天台宗で泰叡山瀧泉寺といいます。
大同3年(808)慈覚大師が開創したといわれています。
徳川3代将軍家光が堂塔伽藍を造営し、
それ以来幕府の保護があつく、江戸近郊における
もっとも有名な参拝行楽の場所となって明治まで
繁栄をきわめました。
境内は台地の突端にあり、水が湧き老樹が茂り
独鈷の滝や庭の池が美しく、庶民の信仰と
いこいの場所でした。
壮麗をきわめた古い建物は戦災で大半が焼失しましたが
本堂、仁王門、書院、鐘楼などの再建が着々と進められ
「前不動堂」(都指定文化財)「勢至堂」(区指定文化財)は
江戸時代の仏堂建築としての面影を残しています。
また、境内には「銅造役の行者倚像」「銅造大日如来座像」
(区指定文化財)があります。裏山一帯は縄文時代から弥生時代までの
遺跡として知られ墓地には青木昆陽の墓(国の史跡)があります。
阿弥陀堂
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