第33回
外野談義

 とある電気街のとあるファーストフード店に私はいた。連日の残業で、体は疲労困憊、懐は寒い。そんな私が電気街にいた。遊びで来たわけではない。れっきとした仕事である。客のボードとうちのボードをつなぐ冶具を作成するための部品を買出しに来たのである。我が社は都合のいいことに、秋葉原に営業所があるので、このような芸当が簡単にできてしまうのである。ちなみに、買出しに来たはいいが、1軒目でアッサリ目的のブツを発見し(総経費は300円弱)、ちょっと小腹がすいてきたので、くだんのファーストフードに行った次第である。

 とりあえず、FィレオフィッシュとMックシェイクを注文し、席に着く。幸い、禁煙席が空いていたので座る。最近、体力が無くなったせいか、喫煙席がしんどくてかなわない。席の確保が終了したので、今後は会社のメールを見る。まあまあ、急ぎのメールはないようである。すぐさま閉じて飯の時間とする。

 Fィレオフィッシュの最後の一口を運んだ時のことである。

 「そら蓑田か福本やろー!」

 背後から男の声が聞こえた。かなり意気込んでいる声である。声自体は大きいものではなかったが、通る声であったのと、私の真後ろで話していたこともあり、私は声の方向へ首を向けていた。無論、話の内容が野球ネタであることも興味を惹く要因の1つであることは間違いない。

   振り返ると、歳の頃なら30なかばの男である。髪の毛が長く、まゆげが濃い。相対的にはっきりした顔立ちの男である。この某電気街に似つかわしい風貌である。唯一、スーツを着ているところがフツーの人の部分を垣間見ることのできる手がかりであったが、それにしても一般人には見えない。関西弁であるところと、出てきた人名が「蓑田」と「福本」であることから、西宮近辺在住の方であると想像する。

 「いや、イチローか本西でしょう」

 今度は20代の若手である。対照的におもいっきり髪の毛が薄い。ナチュラルに毛が少ないようである。彼は電気街に似つかわしくない、今時の若者のような格好をしているが、横にある"animate"の紙袋より、やはり彼もこの街に来るべくして来た男であるのは間違いない。仲良くなれそうである。顔は少しふっくらしており、背格好はどちらかというと低めである。一見すると関東弁にも聞こえるが、イントネーションが微妙に関西チックであることと、出てきた人名が「イチロー」と「本西」であることから、神戸近辺在住の方であると想像する。

 「福本なんか、世界の盗塁王やで。守備力も抜群やん。で、西宮やしな。」

 自信が確信に変わる瞬間である。日常会話で、野球の話以外に「とうるい」と言う単語を使うのは、おそらく「糖類」だけであろう。現在、彼らが話している内容は、明らかに糖類の話ではない。野球の話である。それにしても、マニアックな会話である。蓑田&福本とイチロー&本西を対峙させて何を語っているのであろうか。興味津々な私である。全員現在は日本で現役ではないところも大いに興味を惹く。まあ、この店内に興味津々なのは私だけであることは言うまでもないが。

 「阪急ファンならご存知でしょう、本西の守備範囲の広さを。守備は足だけと違いますよ。」

 彼は長髪のことを「阪急ファン」と言った。これで間違いなかろう。阪急vsオリックスのファン対決で、誰が守備がうまいか、の言い争いをしているようである。こんな電気街で、このような話が聞けるとは思わなかった。525円(税込)のショバ代の価値は充分である。

 だが、その満足感も不安に変わる。早く会社に戻りたいがために、すでに食べ終えていたことである。何もテーブル上に残っていないと、途端に店員の目が冷たくなる。時間的にも店が混み始める時間で、何も食べてない私が長居しづらい雰囲気になってしまった。さあ困った。この場はあまりにおもしろすぎて離れたくない。が、現状ではいつ「帰れ」言われるかわからない。とりあえず、シェイクがまだあるフリをしてその場を取り繕うと、店員が離れていった。よし、これでしばらくは粘れる。

 「ウイリアムスとの外野3人はすごかってんで。」

 阪急ファンの逆襲である。こんなところでウイリアムスの名前を聞けるとは。ただただ、この長髪に感動である。いよいよ、この言い争いが私一人のために用意された気がしてしょうがないので、是が非でも動きたくなくなってしまった。

 阪急ファン、オリックスファンではわかりにくいので、前者(長髪、まゆげ)を山沖、後者(ハゲ、太っちょ)を門田ということにしよう。後者はちと苦しいが、カンベンしてほしい。見た目はどっちも的を射ていると思っていただいて間違いない。

 ここまで聞いて、勝負は五分五分のようである。お互い、決定打がない。山沖は、ウイリアムスを出してきたところで、かなり私的にがんばってほしいが、現在登場している5人のうち、私が一番よくわかっていない人物である。たしか、マルカーノか誰かと一緒に活躍しとったなー、という印象ぐらいである。

 「それやったら、こっちには田口とで3人でどうです?」

 門田が返してきた。見事な決定打である。イチロー、本西、田口の外野は確かに強力である。しかし、蓑田、福本、ウイリアムスの外野陣とでは、どちらがいいのであろうか。RUQS野球部でも小一時間論議ができそうな議題である。果たして、電気街におる兄ちゃんにどれだけのネタが出てくるだろうか。

 「うーん、確かに強力やなぁ。」

山沖が押されている。田口も日本で現役ではないので、現在のオリックスを語るにはしんどいかもしれない。それ以前に、オリックスが最下位だったのだから、もうどうにもならないのは押して知るべしである。ここで変に五島とか出してもねぇ。

 「あっ、あれは?熊野。」

 なんと、田口の対抗馬に熊野輝光が出てきた。山沖の巻き返しが始まる。

 「いちおう、新人王取ってんで。横田のライバルや。」

 横田は新人王の時のライバルで、ずーっと張り合っていたわけではあるまい。それより、熊野ってどうやろ?晩年、巨人におったよなー。誰とのトレードやったっけ?

 ここまで聞いて、この勝負、門田の勝ちになる気がしてきた。山沖が段々苦しくなってきているし、熊野で天下を取ろうとしている男である。これ以上は、長居はできまい、と判断して席を立ったその時である。

 「じゃあ南牟礼は?」

 …!南牟礼まで出てきてしまった。山沖、必死である。蓑田、福本、ウイリアムス、で、熊野、南牟礼である。段々格下になっている気がするが、個人的には俄然面白くなってきた。このまま話しを聞くと、勝負云々より、ネタとして面白そうなのは、流れが証明している。しかし、南牟礼って阪急とオリックスとどっちが在籍長いんや?結構微妙やと思うのは私だけだろうか。

 「センターやってたヤツですか?確かに…」

 おいおい門田、納得してどうする?ウイリアムスでノーコメントで南牟礼には飛びつくんかい!あんたの基準がようわからん!

 と、ここまで聞いて私はふと思った。彼らが阪急vsオリックスの談義をしているのはわかるのだが、議題は一体何であるのだろうか。熊野は失念してしまったが、今までの登場人物と、会話の流れから言って、外野手に関することなのだろうか。南牟礼がセンターでスタメンだった事実も私は今初めて知ったと言うのに…。

 「お、そうやろ?南牟礼だよ、やっぱり」
 「じゃあ石嶺でもいいんちゃいます?」

 門田ー!あんた、勝ちたくないのかー!そんなことだから今年最下位になるんや!

 「でもやっぱり蓑田と福本やろ」
 「その2人はまあ認めますけど、イチロー、本西も負けてませんて」

 まずい、面白くなってきた。何がまずいかって、私は南牟礼登場時に席を立っていることである。これで座り直したら、かなりおかしいことになる。幸い、荷物はまだ席上に置いてあるので、トイレなりごまかしは効くのであるが、トイレは30秒ほど前に、近くに座っていたヤツが入っているのを見かけている。トイレは使えない。そうなると、残る手段は1つである。「おかわり」。これしかない。しかし、セットを平らげた私には、あまり腹に余裕はない。飲み物だけにしようと思うが、ここのコーヒーはうまくないのは誰しも知っていることである。仕方がないので、長持ちしそうなシェイクにしておこう。まさか、ここでシェイク2杯とは思わなかったが、あの席の場所代が220円だとすれば安いものである。

 急いで買って席に戻る。まだ談義は執り行われているようである。一安心して席に座る。

 「……藤井は両方いたからなぁ。オリックスのイメージが強いからアカンか。」

 なんと山沖、まだ悪あがきをしていたのか。藤井を持ち出す始末。でも、ダメ元で言っているのが、言葉の端々から伝わってくるようである。ごく最近引退した選手であるから、オリックス時代はすべて経験しているわけである。当然と言えば当然である。

 「谷がいますよー。柔のダンナ」

 門田はついに谷を持ち出した。彼は足が速いし、まあそれなりに守備範囲も広い。これで完全に門田に凱歌が上がるであろう。

 「うーん……」

 山沖は考え込んでしまった。どうやら切り返すカードがないらしい。阪急ファンにしては、あまりカードを所持していなかったようである。これを読んでいる諸君なら、阪急+野球ネタで即座に「切通猛」の名を期待したと思うが、ついにその名は出てこなかった。残念である。関西人なのに、「野球狂のネタ」は見ていないのであろうか。それとも、私のように現在は関東に住んでいるから見られないのであろうか。どちらにしよ、出てこなかった事実は重く受け止めなければいけない。ますだおかだにはもっと頑張ってもらおう。

 さて、談義も終わったようである。延滞金の220円(税抜)は少々割高だったが、楽しませてもらったよ。会社に戻るとするか。とりあえず目の前のこのシェイクを開けなければ…。しばらくの沈黙の後、突然山沖が切り出す。

 「あっ、あれは?あのー、ほら、おったやん!」

 全然わからん。「おったやん!」て言われても、そら1試合に3人は外野がおったやろ。

 「何ですか、悪あがきはみっともないですよ。」

 門田がいいことを言った。まさにその通りである。切通が出てこない奴にこの勝負、勝てないのは目に見えている。

 「いや、おんねんて。ここまで出てんねん」
 「どこ守ってた人ですか?」
 「あのなー、外野やねん」
 「それはわかってますよ!何か他に特徴はないんですか?」
 「阪急におった」
 「どつきますよ!」
 「レフトかライトや。あの西スタのフェンスよじ登って…」

 懸命な諸君ならばもうおわかりであろう。そう、我らが山森である。が、この2人、名前が出てこないようである。それがそばで聞いている私が歯がゆくてしょうがない。ホンマのファンなんか、全く疑わしい。これなら、我々がGS神戸でダベってる方がよっぽど有意義(?)というものではないか。

 納得いかない延滞金であった。所詮、電気街での出来事である。そうディープな野球ネタになるはずもない。期待した私が悪かったのだろう。2杯目のシェイクもなんとなく後味が悪い。

 そうこうしているうちに、門田の友達がやってきた。開口一番、山沖が問う。

 「西スタのフェンス登ったの誰やったっけ?」

 ……。すごい聞き方である。ツッコミどころ満載。会って開口一番でこのセリフを言っていること。「フェンス登ったの」という聞き方。これでこの彼がわかるわけないではないか。しかし!である。

 「山さん、また忘れたんですか?山森ですよ。山森雅文。」

 …まいった。もう完敗である。どうやら、山沖(山さんと呼ばれているが)は、これを話題にするのは初めてではないらしい。「また忘れた」というところから間違いないであろう。阪急ファンなら尚更、覚えておかなければいけない人である。

 「俺、この人の野球チップスのカード、持ってましたよ。」

 さらに私に追い討ちをかけるこの男。あまりに特徴がないので、ニックネームがつけにくいが、差し障りのないところで 飯塚としておこう。阪急の選手、あまり知らないのだ。

 「ところで、何でそんな話になっているんですか?」

 まともな質問である。おもいっきり、的を射ている。通常の会話ではないからだ。なにしろ、仕事が溜まってるから会社に戻ろうとする奴を、シェイクおかわりさせてまで聞かせるネタであるから。

 「いやな、外野の守備って誰がうまいか協議しとったんや。」

 ここへきて、ようやくこのネタの題目が私に理解できた。といっても、大方予想通りであったのでさして驚くことではないが。場所柄、似つかわしくない会話であるのは事実であるが。

 「いや、ここに来る途中、イチローがゲームキューブの宣伝してるポスターを見かけましてねー。それでこんな話になったんですよ。」

 私の心を察したかのような、門田の見事な解説である。経緯がかなり適当なのが、RUQS臭漂う連中である。

 「おまえ、どう思う?やっぱ蓑田か福本やろ?」
 「いや、やっぱイチローでしょう。それか本西。」
 「うーん、そうですねー……」

 ここは、一番野球に詳しそうな飯塚の答えを期待しよう。現在まで、蓑田、福本、ウイリアムス、熊野、南牟礼、藤井、石嶺、イチロー、本西、田口、谷(おまけで横田)。もうこれ以上の良レスはないであろう。彼の選択肢の中から、何がでてくるか楽しみである。

 「やっぱり、羽生田じゃないですか?」

 「そうかー!」
 「そやなー。」

   山沖、門田。この2名は、後から出てきた飯塚の一言でそれまでの論議を根底から否定する相槌をうった。これにより、飯塚の逆転サヨナラタイムリーで試合終了である。なかなか見ごたえのある勝負やった。余は満足である。ってそれでいいんか、山沖、門田!だいたい阪急でもオリックスでもないやん!チームに固執してたんちゃうんか!まったく節操のない。

 「あとは平野か秋山ですかね。」

 飯塚は西武ファンのようである。飯塚改め、田辺と呼ぶことにしょう。

 「北村とかもおるがな」
 「栗山は?」
 「屋敷は?」
 「緒方もいますよ」
 「どっちの緒方ですか?」
 「こういちの方」
 「いや、だから…」

 私は席を立った。これ以上の長居は無意味と判断したからだ。ファンなら、ファンらしく、もっと堂々と自分の引き出しで勝負してほしかった。残念である。勝手に阪急ファン、オリックスファン、西武ファンに仕立て上げただけなので、私の思い過ごしであることを祈るばかりである。

 注意:この物語は、ところどころフィクションです(そらこんな会話、逐一メモってられんわ!)


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