第37回
トリプルスリー

 今年もプロ野球のシーズンが始まった。今年はファンのことを全く考えずに金曜日にセ・パ同時開幕であった。開幕戦といえばやはり特別な思いで見ている人も多いだろうに、この日程は何なのであろうか。相変わらず、ファンをなめているとしか思えない。

 金曜日はフツーに仕事なので、まさか野球の開幕戦を観たいから、という理由で休むわけにもいかない。いや、別に休んでもいいのだが、私はだいぶ前から入っていたアポに縛られ、結局は試合終了まで全く観ることがなかった。それはそれでしょうがない。晩にはミーティングのため営業所にいたのだが、そこのアシスタント(女性)が一人休んでいて、噂によると東京ドームに行っているらしい。東京ドームに行くこと自体は羨ましいことではない(私は公式戦の巨人戦を1度も観た事無いし、観たいと思わない)が、開幕のその日に仕事を休んで野球を観に行くという行為自体は非常に羨ましい。彼女はバリバリの巨人ファンであるが、かつて山本功児のファンだったことから、ロッテの話にも理解を示してくれる、それはそれはすごい人である。ちなみに彼女の年齢は、「かつて山本功児ファンだった」という事実から推定してほしい(私も知らないが)。

 うちの会社は野球熱が非常に低い。部署的に若い人が多いからなのかもしれないが、それにしてもみんなして野球に興味なさすぎである。スポーツのことを話題に出せば、最初に口をついて出てくるのが90%サッカーである。私は静岡出身であるにもかかわらず、そんなにサッカーに興味がない。ジュビロファンを公言してはいるが、それはヤマハが地元だったから、それだけである。海外のサッカーになると途端にわからなくなる。スカパーのスポーツチャンネルでサッカーをよくやってはいるが、チャンネルをすぐ変えてしまう。それほどサッカーに興味はない(別に嫌いではない。世の中にスポーツがサッカーしかなくなったとしたら、多分観る)。基本的に、試合途中に「間」の無いスポーツが息が詰まってしまうのである。だから、好きなスポーツに、「野球」「相撲」「競馬」「麻雀」とくるのである。但し、「駅伝」などの例外もあるので注意が必要だ。

 おっと、確か野球熱の話であったのに例によって話がそれてしまった。とにかく、野球にみんな関心が無いのである。逆に野球関係の話は誰もが私のところに振ってくるので有難いと言えば有難いのかもしれないが。興味がそんなにない方々の野球の話ぐらいは、私もついていける。野球王レベルの話を求めてくる奴も中にはいるが、そうそういるものではない。会社での野球談義で、まさかジムタイルとかは出てこないだろう。この間シュルジーがどこの球場でホームランを打ったか論議になったが、これも私には別にレベルの高い話ではない。

 だから、野球の話は結構貴重なのである。たまに野球の話を振られるとうれしくてしょうがないから、べらべらと喋ってしまう。気づいたらみんな引いていた、ということがあるがまあ気にしない。だが、いいことばかりではない。「野球の延長のせいでドラマが押してビデオ録画ができなかった」という悩みを打ち明けられたりもする。しょうがないので「あれは野球が悪いんじゃない、巨人が悪いんやで」と言ってきかせる。延長ならばまだいいが、「野球のせいで伊東家の食卓が潰れた」という悩みにはどうすることもできない。「その1回分、布施博も仕事がなくなるのだから、彼も苦労するんやで」と諭すしかない。上級者になると、「うちのお父さんが長嶋信者です。どうにかして下さい」というお悩みには、さすがに加藤淳のように「フォッフォッフォッ」と笑ってごまかすわけにはいかない。「本当は杉下と南海を裏切った悪者なんやで」と言ってあげる。その言葉通り父親に伝われば幸いだが、野球を知らないと何のこっちゃわからないだろうから、まともに伝わっていないとは思われるが。

 「父親が野球好き」という例を挙げるまでもなく、年配の方々は野球が好きだ。いや、野球というより巨人が好きなのである。かつて、南海ファンの円城寺さんがいるという話をしたが、そんな人はごく稀である(ちなみにこの人はうちの会社の人ではなく、うちの会社の人の知り合いであり、面識は全く無い)。2月までの直属の上司はヤクルトファンだったが、それもレアケースである。野球=巨人の図式は世間一般同様、私の会社でも充分通用するものである。

 しかし、その中途半端さが時として災い(私の中では祭)を引き起こすのである。小手先にまずはこの言葉から。「打った瞬間にそれとわかるホームラン」。これがおかしいと思わない人は国語の成績が3以下である。この場合の「それ」は、明らかに「ホームラン」を指しており、トートロジーになっているのである。この言葉、やたらと発する人がいるが、野球の話云々の前に語学力などの細かい話をするのは面倒くさいので放っておいている。また、あまり詳しくない人から「トリプルスリーって何?」という問いを受けた際、ある人(彼は野球に詳しい)が「サードゴロ、サードライナー、サードフライを1試合で打つこと」と言ったのに対し、私が「それではトリプルサードになってしまう。本当は三振、三塁打、三邪飛だ」と言ったところ、それをまにうけてしまい、ことあるごとにウソのトリプルスリーを吹くようになってしまった。彼は最初、トリプルプレーとトリプルスリーが一緒のことを表していると思っていたようなので、どこが凄いのかわからなかったらしく、このウソトリプルスリーに甚く感動していた。しかし、個人的な快挙だということは知っていたらしく、そうなると一人でトリプルプレーなんて住友平しかいなくなる。チームでトリプルスリー(これは本当のトリプルスリー)となると、おそらく戦前ぐらいに遡らないと無理だろう。チーム打率.300がまず無理だ。話を元に戻して、このうそぶく彼があまりにおかしいので、そのまま放置しておきたかったのだが、とある年配の方が不憫に思ったのか、訂正をしに行ってしまった。ああ、もう騒ぐこともできないな、と思っていたら、「トリプルスリーは、サードは関係ない。1シーズンで3割、30本、30ホーマーを記録することだよ」と微妙に間違った答えを言ったので陰ながら祭発動。この発言をした彼は、未だにトリプルスリーがこれだと信じて疑わないのであるが、いつ訂正しに行くかかなり悩むところなので、とりあえず放置しておく。しかし間違って吹き込まれた方は災難である(後におかしいことに気付いて私のところに言いに来た)。しかし、知ったかぶる(と思しき)この先輩も、「これぞ野球の魅力!っていうプレーって何ですか?」の問いに「2枚抜き」と答えるからあなどれない。

 今年もセリーグは巨人が走るのであろう。うちの社長は巨人ファンであるから、それはそれで会社的に問題は無いが(うちの同期は社長面接で阪神ファンと公言して叩かれたらしい)。しかし、それに伴いうるさいマスコミが騒ぎ立てるのもまた事実。ロッテの優勝はありえないだろうし、今年も憂鬱な一年が始まるのである。


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