『野外授業にて』


「ったく、ほんとに、お前たちときたら…」
伝蔵のだみ声が、洞窟に反響する。
本人は、あたりをはばかり、押さえ気味のつもりなのだが、
元来の大声が、叱責口調に、つい出てしまう。
「庄左エ門、団蔵、虎若、三治郎、兵太夫、喜三太いるな。それから、金吾に伊助。乱太郎、きり丸、しんべヱも」
「はあ〜い」
最後尾のしんべヱが、手を上げる。
その緊張感の無さに、どっと疲れを覚えながらも、伝蔵は、気を取りなおして[は]組を引率する。
「せんせ〜い、なんだか、ぬるぬるしますう」
「それに、狭いですう」
「切り通しの通路なんだから、仕方ない。前を見て、気をつけて、進みなさい」
「わあっ、転んじゃう」
「ばか、やめろ」
「あ、なめくじさんだあ♪」
「押すなってば」
背中ごしの遠足のような賑やかさに、伝蔵は、ついに、くるりと向き直ると
「こら〜っ、お前たち、静かにせんかあっ」
一喝する。
「せんせー、先生の声、でっかい」
乱太郎が言えば、
「そおっすよ〜。ドクたまのやつらに、見つかっちゃうじゃないですかあ」
きり丸も口をとがらせる。
「あのな…」
眉間を押さえる伝蔵を、庄左エ門が気の毒そうに見ながら、うながす。
「先生、行きましょう。せっかく土井先生が、おとりになって下さってるんですから」

ここは、ドクタケ城にほど近い、山中の出城。
出城といっても、自然の作りを利用した砦だ。
切り立った岩壁を穿つ細い抜け道を、伝蔵と[は]組の生徒は進んでいる。
例によって、野外授業で訪れた[は]組を、ドクたま達が、練習と称して誘い込んだのだ。
まあ、全員漏れなく誘い込まれるなんて、連中だって、思いもよらなかっただろうな。
伝蔵は、ため息混じりに、肩を落とす。
[は]組は、ギュウギュウ詰めで、地下牢に押し込められていた。
心配して後を追ってきた伝蔵と半助の姿を認めて、全員が檻にとりつき、手を振る姿は壮観だった。
「せんせーい、簡単過ぎて、練習になりませーん」
山吹らしい甲高い声が、向こうから聞こえてくる。
やれやれ、と伝蔵と半助は、顔を見合わせて。
「わたしが、追手をひきつけますから、その隙に、子供たちをお願いできますか」
「うむ」
牢の前で、目と目を合わせて頷きあった矢先、こちらの方へ、かすかな足音が響いてきた。
「では」
目配せして、半助は、足音の方へ走り出した。
伝蔵は、素早くかがみ込むと、錠前に、細く曲がった開器を差し入れる。
皆の見守る中、錠前は音を立てて開いた。子供たちは、感嘆のまなざしで伝蔵を見る。
が、ここで授業をしているわけではない。
かまわず子供たちを追いたてると、伝蔵は抜け道に向かう。

半助は、足音の主、魔界之小路と睨み合っていた。
「やはり、来ましたね」
「もちろん。うちの生徒は、返してもらいますよ」
何度か切り結んでいたが、お互い決定的な一撃は与えられない。
半助は、時間を稼ぐのが目的だ。
また、魔界之小路も、それほど深くは飛び込んで来ない。
と、手の甲に、何かが、かすったような気がした。
痛みは覚えなかったが、違和感があった。
その時は、さして気にも止めなかったのだが。
そんな戦い方に、ようやく半助が疑問を抱き始めた頃。
魔界之小路が、棒手裏剣を手の内で玩びながら、何やらこちらを見つめている。
「なんなんだ?」
「ほ〜ら、どうだ?体が痺れてきていないか?」
魔界之小路が、口の端で笑む。
「なにを言ってるんだ…?」
けれど。
そう言えば、なんとなく、立っている感覚が、心もとない。
痺れて…?
先ほどの、手の傷か。薬が塗ってあったのか。
そう気づいたが、自分の腕は、もう、異質な塊になったように重い。
足元で、耳障りな金属音がした。
はっとして視線を落とすと、右手に構えていたクナイが、転がっている。
「おお、効き目が強力&スピーディー。あなたのお悩み即解決。キャッチコピーにあった通りだな」
「なんだ、と…。おまえ、まさか、これを…」
「もちろん、通販で買ったんだよ。今回は失敗しなかったようだ。も、パーフェクトだ。るんるん」
「通販かよ〜」
虚脱感に襲われつつ、どう、と倒れてしまった半助のまわりを、魔界之小路が飛び跳ねて回る。
「やったー、効いた効いた」
「おい…。わたしはゴキブリじゃないんだぞ」
無防備に横たわったまま、半助は、はしゃぎまわる魔界之小路を目で追う。
と、魔界之小路がピタリと動きを止め、かたわらへかがみこんだ。
「どうどう?ほんとに動けないの?」
サングラスをしていても、その嬉しそうな様子が隠し切れない。
魔界之小路が、その手を、つと半助のほうへ伸ばした。
思わず、半助の顔がこわばる。
次の瞬間、
「ぎゃははははははははははっ」
半助の腕をもちあげると、魔界之小路は、脇の下をくすぐった。
「やめ、やめろっ、やめてくれっ!」
息を弾ませて切れ切れに叫び声を上げる。
しかし、体は、ぐんなりとしたままだ。
「うわ〜、すっごい。これ、追加注文しとこっと」
そんな半助におかまいなく、魔界之小路は、感嘆をもらす。
「あ、そうだ、これは、どう?」
今度は、半助のほっぺたを遠慮なくつまんで、両手でのばす。
「いへへへへっ!やめれっやめれっ。顔が崩れるっ。全国の土井ファンに、申し訳がたたんだろーが!」
「麻痺はしても、触覚は残ってるんだな。弛緩系だなー」
ドクメモを取りだし、冷静に記入する。
「で、そろそろ、お口もまわらなくなってくるんじゃないかな?」
「うるさいっ。覚えとけよ、魔界之小路」
「ん〜、まだ、元気だね〜。説明書を持ってくればよかったなあ」
「口まで封じたら、何も聞けないからだろ」
「あ、そっか。そうだね。今なら、なんでも聞けちゃうね」
魔界之小路は、がばっと半助に馬乗りになった。
「うわ〜、よけいなこと言っちゃたよ〜!」
「さあっ、質問です。おまえの苦手なものを答えてもらおうか」 /// 「ぎゃはははははははははっ、ピーマンですっ、うへへへへへへっ」
「嘘を言うな、あんたの苦手なものは、練りモノのはずだ!」
「知ってるんなら、聞くなあああっ!」
「じゃあ、好きなものは」
「うわああああああっ、シューマイですうっ、にゃはははははっ」
半助は、ゼイゼイ言って、笑っている。
「おもしろ〜い。あ、そうだ、ドクたまのみんなにも、見せてあげちゃおうっと」
語尾にハートマークをつけて、半助の周りをスキップで三度めぐると、
魔界之小路は、鼻歌を歌いながら奥へと消えた。
「あの袴が、似合う性格だな…」
やはり通販で手に入れたであろう、強烈な印象を与える魔界之小路の袴を見送ると、
半助は、地べたに頬をつけたまま、ぼやく。

突然響いてきた、けたたましい笑い声に、一同はぎょっとして、立ちすくんだ。
「せ、せんせい〜!」
「あれ、なんですか〜!」
「ボ、ボク、こわい〜!」
しんべヱが、袂に取りつく。
声は、止むことなく、細い通路にこもって、幾重にもこだまし響き渡る。
「しっ。動ずるな。落着け」
子供たちをたしなめると、
伝蔵も、緊張した面持ちで、じっと耳を澄ませていたが、やがて、声の主がわかったらしい。
なんとも言えない表情で、うなずいた。
「体をはって、お前達を守ってくれておるのじゃ」
「あれ、土井先生なんっすかー!」
きり丸が素っ頓狂な声をあげる。
「オレ、あんなの、授業で習ったっけー?あれって、何の術なの〜?なあ、おい」
「ええええっ、ボクも、知らないよ」
しんべヱは、両手を前に突き出し、慌てて首を振る。
「あ、わかった、あれじゃない、相手を驚かす、あれ…驚忍の術!」
と、のんきに解説する乱太郎。
「あのなあ、そこの三人…。…とにかく、逃げるぞ」
再び、頭痛に襲われながら、伝蔵が急き立てる。
「入り口が見えたら、わしは引き返す。お前達は、先に学園に戻っていなさい。
 よいか、帰り道は、二手に分かれて帰ること。先頭の者は罠に注意しなさい。
 後の者は、追手に気を配るのじゃぞ」
細々と注意を与えると、伝蔵は、足を早める。

子供たちを無事脱出させると、伝蔵は、すぐに、先ほどの場所へと踵を返した。
まあ、あやつなら、心配ないとは思うが…。
ひとりごちたところで、地面に張りついている半助を見つけ、駆け寄った。
「おお、大丈夫か」
伝蔵は、片膝をつく。
「怪我を、しておるのか」
しかし、様子がおかしい。
「山田先生、」
目だけをあげて、半助が照れる。
「痺れ薬で、やられちゃいまして…」
「なんと。笑い薬かと」
「くすぐられまして…」
「ふ〜ん」
伝蔵は、興味深げに半助を眺めると、半助の手を取り持ち上げる。
「わああああっ」
「慌てるな、くすぐりはせんわい」
手を離す。
びたん、と、そのままの形で落ちた手が、地面を打つ。
「なるほど。すごいもんだ」
「強力&スピーディーですから」
「なんじゃ、それは」
「あなたのハートもゲッチューって感じです」
「くだらんことを言っとらんと、はやくこれを呑め」
腰の結び目から、手品のように丸薬を取り出すと、半助の口に放り込む。
「毒消しじゃ。半時ほどで、少しはマシになろう」
「半時も待ってられません。魔界之小路が、ドクたまとここへ戻ってきますから」
「ふ〜ん」
伝蔵が、また、興味深げに半助を見る。
「…やめてくださいよ」
「わしは、なにも、言っとらんぞ」
「…言わなくても、わかります」
「ふ〜ん」
今度は、少々不満げに言って。
「しかたない。一緒に帰るか」
「お願いしますー」
半助は泣き笑いだ。
伝蔵が、よっこらしょ、と半助を抱き起こす。
そのまま自分の身に被せて、下から支え、どうにかおんぶの形にする。
「見かけより、重いな、あんた」
「す、すいません」
「この、手がぶらぶらしてるのが気になるが…」
不平を並べるわりには、落着いた身のこなしで、先ほどの抜け道に飛び込み、
半助の身幅までも十分に計りながら、狭い岩の間を軽々と抜けて行く。
湿った岩肌の切り通しが尽きると、まばゆい青空が頭上に広がった。

「忍者に負ぶわれて走るなんて、初めてです」
「見捨てるわけにも、行くまいが」
「すいません〜」
「ただし、これが、最初で最後だぞ」
「今度は、私が負ぶいますから〜」
「要らぬ世話じゃ」
二人の声が、重なり合いながら、子供たちの後を追って、小さく消えて行く。




fin.

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