リー・ジョーダン回想録・付記
あいつらが学校を飛び立って、そこで俺の回想録はペンを置くつもりだった。当初の予定では。 俺の知ってるフレッドとジョージは、いつもフレッドとジョージで何をやっても楽しそうにしていた記憶しかなかったからだ。学生時代は。 その楽しい記憶に終止符が打たれた。 あいつらが二人じゃなくなったなんて、どうしてもどうしても信じられなかった。この目で見たのに……。 二人が二人じゃなくなるなんてことを認めるのは、寂しいとか悲しいとかを通り越して、恐怖感さえ覚えた。 だけど、俺とあいつらの友情がそこで終わったわけじゃない。 あいつらが2人じゃなくなったからといって。フレッドがいなくなったからって。ジョージが1人になったからって。俺の友情が半分になったわけじゃない。かえって俺の中でその重みは学生時代より増したと思っている。 葬儀の日、俺はぎりぎりまでジョージの隣にいた。親族じゃないから、ずっと家族と一緒にいられるわけじゃないが、少しでもそばに付いていなければと思い詰めていた。 母親は顔をハンカチに埋めて泣き続けていた。父親はそんな母親の背中を抱きかかえるようにして、その親父さんの肩も時々震えていた。一番上の兄貴のビルは気丈に顔を上げていたが、目が真っ赤だった。フラーがそっと腕に寄り添いながら、涙を流し続けていた。2番目の兄貴のチャーリーは、監督生時代の見る影もなくがっくりと肩を落としたパーシーの背中をさすって慰めていた。ジニーはロンにしがみついて泣いていた。ロンはジニーを支えるだけで精一杯で、ロン自身もただ泣き続けていた。 そして、ジョージは、血の気のない顔で、泣きもわめきもせず、ただ前を向いて棺を見つめていた。表情すらなくした、生気のない目で。 俺の姿をかつてのグリフィンドールの仲間たちが見つけて、声をかけてきた。隣にいるジョージにもお悔やみの言葉をかける。でも、ジョージは何の反応も示さなかった。親戚とおぼしき人たちが来てもそうだった。何も見えてない、何も聞こえてない。そんなふうだった。すぐそばにずっと付き添っている俺に対してもそうだった。まるで自分と、あの棺以外この世に存在しないかのように。 少しでもあの二人を知っていた人間なら、今のこのジョージの様子を見たなら、かける言葉なんてないと誰でも思うだろう。 多分、家族でさえそうだったんだろう。 家族ならよけいに、この双子が1人になるってことがどういうことか、ジョージが失ったものが他の兄弟たちとはその質も量もまるで違うんだってことを、分かっていたんだろう。 結果、誰も、ジョージを慰める言葉を持たなかったし、ジョージも誰の言葉も聞かなかった。もちろん、俺も。 式が始まるときに、俺は仕方なく一家から離れて後ろへ行った。アンジェリーナが何か小声で話しかけてきたけど、何を言ったのか記憶がないほど、返事する気も起きないほど、俺はただ人の頭の隙間から、ジョージの後ろ姿を見つめていた。 埋葬が済んでもウィーズリー家の人たちはそこから離れがたい様子で、あとは家族だけにしてあげようという配慮から、参列者はぽつりぽつりと帰り始めた。 グリフィンドールの同窓生たちはその後どこかに集まるとかで、俺にも当然声がかかったが、俺はにべもなく断った。誰もそれ以上俺を誘おうとはしなかった。 ジョージは地面にぺたりと座り込んで、まだ泣きもせず、表情のないまま墓標を見つめていた。 俺はどうしてもその場を去りがたく、少し離れたところで悲嘆にくれる一家を見つめていた。 やがて、やっと、うずくまっていた母親もジニーも立ち上がって、帰ることになったらしかった。 だけど、ジョージはまだ座り込んだままだった。 おやじさんが何か話しかけた。チャーリーが腕を引っ張った。何の反応もない。母親が再びしゃがみこんで何か一生懸命話しかけている。それでも、ジョージは聞こえてさえいないようだった。 1人に……なりたいんじゃないだろうか。フレッドと、二人きりになりたいんじゃないだろうか。 自分でそう思って、そんな考えがなぜかひどく悲しかった。 やがて、ロンが母親に何か言った。それから俺のほうに歩いてきた。 「ありがとう、リー」 まだ涙の跡も乾いてなかったが、意外にしっかりした声でロンが言った。 「ジョージの気が済むまでいさせてあげたらって言ったんだ。でもママはジョージがどうかしちゃったんじゃないかって心配してる。自殺でもするんじゃないかって」 母親の心配も分かる。俺も心配だ。 だけど、俺は信じたい。いつも二人だったあいつらを見ていたからこそ。 あいつらほど、一卵性双生児が元々は一つの生命だったってことを体現してるような双子はいなかった。 だけど、フレッドもジョージも、決して「半分」ではなかった。二人とも、1人の、自立した、勇気ある人間だった。 ジョージは……ジョージは……きっと……。 「だから、僕が残ってここで見てるよ」 それは、俺に、帰れってことか? 確かに残ってる自体厚かましいんだけども。 「迷惑でなければ、あいつが帰るまで見届けたいんだけど」 そう申し出てみると、ロンはあっさり承諾した。 「リーがそう言ってくれるなら……。多分ジョージも、僕よりはリーのほうが頼りになると思うんだ。じゃあ、ちょっとみんなにそう言ってくるね」 ロンはまた家族のところに戻ってそう告げたようだが、今度は少し時間がかかった。心配する家族を説得しているらしかった。 それでも一家はやがてお互いに支え合うようにしながら、ゆっくりと家のほうに向かって歩き出した。 ロンはそれをかなり長い時間見送ってから、俺のところに戻ってきた。 本当なら、俺はロンを慰めて力づけてやるべきだったんだろう。だけど、俺はそういうことはただでも苦手で、それに、いつのまにか俺よりずっとたくましく大人びたロンに、俺なんかが言うべき言葉はないような気がして、黙ってジョージを見つめていた。 すっかり日が暮れてから、ようやく少しジョージが動いた。手で、墓標の前の土を何度もなでた。それからゆっくりと立ち上がって、俺たちのほうにとぼとぼと歩いてきた。 ロンがあからさまにほっとした顔をして駆け寄った。 「もう、いいの?」 妙に遠慮がちにそう聞いたが、ジョージは相変わらず聞こえているのかいないのか、返事どころかロンをちらりとも見ずに、そのまま家に向かおうとして、足許がふらついてころびそうになった。 俺は咄嗟にジョージの腕をつかんで支え、そのまま送っていった。 そのとき気付いた。遺されたジョージをなんとか支えなければと勝手に使命感を持つことで、フレッドを失った悲しみが、ほんの少しは和らいでいることに。ロンも、そうだったのかもしれない。 それから1週間後に、俺は図々しくも隠れ穴に押しかけた。ジニーが戸口に出て、ジョージはダイアゴンのアパートに戻ったと言う。 フレッドと二人、力を合わせて独立したんだ。大切な場所なんだろう。 1人にしておいて大丈夫かなと思ったが、家族が毎日誰かしら様子を見に行ってるそうだ。 「ほっといたら何も食べないから……」 そう言ってジニーは悲しそうに、ほんのちょっと口元だけで微笑んでみせた。 俺がジョージを訪ねたとき、フレッドとジョージのアパートを訪ねたとき、ドアをいくら叩いても誰も出てこなかった。もしかして、と、そっとノブを回してみたら、案の定抵抗なく扉は開いた。不用心だが、今はどうでもいいんだろう。 「リーだよ。入るぞ」 返事は期待してなかったが、一応断ってから中に入る。長い間留守にしていたそこは、一応床だけは誰かが掃除したようだが、全体に薄汚れて、生活感のないままだった。 ジョージはうつむいてダイニングに座っていた。ただ座って、何もしていないように見えた。 テーブルに椅子は2脚。ジョージの向かい側の椅子に、いくら俺でも座る気にはなれなかった。 そっと近づいてみると、テーブルの上には2本の杖が並べて置いてあって、ジョージはそれを見ていた。1週間で、すっかり頬がこけていた。 そして俺は、1週間たってもやっぱり言うべき言葉を見つけられないままだった。 「どうして……」 「え?」 杖を見つめたまま、かすれた小さな声でジョージがつぶやいた。 「どうして……フレッドだったんだろう……どうして、フレッドが…………ななけ、れば……」 どうして……。俺は答えを知らない。俺自身、七転八倒する思いでそう問い続けていたんだから。どうして。よりにもよってこの二人のうちの片方だったんだろう。 「どうして……こんな思い……するくらいなら……生まれてきたりしたんだろう」 俺は何も答えられず、涙があふれた。 「最初から、1人だったら……こんな……フレッドか、俺か、どちらか……1人で良かったのに……最初から……どうして……」 「言うなよ!」 俺は思わず、ジョージの肩をつかんだ。 「言うなよ、そんなこと。俺は、それでも俺はおまえたち二人に、フレッドとジョージに出会えてラッキーだったんだから。おまえが今生きててくれて、それで救われてるんだから」 ジョージが俺の腕に顔を押しつけた。袖に熱いものが浸みた。 声も出さず、ジョージは泣いていたんだ。 そして俺もジョージの肩を抱いて泣きながら、誓った。 双子のウィーズリーの親友と名乗れる人間は、この世に俺しか存在しえなくなった。だからフレッド、安心しろ。きっと、きっと、ジョージに笑顔を取り戻させてやるから。そのためだったら俺は何でもするから。 ジョージ、俺はやっぱりラッキーな人間だと思うよ。おまえたち二人に出会えたから。そのことを、おまえには伝えることができるから、俺は感謝できるよ。おまえも俺もこうして生きていることに。 |