正式名称は「国立大学法人東京大学大学院理学系研究科附属植物園日光分園」というそうですが通称「日光植物園」 と呼ばれています。ちなみに本園は東京都文京区の「小石川植物園」です。日光市花石町の葛飾区林間学校を国道に出て向こう側に渡った所にあります
高山植物や寒冷地の植物の研究と教育を主な目的として、明治35年に東照宮付近に開設され、その後現在地へ移転しました。自然の谷山を利用しているので遊歩道も高低差があり、大きな池や川、谷があって楽しく散策できます。
旧田母沢御用邸の一部や近接地が加えられて、現在の面積31,717坪になりました。日本の高山ならびに温帯から亜寒帯に生育する種類、およびそれらに関係の深い外国の種類が集められています。小さな草花一つ一つにネームプレートが付けられています。
大正天皇は毎年のように、隣接した田母沢の御用邸に暑を避けられ、好んで当園を散歩されました。それを記念して、特に好んで立たれた丘のあたり一帯をひらき、昭和2年10月に大正天皇御由緒地の碑が建てられました。この碑のすぐ近くの大きなクリの木は、大正天皇の「御帽子掛の栗の木」とよばれています。この碑の後ろには、大正天皇が植物園の散歩について詠まれたと思われる漢詩も刻まれています。
日光市内を流れる大谷川が植物園の所で急流となり含満ヶ淵と呼ばれています。2000年に500mほど先に対岸に渡れる吊り橋「大日橋」が開通し、花石町方面から回遊できるようになりました。対岸の慈雲寺から川の展望所に出ると数十体の地蔵が並んでいて、化け地蔵と呼ばれています。