第35回
バトルイニシアチブ

 今回の登場人物紹介

  • 私(25歳)
  • 直属の先輩(37歳)
  • 別担当の先輩(27歳)
  • 別担当の同僚(24歳)

 仕事でうちの会社の技術がほぼ全員、サプライヤ(新宿)のところで研修をうけた。当然、終わった後は飲み会になるのだが、そこは酒の飲めない私と、人間のできているうちの社員。飲めなくても飲まされることなく、和気藹々と進んでいく。店が看板になり、2次会に行く者、歌舞伎町に行く者、そして帰る者。私は車で来ていることもあり、帰らせてもらうことにした。

 何人か帰る組をのせて家路を急ぐ時のことである。ふと私と先輩とで、芸能の話で盛り上がった。それは、私の車に1970年代後半の音楽がやたらあることから端を発したものであった。

 「五十嵐浩晃って知ってる?」

 知らないはずが無い。即座に「ペガサスの朝」を歌う私。喜ぶ先輩。次に

 「村下孝蔵は知ってる?」

 知らないわけが無い。素早く「初恋」を歌う私。喜ぶ先輩。2人で盛り上がってしまったのだが、残る乗客がちっともおもしろくない顔をしている(当然だが)。古い芸能ネタは嵌るか嵌らないかでリアクションが大きく違う諸刃の剣である。ここは話を変えることにする。

 「小さい頃、漫画は何見てました?」

 かなり無難な質問である。我ながら素晴らしい。これなら、答えを求めてそこから話を盛り上げていけばいいではないか。

 「うーん、ドラゴンボールですかね。」

 1人が答える。彼は27歳。うん、ドラゴンボールなら話がはずみそうである。いい答えである。しかし、次の一人、

 「エヴァンゲリオンとか見てましたよ。」

 エヴァは万人受けしない、賛否両論出る代表格のような漫画である。俄かに危険な香りが立ち込める。すると

 「ガイナックス…」

   ますます混乱を招く発言である。エヴァ=ガイナックスは周知の事実として、ガイナックスから話をどう展開するつもりなのか。いや、私は充分ついていけるが、後のメンツが心配でしょうがない。

 「庵野秀明の代表作だな。」

 確かにその通りだが…。もはや止めることができなさそうなので、しばらく静観することにしようか。

 「庵野秀明といえば、安野モヨコも有名だよね?」

 はぁ…。庵野→安野というつながりで安野モヨコまで話がいってしまった。ちなみに、この2人は夫婦である。結婚前から「アンノ」姓を名乗っていた2人だが、偶然かどうかは定かではない。結婚当時は「マニア婚」とかいろいろ騒がれていたのを記憶している。

 「アンノなんちゃらの前に、ガイナックスって何ですか?」

 グッドクエスチョンである。アニメ見ていても知らない人はいるであろう。ちなみに言うと、ガイナックスはエヴァのアニメ製作会社である。サンライズやら、タツノコプロやらと同系列である。知らない人は知らない。

 「知らない?『トップをねらえ!』とか『ふしぎの海のナディア』とか。」

 えらいマニアックな会話になってしまった。まさか会社のメンツで「トップをねらえ」の話がでるとは夢物語だ。ナディアはともかく、トップをねらえは厳しいネタである。

 「トリプル『のりこ』、知ってる?主人公が『タカヤノリコ』、その声優が『日高のりこ』、そんで主題歌が『酒井法子』。ほんでトリプル。」

 ここはコミケか?それにしてもすごい会話になってもうたな。

 「日高のりこって南ちゃんですか?」

   おっ、ちょっと光が見えた。「タッチ」ならもう少し一般的な話ができるやろ。先に私が「つかせのりこは?」と聞こうとしたが、口に出さんでよかった。

 「タッチか?あれはカッちゃんが死んだのがいい意味でモチベーションが上がったね。でもあだち充はすぐ人殺すねー。『H2』でもひかりのお母さんが意味も無く死んでたもんなー。」

 確かにその通りだが、人が死んで「いい意味」で モチベーションが上がるだろうか?

 「でもタッちゃんが出てきてから、三角関係もなくただの野球まんがになっちゃったね。」

 こんどは酷評。さながら先輩の漫画品評会となってしまった。どこからそんな流れになってしまったのだろう(先輩が主導権を握っているのは明白であるが)。三角関係は無かったが、色恋沙汰は勢南の西村とか、須見工の新田とか、原田くんとかいろいろあったやろ。

 「ドラゴンボールはどうですかね。」

 横ヤリが入った。これ以上タッチで引っ張れないと判断したのだろう。賢明だ。

 「なんかサイヤ人とか出てきたあたりからおかしくなったねー。みんな異様に強いし、空飛ぶし。昔は天津飯とチャオズの中華コンビしか飛べなかったのにね。」

 またしても酷評。後半、キントウンのありがたみが無くなったのは事実だが。しかし、「中華コンビ」って…。「鶴仙人の弟子」と言わないと。「中華コンビ」なら、シュウとマイがいたではないか。

 これ以降も、「フランダースの犬」を「被害妄想の強い少年の話」だとか(ほんとうに被害に遭っているのに)、「プロゴルファー猿」を「いつまで経ってもプロになれないアマゴルファー」だとか(間違ってないが)、もう褒めることをしない。挙句の果てには、「北斗の拳」を「スケールのデカい兄弟ゲンカ」とコキ下ろす(間違ってないが)。「手に負えない」とはまさにこのこと。こんなことなら芸能で話通しておけばよかったと激しく後悔。しかし、

 「『ONE PIECE』なら読んでますよ。」

 の一言で、私は完全に行く場を失った。ただの運転手である。ま、も話に加われたので満足してくれたのではなかろうか。何で私が気を使わないといけないのかは疑問だが。

 こうして、新宿→横浜の漫画品評会ツアー(仮)は幕を閉じた。横浜に到着し、各自の家 まで送る際、先輩が最後に一言。

 「楽しかったわー。今度は芸能人で話しようか?」

 いや、多分本気で楽しいのはあなただけやと思います。





 こんな話をしていたら、ついこの間の「アタック25」で最後の映像クイズに安野モヨコが!祭がおきたのは言うまでもない。


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