The Ghost of Saving Grace
ジョージ・ウィーズリーは独り、W.W.W.の店の前に立った。 あの日から数日間のことはあまり記憶がない。 何人もの人が、家族が、友人が、親類が、言葉をかけてきたのは認識している。だが、誰が何を言ったのか、すべてどこか遠くでぼんやりと響いている音にしか聞こえなかった。視覚も聴覚も皮膚の感覚も、すべてがうまく機能していなかった。顔の筋肉を動かすことすら困難だった。何も食べず、眠りもしなかった。いや、ずっと眠っていて、夢うつつの状態だったようにも思う。 そんな中で、握りつぶされたような心臓の痛みだけが、唯一現実感を持って続いていた。なぜこの心臓が止まらないのか、なぜ息をしていられるのか、まるで分からない。 一通りすべてのことが終わったようだと認識し、「ダイアゴンに帰る」と告げた。 そこに誰がいたのかすら記憶にないが、皆が同じ目を自分に向けたのが分かった。 哀れみと、心配と。 「大丈夫だよ」 その両方に一言で答え、きしむような体を無理矢理引きずるようにしてダイアゴンの二人の城に戻ってきた。 ここに独りで戻ってきたことなどなかった。いつも二人だった。 本当にもう独りなのだ。否応もなく、店に戻ったことでその事実を認識させられる。 ジョージを二重の絶望に陥れていたのは、誰も自分の喪失を理解してはくれないということだった。たとえ兄弟でも。 どれほど濃い血のつながりのある者でも、どれほど愛した者であっても、皆が失ったのは彼らにとって他者である。だがジョージが失ったものは違う。 自分とフレッドは他の家族とは違った。普通の兄弟ではなかった。普通の双子ですらなかった。ただ双子に生まれたというだけで、自分とフレッドほど強く結ばれた兄弟はいないだろう。自分たちは特別な双子だった。一つだった。 生まれてからずっと、互いのない人生など存在しなかった。夢も、将来も、この店も、自分たち以外の他者を愛することも、自分の人生があってこそであり、その自分の人生は互いが存在してこそだった。 ジョージが失ったのは他者ではない。ただの仲の良い兄弟ではない。自分のすべての半分だった。未来であり、希望だった。 独りになった今、何の意味がある。この店にも。夢をかなえたこの店も。自分の中にもはや笑いはない。誰かを笑わせることなどできるはずもない。したいとも思わない。 それでも、他の誰にもこの店に触れさせたくなかったし、誰も分かってくれないならいっそ独りになりたかった。だから帰ってきた。 そっと、扉の鍵に触れて、それから杖を出して錠を開けた。 暗く、黴くさい店内。 “遅かったじゃないか。何してたんだよ” フレッドの声が響いた。 「バカヤロウ……」 そうつぶやくと、急に五感が甦ったように、目が熱くなった。 そのまま埃の積もった床にくずおれて、ジョージは生まれて初めて号泣した。 胃の腑から絞り出すように泣き続けるジョージの肩に、ひんやりと冷たいものがそっと触れた……。 それから5年の月日が流れた。 夜遅く、ジョージは独り、店の階上にあるアパートで、羊皮紙に何か書き込んでは消し、書き込んでは消し、悪戦苦闘を続けていた。 「まだ寝ないのか?」 「一応目途をつけないとな」 「あんまり無理すんなよ」 「べつに……」 ジョージは一度羽根ペンを置いて、羊皮紙を眺めた。バラのブーケがいろいろなものに変化する様と、さまざまな原材料や呪文が書き込まれていた。 「それでうまくいくのか?」 「昨日はここまではうまくいったんだし……大体ここはおまえのアイディアだぞ」 「あれこれ考えてるより、とりあえず明日やってみようぜ」 「明日は無理だ。時間がない」 「誰か雇えよ。それか、別のパートナーを探せよ。体もたないぜ」 「おまえの代わりが務まるパートナーなんか見つかるわけない」 「それはおまえが正しい。確かにそうだ」 ジョージは相槌を打つのもばかばかしくなって、羊皮紙を机の上に置き、背中を椅子に預けて伸びをした。 「支店の計画はどうした」 人の体を気遣っていたかと思うとこれだ。 「やめた。人手が追いつかない。こればっかりは単にビジネスができるやつならいいってもんじゃない」 ジョージは体をひねって後ろを向いた。 「だいたい、そんなに無理して事業を拡大することはない。この店も俺たち一代で終わりさ。財産を残したいような子孫もいないしな。それでいいだろ?」 「結婚すればいいじゃないか。俺に遠慮なんかすることない」 べつに遠慮しているわけじゃない。そんな気になれないだけだ。女の子も嫌がるだろうし、こんな……。いや、それは口実にしているだけなのだが。 「おまえが新居を構えるなら、俺も移動できるんだと思うぞ。おまえと奥さんの寝室にだって……」 ジョージは無造作に杖を取って一振りした。 「おわっ!!」 オレンジ色の火花が噴出し、壁に当たって焼け焦げを作り、嫌な臭いのする煙を立てた。 「何するんだ! あやうく当たるとこだったじゃないか!」 「当たったって平気なくせに」 「だったら何をしてもいいってのか!? 俺はゴーストに対する差別撤廃のために断固立ち上がるぞ!」 「バカヤロウが……」 実際、バカヤロウとしか言いようがない。5年前も……。 這うような思いでやっと店に戻ったジョージを待っていたのは、フレッドのゴーストだった。 「遅かったじゃないか」という脳天気な一言に、ジョージの中で何かが切れた。泣いて泣いて、やっと少し落ち着きを取り戻したころ、ずっと黙ってそばに付き添っていたフレッドに、「とりあえず部屋に入ろう。何もしてやれないけど」と促され、店から直接部屋にアパレイトはできないようになっているので、重い体をひきずって階段を上がった。部屋に入ると、天井から床を抜けて出てきたらしいフレッドが、心配そうな顔で待ちかまえていた。 「ひどい顔色してるぞ。茶でも飲んで落ち着けよ。淹れてやれないけど」 言われるままに自分で紅茶を淹れ、死んだ人間に心配される情けなさと、口出しするだけで本当に何もしてくれない理不尽さと、思考力も感情もついていけない事態の展開に目眩がして、ジョージはソファに体を沈めた。 熱い紅茶を一口すすって、自分の目の前でふわふわしている自分と同じ顔の半透明の物体を、ジョージは改めてまじまじと見つめた。 「おまえの諦めの悪さは知ってたけど、この世に執着するやつとは知らなかったぜ」 「せっかく感動の再会だと思ったのに、バカヤロウの次はそれか」 フレッドは不満そうな顔をした。 「第一、これは俺自身の意思じゃないぞ。おまえのせいだ」 「俺の?」 「そうさ。なんか半分生きてるような感じなんだ。体が重いっていうか」 ジョージはフレッドの体を透かして向こう側の壁や棚を見た。 「質量があるようには見えないけどな」 「ああ、それはもちろん壁を通り抜けるのに支障はないさ。だけど、学校にいたころ、ニックから根掘り葉掘り聞き出したのとは絶対違うと思う。俺の半分が生きてるせいだ」 「ふーん。ま、ビンス先生の例もかなり特殊だし、いろいろあるんだろうけど……」 「そうなんだろうな。とにかくそういうわけだ。これからもよろしく頼むぜ、相棒」 ジョージはふーっと大きく溜め息をついた。 半分生きてるみたいなやつはお気楽でいい。半分死んだみたいなのに、生きてかなきゃならない者の身にもなってみろ。 それが俺のせいだって言うならば……。 「いっそ俺も死んじゃおうか。そうすれば……」 思わず口から出た言葉は、ただの思いつきでも冗談でもなかった。そのほうが楽だとずっと思っていた。 「よせよ!」 フレッドは(もし生きていたなら血相を変えて)真剣にジョージを説得した。そんなことをしたら遺された人たちがどれほど傷つくか。ジョージが生き残ってくれたことを、自分がどれほど喜んでいるか。 残念なことに、切々と訴えるフレッドの言葉はジョージの心には響かなかった。そんなことは言われなくても理性では分かっている。そうでなければとっくに後を追っている。 それでも、フレッドから直接そう言われては、改めてジョージは覚悟を決めるしかなかったのだ。半分のまま、生きていくと。 そしてこの5年、二人は以前のように二人で何でも相談しあい、アイディアを出し合って店を続けてきた。 あのときはもう二度と、一生自分は笑うことはないだろうと思ったジョージも、フレッドがいればやはり以前のように二人で笑い合った。そういう時間があれば、他人に笑いかけることもできた。 それは思いもかけず、ジョージには確かに楽しい歳月ではあった。 が、それはかりそめのものにすぎないことを、ジョージも、そしてフレッドも分かっていた。 ゴーストは所詮は死者だ。生者とは別の世界に住む者なのだ。どんなにジョージが忙しくても、口は出しても手伝ってやることはできない。杖も振れなければ箒で飛ぶこともできない。 その悔しさ、無念さは、ジョージには本当には理解してはあげられない。それはちょうどフレッドが、生きようという意欲が半分になったまま生きるジョージの空虚さを理解してはくれないのと同じだった。 二人は互いの苛立ちを相手にぶつけて、けんかになることもよくあった。そしていつも結局は、こうしてまだけんかできることに、それでも感謝できた。 「財産を残したいわけじゃないさ」 フレッドは話を蒸し返した。 「金もどうでもいい。できることをやらずにいるのは納得できないだけだ」 フレッドの言いたいことも分からなくもない。もどかしいのだ、フレッドは。 ジョージは姿勢を元に戻して真っ暗な窓の外を見た。ずっと前、二人の同じ姿をここに映して見た夜のことを時々思い出す。 そして5年前のあのときのままのフレッドの顔を見る。 今はもう、二人の顔はどうみても双子には見えなかった。それを寂しく思っているのはむしろフレッドのほうかもしれない。 不完全な死と、中途半端な生をそれぞれで過ごしている。もう以前のように互いのことをすっかり分かり合うことはできない。まるで窓ガラスの向こうとこちらにいるようだ。姿が見え、話はできても触れることはできない。 こんな時間をあと何十年も過ごすのだろうか……。 「めんどくさい」 「そんな理由か」 「もう俺も死んじゃおっかな」 「いいかげんにしろよ、おまえ」 フレッドが少し険しい顔をした。 あれ以来、何十回となく繰り返してきた会話だった。最初の頃は必死にジョージをなだめすかし、なんとか励まそうとしてきたフレッドだったが、最近は少し反応が薄くなってきた。ただの嫌がらせだと思ってるんじゃないだろうか。 同じ問答をあと何十回、何百回繰り返すことになるのだろうか。いつかフレッドが、「それもいいな」と返す日が来ることを、ジョージは待っていた。 それまでは、このこうるさいゴーストと、奇妙なコンビを組んでいるのも悪くはない。最近のジョージはそんなふうにも思いながら、日々を過ごしている……。 |
その章を読んでから2日間、必死に、何かほんのかすかでも救いがほしいと考え続け、発作的に書いたものです。JKRのチャットでの発言を知ったのは後のことです。あれは私にとって救いにはなりませんでした。 |