Ten Years Later
その年の夏の終わりに夏風邪を引いて、そのままジョージは病みついてしまった。どこがどう悪いというわけでもないのだが、ひどく体力が衰えて回復しなかった。9月に入ってホグワーツの生徒たちの夏休みが終わると、W.W.W.の店を閉めてしばらく休養を取ることにした。心配した両親に聖マンゴ病院に連れて行かれたが、やはり特に病気も見つからず、疲労が蓄積しているのだろうということで、ゆっくり休んで栄養のあるものを食べるしかないということになった。しかしその食欲も減退する一方で、最近はほとんどベッドで横になってばかりになってしまった。 モリーはダイアゴンのアパートに泊まり込んで、何くれとなく世話を焼いていた。 「ジョージィ、ほんとに何か食べたいものはない?」 モリーはジョージの顔にかがみ込むようにして、ささやくような声できいた。自分の声さえ、ジョージの体力を削ぐと思いこんでいるかのように。 「うん。たくさん食べれないだけで、ママの作ってくれたものなら何でもおいしいよ」 ジョージの声のほうがよほど元気だった。 「こんなときに、そんな見え透いたお世辞を言わなくていいの」 モリーは少し悲しそうに、怒ったように微笑んだ。それからかがんでいた背をまっすぐにして、フレッドのほうに向き直った。 「じゃ、ちょっと買い物に行ってくるから、お願いね」 「分かったよ」 お願いされても何もできないんだけど。それでも“誰か”がいるだけで少なくとも心細くはないだろう。それが分かっているからフレッドは素直に返事をしておく。 モリーが出かけていき、ドアが閉まる音を確かめてから、フレッドはジョージのベッドのそばへ来た。 ジョージは一度目を閉じて、ほーっと息をついてから、フレッドを見て、毛布から片手を出した。 「フレッド、手、握って」 フレッドは黙って、ジョージの手を通り抜けないように、上を向けたジョージの手のひらに自分の手を重ねた。ジョージは熱があるときは、フレッドに額や手を触ってほしがった。ひんやりして気持ちいいのだそうだ。 自分が確かに生きて肉体のあったころ、ホグワーツでうっかりゴーストに遭遇したときのひんやり加減ときたら、気持ちいいという類のものではなかったという記憶なのだが、フレッドが普通のゴーストと少し違うからいいのだろうか。それとも、単に慣れてしまっただけなのだろうか。いちいち驚いて、フレッドの気持ちを傷つけたりしないために。 「時が、来たんだと思う」 「うん……」 ここを離れる時が。 「怒らないのか?」 ジョージが笑ってフレッドを見る。すっかり大人びた顔で。 「おまえは精一杯生きたよ」 その言葉に、ジョージの笑顔が少し寂しそうなものになる。 「ごめんな。おまえはつらかっただろ。やりたいこともできず、望んだわけでもないのにそんな状態で」 「何もおまえが謝ることじゃ……」 ジョージは枕の上で小さく首を振った。 「喧嘩すると俺も死ぬぞなんて脅かして。でも、生きたくなかったわけじゃなかった。未練はないけど、やりたいことはあった」 「そりゃ当然だろ。俺だってあった。おまえがいたから、代わりにやってくれた」 「自分でできないのがつらいのは分かってた。なのにやっぱり、自分からは命を絶てなかったんだ。俺がいたらおまえが自由になれないのに、10年も待たせた」 「俺は……」 フレッドは喉が詰まったように感じた。何も、ないはずなのに。 数日前の夜、ジョージが眠った後、モリーが居間で泣いていた。 「フレッド、お願いよ、まだ、まだ連れて行かないで……せめてわたしが……」 生きて、自分の息子がまた1人失われるのを見るなどというのは、耐えられないことなのだろう。だが、フレッドにもどうすることもできない。自分が連れて行こうとしているわけではない。それでも、モリーに理不尽だと抗議する気にはなれなかった。これはやはり、おそらく自分のせいなのだから。 自分がジョージに引きずられて、意思に反してこちら側に残ってしまったように、ジョージは自分に引きずられて、意図せずして向こうに行こうとしているのだ。 それは自分にとって解放の時であるのに、フレッドはその時が来てほしくはなかった。どうすることもできず、自分の片割れの生命が消えていくのを見守るしかないとは、なんという苦痛だろう。こんな思いをジョージも味わったのか。 死んだのがおまえでよかった。そんなひどい言葉を、喧嘩して激昂したジョージがフレッドにぶつけたことがあった。こんなつらい思いをしたのがおまえのほうでなくて良かったと思ってる。あてこすりにそんなことを言ったのだった。やっと今、あのときのおまえの気持ちが本当に分かるよ。だからジョージ、これでおあいこにしてくれないかな。 「俺は、もっとずっとずっとおまえが長生きして、結婚して、今のパパやママみたいに孫たちに囲まれてるような、そんな老後を迎えるのを見たかった……」 ジョージはまたふっと笑った。 「そんな老後、俺が望まなかったんだからしょうがないだろ」 「……本当に、いいのか?」 「うん」 フレッドは、重ねた手に少しだけ力を入れる。ジョージの指も動いた。 「未知の世界だ。不安がないと言えば嘘になるけど」 「大丈夫さ。俺たち二人なら、どこへ行っても」 フレッドの顔にも笑みが浮かんだ。 「そうだな。どんなとこか分からないけど、行ったらまず何をする?」 ジョージが楽しそうに聞いてくる。ホグワーツ入学前にも同じような話をした。まるでそれと同じように。 「そうだな……まずは、今度は俺たちの手でそこの『忍びの地図』を作るってのはどうだ?」 フレッドも本気で楽しくなってきた。 「無理だろ」 「なんで」 「だって、あの先輩方がもうみんなあっち行ってんだぞ? ルーピンが行ってからでも10年たってる」 「すでに作られてるか」 「だろ?」 「じゃあ、やっぱり今度もそいつをいただこう。あの人たちより俺たちのほうがよっぽどよくあれを活用したと思うね。それで、いつかハリーが来たらまた譲ってやろう」 ジョージが楽しそうにくすくす笑った。 「ただいま。何も変わったことはなかった?」 そう言いながらモリーが戻ってきた。部屋の中は、人の気配さえ感じないほど静まりかえっていた。 モリーはドアを開けて、ジョージの寝室に入った。フレッドはどこにもいなかった。 「フレッド?」 呼んでも、答えはない。 ジョージは、毛布から手を出して、目を閉じていた。その指は誰かの手を握っているような形に曲げられたまま、その顔には、彼の最後の微笑みがまだ残っていた。 |
ごめんなさい。単に2人を引き離せなかっただけです。でもゴーストのままってフレッドが可哀想な気がして…。これは2007年秋、感情にまかせて書いたもの。その後少し私も落ち着いて、もう一度ジョージをフレッドに会わせてあげたいと思う気持ちは、別の形を取ることにしました。(2009年春) |