「師、戦う!」



 ドクタケに捕われていたは組を助けにいくと、半分は土牢の割れ目に入っていったという。牢に残っていた子供達を追い立てて外に出し、半助はろ組の牢に向かった。
 ろ組の子供達は全員大人しく、壁に沿って膝を抱えて座っていた。半助が入っていくと、
「土井先生! 助けに来てくださったんですか?」
と、目に涙を浮かべて集まってきた。
 うんうん、これが普通の子供達の反応だよな、と、半助は自分のクラスの生徒でもないのに妙にじーんと感激する。
「斜堂先生も来ていらっしゃる。すぐこちらへも来られるよ」
半助がそう言うと、ろ組の生徒達はぱっと顔を輝かせた。
 以前は斜堂先生の潔癖性のおかげで授業が進まないとぼやいていたが、やはり担任と生徒の絆は強いのだなと、半助はふっと笑いがこぼれる。
 ちょうどそこに斜堂影麿呂が入ってきた。
 生徒たちはわーっと斜堂にすがりつくように取り囲んだ。斜堂も子供達に笑みを見せたが、半助は初めて見たような気がする斜堂の笑顔に頬をひきつらせた。
「あ、土井先生、乱太郎くんがこけてドクタケに見つかってしまいまして……」
「え!?」
「見張りはわたしが倒しておきましたから乱太郎くんは無事に学園に戻りましたが、見張りがいないことに気付かれてしまうでしょう。早く逃げましょう」
 半助は思わず額に手を当てた。ったくあいつときたら…
「すみません、お手数をおかけしました」
斜堂と実戦に出た経験のない半助は、一体どうやって斜堂が一人でドクタケを倒したのか非常に興味と疑問を抱きつつも、自分の生徒のヘマをわびて、斜堂の言葉に従って急いでそこから出た。
 い組の捕われていた牢に行くと、いつもは組と衝突ばかりしているい組の子供達が、しゅんと大人しくなっていた。この辺のたくましさの違いがは組のいいところだと、こんなときだというのに親ばかぶりを発揮する半助だった。
 半助と斜堂が来て、安藤がいないことにい組の子供達は少し落胆した表情だった。
「学園が大変なことになっているようなので、安藤先生たちは先に帰られたんだよ」
聞かれもしないのに半助がそう言うと、い組の生徒たちは勝ち気な瞳で、それでも得心がいったというようにうなづいた。
 斜堂と半助は、2組みの生徒達を促しては組の牢に戻ると、そこの割れ目から脱出することにした。
 中は水があちこちから染み出てぬるぬるする。足元には苔がみっしり生え、何やらあまり見かけない虫がうごめいている。蜘蛛の巣もあちこちに張っている。
 少し進むと前方から、は組の半分の生徒達の足音が聞こえてきた。一応声はひそめているらしいが、ひそひそと話し声もする。
(黙って逃げんか、黙って!)
半助の怒りのオーラが届いたか、ぞろぞろと歩くこちらの気配に気付いたか、前を行くは組の生徒達が止まってこちらの様子を伺う。
 半助と斜堂は灯りを持っていた。すぐにそれに気付くと、喜んだは組がわーっとこちらに駆け寄ろうして、足を滑らしてころころとみんなこけた。
「あーあー、まったく何やってんだ。ほら」
半助はそんな子供達に手を貸して起こしてやる。
 が、そこへドクタケの追ってがかかった。
「ここだ! ここを通って逃げたんだ!」
向こうのほうから声が聞こえる。
「急ぎましょう、土井先生」
斜堂は冷静なのか単なる無表情なのかわからない顔で言う。ぼんやりとした灯りの下での斜堂の女装というのは正直伝子さんより怖いと、半助もは組の生徒たちも思った。
「斜堂先生、われわれは灯りを持ってますから、斜堂先生は先頭を行ってください。わたしはしんがりを行きます」
 は組の子供達が不安そうに半助を見上げる。半助は「大丈夫だよ」といつもの笑顔を見せる。
 ろ組は斜堂の後をついていき、斜堂、ろ組、い組、は組、半助の順で細いその道を進んでいく。
 ほどなくして、ドクタケが近づいてきた。
 半助はそっと手に持っていた灯りを、すぐ前にいたきり丸に渡した。
「先生?」
きり丸が緊張した面持ちで半助を見上げた。
 半助の手は、すでに刀にかかっている。
「心配しなくていいよ。ドクタケだからね」
半助はまた笑顔を見せると、前の生徒たちに背を向けて刀を抜き、ドクタケの追っ手に向き直った。
「待てー! おまえらを忍術学園に帰すわけにはいかないんだ!」
そう叫んだ曇鬼だが、
「あーっ、ストップ!」
半助に言われて思わず素直に立ち止まる。
 半助は一歩曇鬼のほうに歩み寄ると、そっとかがんだ。
「いたいた、こんなところに」
「な、なんだ?」
毒気を抜かれた曇鬼が尋ねると、半助はにっこり笑って手のひらを差し出してみせた。
「ナメクジだよ。ナメ太郎だかナメ千代だか知らないが」
「な、なんでこんなときにナメクジなんか拾ってんだーっ!」
「喜三太と約束したんだよ。生徒との約束は守らなくちゃね」
「おれたちをバカにしてんのかー!」
曇鬼が刀を振りかざしてかかってきたが、半助はあっさりかわすとその背中に峰打ちを入れた。
 その間に斜堂は心配そうな子供達を促して先へ進ませる。
 半助も、ドクタケをかわし、ナメクジを拾いながらすこしずつ後ろへ下がる。相手は半助にしてみればたいしたことはないが、足場が悪いのと、狭くて刀を振るいにくいのにはまいってしまう。その上ナメクジを見つけることと子供達をかばうというおまけ付きだ。
 やがて遠くに光が見えてきた。出口だろう。皆がほっとしたとき、
「痛っ!」
「どうした、三治郎!」
ドクタケを防ぎながら、半助が振り向いて聞く。
「先生! 三治郎がさっきぬかるみに草鞋を取られてしまったので裸足で歩いていたんですが、何かで足の裏を切ってしまったみたいです」
そう報告を返してきたのは庄左エ門だ。
 また一人を峰打ちで倒し、半助は急いで三治郎のところへ行った。
「しっかりつかまってろよ」
そう言うと素早く三治郎を背負い、刀をしまってもうあと二、三人しかいないドクタケの追っ手に手裏剣を構える。
 もう先頭は出口に辿り着いていた。斜堂が出口に立って、一人一人外へ導き出した。
 外へ出て、斜堂の顔を見上げた怪士丸が何かに気付いた。
 い組の生徒達が出、は組も一度外へ出たが、
「おい、土井先生と三治郎を助けに行こうぜ!」
団蔵の提案に、すぐに庄左エ門、虎若、きり丸もまた穴の中へ入っていこうとする。
「まあまあ待ちなさい。君たちはここにいなさい」
斜堂はそう言っては組の4人をなだめると、自分が中へ入っていく。
「斜堂先生で大丈夫なのかな」
虎若が失礼な疑問を口にする。
「君たちはキレた斜堂先生を知らないだろう」
「うわ! 何それ」
いつの間にかそばに来ていた怪士丸に、虎若がびっくりして聞いた。
「あんなぬるぬるして汚いところを、あの斜堂先生がずっと大人しく歩いてきたんだよ。もうキレる限界過ぎてるよ」
そういえばそうだが、と、は組の4人は中を伺う。キレたらどうなるんだろう……。

 その時半助は、また1匹ナメクジを見つけて拾おうとした。だがぬかるみで足を滑らし、背負った三治郎の重みでバランスを崩して膝をついてしまった。
 そこへ最後の二人となったドクタケが、二人がかりで斬り掛かってきた。
(やばい!)
自分はともかく三治郎が!
 半助はその瞬間、
「きえー!!」
ものすごい気合いを聞いたかと思うと、頭の上を手裏剣が飛んで行くのを感じた。
顔を上げると、ドクタケが二人倒れていた。
 半助は立ち上がって、逆光に浮かび上がった影子さんの姿を見た。一瞬、このまま来た道を逆走しようかと思ったが、そういうわけにもいくまいと外へ出て、斜堂に礼を述べた。
「さ、こんなばっちいところはさっさと離れましょう」
「そ、そうですね」
ばっちくなくても急いだほうがいいが、と思いながら、半助は斜堂を見直していた。
 ろ組の子供達は斜堂を頼もしげに見上げ、は組もい組も、なるほどという顔で斜堂を見ていた。
 半助は、斜堂影摩呂が忍術学園で教師をしている理由が初めて分かったような気がして、自分はまだまだ修業が足りないと思うのだった。