったわけじゃない。本気なんだと示すためだった。そしてジョージの気持ちをしっかりと受けとめたことを。
「後任の心配ならいらない。引き継ぎもいらん。リーに交渉してきたところだ。二つ返事で快く引き受けてくれた」
 リー・ジョーダンは今、ラジオのDJをやって、結構気ままに暮らしている。そうか。リーならW.W.W.をやっていくのにぴったりだ。
 何だか全部先回りをされている。
 そうなると身勝手なもので、なんだか寂しいような気になってくる。僕がいなくても困らないんだ……。
「ほんとにそれでいいの?」
「いいって言ってるだろ」
「ちょっとぐらい慰留してくれたって」
 言った途端、頭を拳骨で殴られた。
 でもそれから、ジョージは笑って言った。
「本当にいいんだ。おまえがやりたいことならね。おまえがそのときに一番やりたいことをやって楽しく生きていくことを、フレッドも望んでいるんだから」
 なんでここでフレッドが出てくるんだろう。それもそんな断定的に。僕はほんの少しばかり違和感を持ったけれども、それが“この二人”なのだろうと思うことにした。
「うん。ありがと」
「しっかりやれよ」
「うん。約束する」
 僕もなんだかずいぶんとさっぱりした気分になった。
 この3週間、ジョージがどこで何をしていたのか、何があったのかは知らない。初めは聞きたいこともいろいろあったような気がするけれど、すべてどうでも良くなってしまって、僕はアパートを出て家路についた。

 家に帰ってから袋を開けてみたら、金貨がぎっしり入っていた。退職金だと言われたから金だと思い込んだものの、もしかしたら石か何かかもしれないと思って開けたのだが。一瞬でも疑った自分を僕は少しだけ恥じた。


 そして僕は、再び僕の道を歩き始めた。






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