「だからつまりここで……」
「こっちの道は……」 ある日の昼休み、職員室でのこと、野村雄三と土井半助が地図を見ながらあれこれと相談をしていた。近づく学園の行事(と言おうか修行と言おうか、要するに授業の一貫なのだが)の打ち合わせに余念がない。 と、そこへ、 「野村先生、午後の授業で準備するものはありますか?」 御用聞きに来たのは三郎次と久作だ。 「うむ、昨日と同じように準備しておいてくれ」 「はい」 きちんと礼をして出ていこうとする三郎次と久作に、半助は目を細めた。 「しっかりしていて礼儀正しいですね、野村先生のクラスの生徒は」 「なに、1年生と比べるからそう見えるのでしょう」 そう謙遜したが、雄三もほめられてまんざらでもない顔をし、三郎次と久作は得意そうに胸を張った。そりゃあ、アホの1年は組なんかとは違いますよ。内心そう言いたいが、さすがに教師の前でそれを言うほど礼儀知らずではない。 そこへ、折悪しくよりにもよって例の三人組がバタバタと駆け込んできた。 「土井せんせ〜! くの一教室の連中ったらひどいんですよぉ〜!」 「池に落とされた〜!」 「また変なもん食わされた〜!」 半助は、一瞬こめかみに手を当てて暗い顔をしたが、すぐに乱・きり・しんの三人を迎え入れて話を聞いてやったり、しんべヱの涙や鼻水を拭いてやったりした。 そんな様子を、戻りそびれた二年生は勝ち誇ったように見下し、雄三はあきれたような感心したような妙な表情で見ていた。 「大変ですなあ、土井先生は」 同情のこもった雄三の言葉に勢いづいて、三郎次と久作もつい、 「まったく1年は組ときたら1年生以前の問題ですもんね」 「土井先生も貧乏くじですよね」 などといつもの憎まれ口が出てしまった。 それに敏感に反応したのは半助ではなく、乱・きり・しんのほうだった。 「1年生以前とはどういうことだよ!」と乱太郎。 「土井先生が貧乏くじって、おれが貧乏だって言いたいのかよ!」ときり丸。 「貧乏くじってなめくじの仲間なの?」としんべヱ。 「こらこら。おまえたち。いい加減にしなさい。野村先生の前で恥ずかしい」 二年生にくってかかっていったくせに、どんどん論点がずれていく三人組に苦笑して、半助が止めに入った。 「いやいや、生徒たちに慕われて教師冥利に尽きるってものじゃありませんか。羨ましいぐらいですよ」 雄三が半ば社交辞令で、半ば心からそう言うと、三郎次と久作が突然ムキになって我先にと口を開いた。 「僕たちだって野村先生が大好きですよ!」 「それに心から尊敬しています!」 「野村先生は武芸十八般だし」 「すごく強いのにスマートだし」 「教え方も上手だし」 「僕たちも先生のような忍者になりたいと思ってるんです!」 そんなことを聞いては1年は組の三人組も黙ってはいられない。 「土井先生だってすごいんだぞー」 「尊敬してますって!」 「家事十八般だし」 「商売も上手だし」 「先生のような立派な主夫になりたいと……」 「やめんか、おまえら!」 フォローにも自慢にもなっていない三人組の応援に、半助はかえって顔を赤くして怒鳴った。 三郎次もあきれて、横目で見下すように 「ここをどこだと思ってるんだ。花嫁学校じゃないんだぞ。忍者の学校だぞ」 と言った。 「だけど、野村先生は実技の先生だし、土井先生は教科の先生だもの。同列に比べるのがおかしいよ」 乱太郎が案外にも筋の通った反論をした。 「土井先生は実技苦手なんだよね」 しんべヱが悪気なく言った。 「ほお」 それを聞いて雄三のメガネの奥の目がカチリと光った。 「土井先生は実技が苦手ですか」 「いや〜、野村先生や山田先生のようなわけにはいきませんよ」 半助は人の好さそうな笑顔を浮かべて頭をかいた。 「そうですか」 何か含みを残した雄三の言い方に、乱・きり・しんは気づかなかったが、三郎次はさすがにちらりと引っ掛かるものを感じた。 だが雄三はすぐに、 「さあ、授業が始まるだろう。もう行きなさい」 と忍たまたちを促した。 生徒たちが不承不承ぞろぞろと出ていくと、雄三は半助に向かって探るように言った。 「以前、土井先生が戸部先生に剣術の稽古をつけていただいてるところをかい間見ましてね」 「そ、それはお見苦しいところを……。野村先生も人が悪いなあ」 そう言って半助はやはり恥ずかしそうに頭をかくだけだった。 そんな半助に雄三はなおも突っ込んだ。 「見苦しいなどと、とんでもない。ぜひ一度わたしもお手合わせ願いたいですな」 「勘弁してくださいよ」 半助は苦笑しつつ眉を下げる。 「そうそう、生徒たちの前で試技というのもいいかもしれませんな」 「野村先生〜」 「何か、生徒たちの前では『実技の苦手な土井先生』でいなければならない事情でも?」 雄三は冗談めかして笑顔で言ったが、切れ長のその目は笑っていなかった。そんな雄三に、半助はにこっと笑って悪びれもせず言った。 「苦手なんですよ、本当に」 雄三は、やれやれ、というようにちょっと肩をすくめてみせ、それから 「そうですか。では、授業があるので失礼しますよ」 と言って席を立った。 残された半助は、小さく吐息をついて、地図へと目を落とした。 |
タイトル:「傾城屋」やえやえ様
「WINDYCAL CLUB」の風音都様に相互リンク記念にさしあげたものです。 リクエストをしていただきましたところ、土井先生と野村先生が仲良くしてるところに乱ちゃんたちと三郎次が来て、その後なぜか先生たちの応援合戦に、というものだったんですが、 はっ、仲いいっていうか、これじゃただのお仕事!(笑) むしろ仲良しは(?)乱ちゃんたちが去った後か! なんだかリクに応えたのか応えてないのかよく分からないことになってしまいましたが(す、すみませ〜ん) 送りつけさせていただきました。 こっちはあんなナイスな小説をいただいておきながら、いいのか、自分!? |