第55回
クリエイターキング

 ない。

 あなたは、その場所にあるべきものが無かった時、うろたえることなく対応することができるだろうか。ことと次第によるとは思うが、あるべきものが無かった時、人間はうろたえ、正しく対処することができにくくなるものである。

 スーパーで納豆を買った。4個100円と安かったが、まあオーソドックスなヤツだ。昨今の納豆は、必ずと言っていいほど「納豆のタレ」が同梱されている。一昔前までは、同梱されている方が珍しかったが、これもサービスの一環なのか、売上向上を目指すメーカにとっては必須事項となってしまった。ちなみに、辛子が同梱されている場合も非常に多いが、私は辛子を使わないのでこの処置は反対である。タレを使うのはほぼ間違いないから言いとして、辛子は賛否両論であろう。納豆の価格にはこの辛子の分も上乗せしているだろうから、辛子抜きのパッケージを発売してもよさそうなものである。ま、寿司のわさび抜きが安くなるかと言ったらそうではないので、この問題提起は的が外れているかもしれない。

 で、納豆のタレである。これがどこを探しても無いのだ。ターゲットが納豆だけに、どこかに貼りついていることも考えられる。「恐怖のシュウマイ」みたいに、フタに着いているかと思い探すが、やっぱり無い。タレと納豆を仕切る透明なビニールにくっついて捨ててしまったかと思ったが、やっぱり無い。明らかに最初から入っていなかったようだ。

 さて、困った。納豆のタレが無い今、代替案を考えないといけない。が、その先鋒となるべき「しょうゆ」が家には無い。いつもはあるのだが、たまたま今日に限って切らしている。近所の家に「すみません、おしょうゆ貸してもらえますか?」と訪ねても、このご時世であるからおいそれと貸してくれるとは思えない。その前にご近所さんを私は知らない。今住んでるマンションは、大家さん以外顔も知らない。この案は却下。コンビニに行けばいい、という方もいるかもしれないが、外は雨。加えて、私は重度の出不精である。こんな中、買いに行こうとも思わない。

 代替案が無いということは、何か新しいものを使って「新納豆のタレ」という融合技を創らなくてはならない。エンジニアたるもの、「無いものは創る」の精神が大事である。学生時代はメンテナンス部に籍を置いていた(置かされていた)私だ。無いものを作ることなど造作もない。ただ、見合う食材があれば、の話である。そもそも、「メンテナンス」では何かモノ創りをするニュアンスは全くないのだが、それは内緒である。遊びをクリエイトするのはナムコである。

 他に代替案は無いものか。家をひっくり返して探す。食べ物といえば何をおいても冷蔵庫だ。あけてみると…。ロクなものがないが、種類だけは豊富だ。まず目についたのはおろししょうがだ。……早速使えなさそう。しょうがは冷奴やそうめん、釜揚げうどんが好きな私にとっては必需品で、これを切らすとどうもおいしく食べられない。冷奴が好きなら、しょうがより先にしょうゆを切らすな、という意見が出そうだが、もっともだ。しょうがだけでは食べられそうもない。次に同じ棚にあるおろしにんにく。普段、にんにくなど使うことはないのだが、一度だけ煮物か何かを作る際に買ったものだ。私はラーメンにも餃子のタレにもにんにくを入れない人だから、そんなチューブのにんにくを使いきれるわけが無いのだが、買ってしまったものは仕方がない。当然、納豆には単体では合わないだろう。が、とりあえず両方試してみる。やはり合わない。薬味ならねぎだけで充分だ。

 ここは液体系のものを入れなくてはいけない。そもそも、タレの代替品を探しているのに、にんにくを入れようとしているところが愚の骨頂だ。青しそドレッシングはどうか。先ほどの話ではないが、実は冷奴には意外と青しそドレッシングが合う。疑っている人は一度試してみてほしい。青しそドレッシングを考えた人は本当に偉い。そういえば、最近では豚カツにかけている人を見たことがある。納豆には…意外にというか、やはりというか、合う。これはなかなかおすすめだが、ドレッシングだけに少々酸味がある。好きでない人は好きでないだろう。次はポン酢。青しそドレッシングよりは何でも合うというわけではないが、これもかなりの万能調味料である。しかし、こと納豆に関しては合いそうもない。青しそドレッシングより酸っぱいのが主な原因だろう。

 現在トップは青しそ、これをポン酢が離れた2番手で追走中(なんの序列だ)。続いてはウスターソース。もう、見るからに合わない。まぁ、実際合わないのだが(やったんかい)。そもそも、野菜をベースに作っているウスターソースが、どうして大豆と合わないのかが不思議だ。濃いのが問題か。いや、濃さの問題ではないだろう。世の中には「相性」ってもんがある。横にある焼肉のタレも同様な理由(理由なんてないのだが)で相性最悪。「大豆は畑の肉だ」とドイツでは言われているらしいが、だったらなぜ合わないのか。答えは簡単、腐っているからだ。納豆完食の道は険しい。すでに目的が変わっている。

 外の雨が強くなってきた。これは益々外に出るな、との暗示だ。何が何でも家にあるもので済ませなくてはいけない。液体コーナー(冷蔵庫の扉側にある、調味料を入れておく部分)は出尽くしたので、固体コーナーに移動。しかし、ロクなものが無い。まずはコーヒーミルク。これってそもそも要冷蔵ではないはずだが、なぜか冷蔵庫に入っている。そういえば、小さい頃、我が家にはファミコンのカセットが冷蔵庫に入っていたことがあった。半導体は動作温度保証が通常品だとMinで0℃だろうから、かなり微妙だったが、動作はしていた。コーヒーミルクにはそのようなダメージは無いが、本来の目的である納豆のタレの代替品とはならない。なりえない。牛乳と納豆をミキサーにかけて飲んでいるシーンをテレビで見たことあるが、それにしては残念な結果となってしまった。次にビール。私はアルコールは飲まないのだが、このビールはマノレが家にご飯を食べに来た時に持参したものだ。ビールのつまみとして、例えば居酒屋だったらメニューとして立派に成り立つだろう。しかし、タレもかけずに納豆とビールを混ぜるのはダメなようだ。腹に入ってしまえば一緒だと思うが。いやいや、味がどうかの話をしているんだった。「腹に入ってしまえば一緒」の概念を押し通すと、今回の検証の意味がなくなる。というか、いつから検証になったんだ?

 料理人って、大変だなぁ、と思う。合うかどうかわからないいくつかの食材を、自分のオリジナルメニューとして「料理」してしまうのだから。「ミスター味っ子」で料理を覚えた私にとって、奇抜な取り合わせはさして問題ではないという自覚はあるものの、それは「料理人の腕」という別なファクターが大きく関わっていることを忘れてはいけない。むしろ料理を覚えるなら「美味しんぼ」だろう、と。どうして「ミスター味っ子派」と「美味しんぼ派」がいて、「クッキングパパ派」がいないのだろうか、と。小さいのに「大徹」ですか、と。「デビルマンレディー」とはどういうことか、と。ハーフですか、と。

 さて、いよいよ佳境に入ってきた「納豆のタレ代用品コンテスト」(趣旨がまた変わってる)。ナポレオンの時代には、「バターの代用品コンテスト」で後の食パン業界を震撼させた?マーガリンが発明されている。同じように、今回のコンテストでもとんでもない発明が出るかもしれない。今回はいまある食材を使っているので、食べ合わせだけの問題だが。食パンが「食べられるパン」なら、パンは全部食パンだろう、と。じゃ、なにか。パンはパンでも食べられないパンはな〜んだ」の答えは、「食パン以外全部」か、と。

 ネタや文体すら変わってきてしまった。もう原型をとどめていない。しかもネタは半分パクってるし。本題に戻ろう。次はにがり だ。ダイエット用に購入したのだが、1本丸まる買ってしまったために、だいぶ余っているのだ。大豆ににがり。どう考えても完璧な取り合わせだ。これは期待できそうだ!…。という幻想はすぐに崩れる。にがりだから、味が無いのである(あるにはあるが、やはり苦い)。また、先述しているように、豆腐にしたとしても冷奴には結局しょうゆをかけるのである。またゴールを見失ってしまった。残念。冷蔵庫の弾は出尽くした。そういえば昔、我が家には「そばサラダの素」というものもあった。これは、バイト時代に店で出していた商品の素となる調味料を、仕入れ値で当時の店長に譲ってもらったものだ。バイトを始めて1年余りでこの商品は消えたが、最後に大量発注して我が家では細々と生き残っていた。何しろ、スーパーで3玉100円の麺を購入してくれば、1日凌げたのである。最後にはフィガロに1本譲ってしまったのがもったいないと思うぐらいだった(お互い貧乏だった)。ハズイ(学生時代使っていた安売りがウリのスーパー)に行けば4玉100円。場合によっては5玉100円で売っていたので、そうなると1食わずか20円である。ハズイにはお世話になった。さんぎょーほどではないが。さんぎょーは今でも当時の流れを汲んで、夏にはハズイで購入した食材を使って「そうめん祭り」を催しているようだ。食材と言ってもそうめんとつゆだけだが。

 あっ、まだめんつゆがあった。いつもと違うところに入れていたから気づかなかった。さっそく試してみる。んー、実はこれも意外といけるクチである。青しそドレッシングとは甲乙つけがたい。暫定トップとしておこう。現在トップはめんつゆ、僅かな差で青しそドレッシングが追走。あとは一団といったところか(だから何の序列やねん)。

 さて、冷蔵庫の食材が尽きたので、次は流しに移動することに。そこでコーヒーがまず目についたが、インスタントだし、とても合うとは思えない。穀物と穀物の取り合わせはどうなのか(それを言い出すと米と納豆は全く合わないということになるが)。却下。やる気も起きず。砂糖は好みによって入れる人がいるそうだが(塩はおらんか)、これもタレあっての話。次はみりん。確か、納豆のタレはしょうゆとみりんを混ぜて作るということをジャンプ放送局で読んだことがある。ソースが怪しいが、そんなに大きく間違ったことはジャンプには載らないだろう。さくまあきらもちゃんと考えていることだろう。というわけで試してみる。……正直言って、期待はずれだ。おいしくない。納豆のタレは、おそらくしょうゆをベースにみりんで甘さを加えて「タレ」として完成させているのだろう。ベースがなければ、ただのみりんだ。そらそうだ。

 あとは、韓国で買ったゆず茶。これはお湯で溶いて飲むものだが、原型はマーマレードのようなものだ。これが納豆に合うとは思えないが、そろそろ選択肢も少なくなってきたので、やってみる。で、やってみて後悔。匂いはいいが、味はダメだ。入れる前に気づけ。次にさんま缶。うーん、これはタレというより、もはや完全に別の食材だ。さんま缶に入っているさんまを味付けするタレが使えるかどうかだけは試してみたいが、タレだけ取り出すのは不可能だし…。ここまで食材を開けていたら、今さらさんま缶の1つや2つ。どうせジャパンで1缶100円で買ったものだ。また買えばいい。試してみると、実はそれなりにイケる。第3位にランクインさせておこう。そしてミートソース。これも缶詰。スパゲッティーを食べる際にと買っておいたものだが、缶詰なので、1缶で3人前ぐらいある。普段はパスタを1袋買い、2日に分けて食べ、1缶を使い切るという方法を取っているのだ。ミートソース缶は、使ったことがある人ならばわかると思うが、一度開けてしまうと思ったより足が早い。開けたら、すぐにでも食べたいと思うのが私の本心。パスタだけ半分余らせても、次にミートソース缶を購入したらまた半分余ってしまう。腐ったら捨てるしかないし、すぐに腐る。納豆は腐ってるものだし、意外と合うのでは?という意見は却下しておく。肉が腐っているのは基本的に危ない。というわけで、これは開けずに断念。

 あと流しにあるのは、食器洗剤ハイターだけだ。どちらも納豆に合う以前の問題で、食べ物ですらない。納豆を食べようとしているのに、ハイターときたら「まぜるな危険」の文字まである。ハイター側に書いてあるからいいようなものの、これが納豆側に書いてあったらどうやって食べろというのか。納豆はタレを入れる前にかき混ぜると風味が出ると米沢八段は言っていた。ま、好き好きですけどね。

 4個あった納豆が、これだけの食材を前に全てなくなった(1つに対して納豆1箱試したわけではないので悪しからず)。しかし、ここで私は重要な問題に直面するのである。タレが入っていなかったのは最初の1個だけで、あとの3個には入っていたのだ。そら、4個とも入ってなかったら販売元を訴えなくてはいけない。いや、その前に元々商品にタレが入っていないものなのかもしれなかった。そう考えるならば、最初の1個をあけた後にすぐにもう1個を開ければいいものを。3個の納豆のタレだけを前にして、もう今さらあとの祭りである。しょうゆは日本人の舌に合う一番の調味料。切らしてはいけないことを痛感した雨の午後だった。


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