第67回
ワンダーランド タカラヅカ

 きっかけは思わぬところから。

 ある日、会社の同僚(女性)に、死ぬまでに、とりあえず一度宝塚歌劇を観たいと打ち明けた。会社に宝塚ファンがいるかどうかは知らなかったが、彼女が宝塚市に住んでいることから、何かリレーションがあるだろう、というどう考えても浅はかな考え方だった。しかし、話はとんとん拍子に進み、結局ぴあでもチケットは販売しているので何とかなるだろう、ということで観劇することは決まった(この時点ですでに宝塚市民のリレーションもへったくれも無くなっているのは内緒である)。日取りも決まったのだが、先輩の知人が宝塚と深い関わりがあり(後にこの人はタカラジェンヌであることを教えてもらう)、チケットを取りおきしてくれる、ということがわかりチケットの件も一安心。かくして、全く宝塚を知らない素人の私と、宝塚観劇歴のある先輩(女性二人)という、奇妙な組み合わせでの観劇がここに決まったのである。日時は7/30(土)、公演は雪組、演目は「霧のミラノ/ワンダーランド」である。

当日のチラシ

 そして当日。11時開演ということで10時半に宝塚駅集合。が、十三から宝塚まで何分かかるかわからないので時間に余裕を持って家を出るが30分前に到着してしまう。競馬の予想をしようと新聞を開くが、阪急宝塚駅では競馬新聞はどうにも似つかわしくない。ただでさえ上品さが漂う阪急沿線でさらに宝塚である。浮くのは無理もない。早めに予想を片付け、集合時間となる。劇場までは駅からしばらく歩くことになるのだが、ここが「花のみち」と名づけられた通りである。これもまた女性客を意識したつくりである。男の私には似つかわしくない場所だ。私に縁のありそうな道は「甲子園への道」「哲学の道」「速水もこみち」ぐらいだろうか。3つ目こそ私に関係ないと思うが。じゃあせめて「女のみち」にしてほしかった。おっと、これはこれでまた別の意味になってしまう。ある意味一番私になじみのある道だが。はー、宮史郎。

 その「花のみち」を歩いている途中、女性がポツポツ道端に立っているのを見かける。誰かを待っているような様子ではあるが、道行く人全てに対してふり向き、声をかけるそぶりを見せる(決して声はかけない)。どうやらこれが「ダフ屋」らしい。私の知っているダフ屋は「野球場にいて、ダミ声で、あつかましくて食うのも困っているようなおっちゃん」というイメージしかないのだが、宝塚ともなると、ダフ屋ですらエレガントだ。チケットが捌けなくても決して食いっぱぐれはなさそうな人たちである。どうにも恐ろしい場所に足を突っ込んでしまったようだ。場違いも甚だしいという感じが劇場に入る前から漂っている。みなさん、今まで生きてて化粧もバッチリして、ジュエリーまでちりばめたエレガントなダフ屋見たことあります?私は無い…。

 そして劇場に。入口では各タカラジェンヌの後援会だか親衛隊だかの集まりが多くあり、各々に名前の書いた紙を掲げている。そんな中、雪組トップの名前を見つけそこでチケットを入手する先輩。ここで、初めて席がどこかが判明する(それもすごいシステムだが)。ちなみに今回の公演、8/1(月)が千秋楽でこの日は最後の土曜ということもあり、大盛況のようである。通常、こんな時は前の方の席はすぐに売れてしまって入手が困難だということを事前に聞かされていたのだが、チケットを受け取ってびっくり。なんと前から3列目であった。特等席もいいところ。メイクどころか顔のシワまで見えるんちゃうかという席である。これにはチケットを受け取った本人もびっくり。やはり世の中、コネだリレーションだ(一緒か、これ)というのが大事だということを痛感。早めに頼んでおいたのが功を奏したというのは本人談。そんなもんか。

外観。見た目は相当キレイ

 劇場内にはレストランもいくつかあるのだが、全てに看板が掲げてあり、「予約するとすぐに食べられます」の文字。そら予約したらすぐに食べられるやろ、と単純に考えてはいけない。この日の公演は11時なのだが、宝塚の公演はミュージカルが1時間半、その後休憩が30分程度あり、さらにそこから30分ほどショーがある、という2本立てになっているのだ。その休憩の間、すぐに食事ができるように、というレストラン側の配慮がこの看板にあるのである。宝塚ファンの間では常識のことらしいが、当然素人の私は知る由もない。事前に聞いて知ってはいたが、今回のようなきっかけが無いと聞くことすらなかったであろう。しかし我々はレストランの昼食を諦め、サンドイッチを購入して幕間に食べるというリーズナブルな手段を取ることにした。ちなみにレストランは「ミラノ風」というのをウリにしているらしく(演目にあわせているのだろう)、どこもイタリア料理が多い。で、値段が高い。ここもエレガント感が満載。100円の馬券に一喜一憂している私には無縁の世界だな、こりゃ。

 いよいよ中に入る。最初のミュージカルが1時間半ということで、先にトイレに行っておくことにしたのだが、ここでも困った事態に。男性トイレの数が少ないのである。今まで私が行ったことのある場所に、女性トイレが少なかったことは多々あった。地方の競馬場なんてその最たるものだ。しかし、ここは女性トイレの数が多く、男性トイレは見たところ1つのフロアに1箇所しか無いのである。これは衝撃だ。ただ、女性のように長蛇の列を作ることは無いし、そもそも客に男性が少ないところから文句があるわけではないのだが…。

 ここは宝塚歌劇、歌劇団も女性なら客も女性。私の知らない華麗なる女尊男卑の世界がそこにはあった。ただ、「男役」は宝塚の花形であり、女役より人気があるのは間違いない。役どころでは男性の方が完全に上である。複雑だ。

 席に着く。3列目、うーん、これは思ったよりも近い。銀橋(基本的にはトップを始め売れっ子たちしか通ることの許されない、舞台からせりだしたアーチ型の場所)なんかすぐそこである。これはファンにはたまらない。こんなド素人がこんな席に座ってしまって、席を取れなかった宝塚ファンの方、ホンマすんません。ちなみに銀橋と舞台の間にはオーケストラが座っており、指揮者だけこの銀橋と舞台の間から頭が見える格好になっているのがなんとも滑稽だった。特にミュージカルの時の指揮者は頭がスキンヘッドだったので(この指揮者は男性です、念のため)余計に目についてしまった。後で確認したが、狭いところに24人も収まっているのだが、かなり機能的に割り振られた席になっている。劇中に流れる音楽は全て生演奏なのが宝塚の特徴の1つだが、なるほど、これは迫力がある。周りを見渡すと客は殆んど女性。これは想像通り。90%以上は女性であった。男性も少ないながらいるのだが、殆んど奥さんに付き合わされて見ている旦那、という感じだった。すすんで観に来ているのは私ぐらいだったのではないだろうか。3列目やもんなー、気合入ってるなー、わし。

 さて、時間が来た。ミュージカルの始まりである。「霧のミラノ」は、ミラノを舞台としたオーストリア軍とミラノ市民とレジスタンスを含む人間関係が複雑に入り組んだ物語である。あらすじは会場の外にあったパンフレットでザッと目を通していたつもりだったが、登場人物も舞台も何もかもカタカナが多くて覚えづらかったので途中で挫折。まあ劇を見てればそのうち登場人物も人間関係もわかるだろう…と高をくくっていた私に待っていたのは、宝塚特有の濃いメイクによってもたらされる見分けのつかない登場人物の罠だった。男役はほとんど全て髪型が一緒なので、身なりだけで判断するしかない。どれが主人公かなど、私は最初の30分は理解できなかった。場面設定もめまぐるしく変わるし、せっかく覚えた身なり(衣装)もコロコロ変わる。こうなると頼りは声なのだが、男役は当然のように総じてトーンが低いから大体一緒に聞こえてしまう。それでも話がすすんでいくと人間の目というのは慣れるもんで、あらかたわかるようになってくるから不思議だ。ただ、女役は全く見分けがつかない。髪形も違うのに。みんな大地真央に見えた。もう台無し。あと、みんな7頭身。スタイルいいし、顔がちっちゃい。身長が総じて高いからそう見えるだけだろうか。宝塚音楽学校に入学する資格に身長制限があったはずだ。

 さらに私を惑わせたのが、拍手のタイミングである。主人公を演じるトップスターが登場する時は常に拍手、というのは大体つかめたのだが、上記にあるように、どれが主人公かわからないので周りに合わせて拍手するしかない。ミュージカルなので歌が随所に入っているが、この歌が歌い終わったらやっぱり拍手。でも台詞が続く時には拍手はしない、という暗黙のルールがあるようだった。ということは…よく考えるとわかることだが、あらすじどころか誰がどの台詞を言うかまで覚えていないと拍手のタイミングが完璧に把握できないという結論になるのである。そら無理やって。何度も通っているコアなファンしかわからんがな、そんなこと。

 人間関係がわかってからは、ミュージカルとしてストーリーも歌も楽しめた。やはり宝塚、稽古量も相当なのだろう。歌も踊りも舞台の立ち回り方、大道具の出るタイミング、音響。全てが完璧で一片の狂いも無いのである。

 観に行く人ももういないだろうから書いてしまうが、物語の方はどんでん返しの末ではあるが、主人公が最後に撃たれる完全なバッドエンディングだった。ストーリーに文句をつけるつもりは無いのでこれに対しての論評は書かないが(素人が書くと宝塚ファンに袋叩きに遭うこと必至)、こんな終わり方もあるのだろう。幕間にはサンドイッチを頬張りながらミュージカルとして完全なつくりである宝塚に感動した旨を懇々と話している私がいた。

 続いてショー「ワンダーランド」を観劇。これはミュージカルに比べたらストーリー性はやや薄れるが、ショーとして楽しむものだと割り切れば何の文句もない。また撃たれる人が出たのにはびっくりしたが。撃つの好きやなー。ショーは次々と衣装を変えるその早業と、やはりここでも歌と踊りが目を楽しませてくれる。宝塚のトップは一体何曲の歌と踊りを覚えにゃならんのだ。そんな心配すらしてしまうほど曲目も多かった。最後にはこれぞ宝塚、とも言える大階段と、そこに背中に大きな羽を背負ったトップ(とそれに近い役どころ)も観ることができた。やはり華麗だ。これを見ないことには宝塚を見た、という気がしない。ちなみにこの大階段、100人乗っても大丈夫らしい。どこかの物置みたいである。フィナーレではタンバリンみたいなのをみんな持ってた。さすがにヒップアップのような鈴を持っている人はいなかった。期待してたのに(するなって)。また、後でパンフレット見返したら演出のところに「ボブ佐久間」の文字が。クイズダービーもオンエアバトルも音楽やって、さらに宝塚までやってるんか、この人。他に見るところあるだろうに、ボブ佐久間に一番感動を覚えたのは多分私だけだろう。自慢にもならんが。

 最後に劇場内にあるプチミュージアムを見学。400円取られたが。まだ金取るか。中には宝塚年表と、かつて使った衣装、それに雑誌やポスターの類の展示があった。グッズも売っていたが、現役のタカラジェンヌは殆んど知らないので私には興味がない。CD、DVDコーナーにはかつての演目が一通り並んでいたが、これを揃えるには相当な資金が必要である。なるほど、宝塚にハマる人たちの身なりが決して悪くないのはこういうところから来ているのかもしれない(まあその前にチケット代でもわかることはわかるが)。かつてのタカラジェンヌの顔写真とその一覧があったのだが、古いところはさっぱりわからんかった。淡島千景レベルはどうにかわかるが。とりあえずこの人だけ撮影。

面影ありまくり

 50年ぐらい大きく顔が変わってないということになるのか。恐ろしい…。はい、ポリデント。

 続いて羽も展示してあったので撮影。手を触れることが厳禁だったので触れなかったが、本物の羽毛を使っているわけではなさそうだったのは見て取れた。

これぞ宝塚!!

 ちなみにこの羽、10kg近くあるらしい。女性の華奢な体でつらいと思うが、これもステータスだと考えると光栄なのだろう。ショーでも軽々と着こなして!?いた。

 最後に音楽学校を見ようとしたが、奥まった場所にあったのでよく見れず。昔は道に面したところにあったらしいが、現在は移転してしまい見づらくなってしまったとのこと。残念。ちなみにこの横でファンが出待ち(ひょっとしたら入り待ちかもしれんが)していたのを見た。テレビでしか見たことなかったのでホンマにいるとは驚き。その熱狂ぶりが伝わってくるかと思ったが、人数が少なかったのでそうでもなかった。どないやねん。

 冒頭に、「死ぬまでに一度観てみたい」と書いたが、観たことない人にはやはり一度観劇をお勧めしたい。高い金払ってでも見る価値は存分にあった。そこには稽古も含めて完璧に作りこまれたプロとしての歌劇があったのだ。素人でもここに完璧なショーマンシップを感じ取ることができるということが想像に難くないことは、この文章を通して理解していただけるだろう。ただ、席によってはタカラジェンヌが豆粒ぐらいにしか見えないだろうから、やはり前の席で観るというのは重要である。ちなみに私の前に座っていた(従って2列目である)おばちゃんは、2列目だというのに双眼鏡を使っていた。ふと見ると横に座っていた先輩方も双眼鏡を使ってみていた。間近で観ることでさらにその素晴らしさ、凄さを実感できるという点では私も賛成である。私は使わなかったが。次回があるのかはわからないし、おいそれと観に行けるところではないのだが、機会があったら別の組の公演も観てみたい、とは思う。ただ、その時も拍手のタイミングはわからんだろうし、登場人物の人間関係を頭の中で組み立てるのに苦労はすると思う。それでも観てみたい。コアなファンを作る土壌は、エレガントさ、役者のカッコよさ、それにショーマンシップに尽きるのだろう。こんな世界もあるのだな、と新たな世界に気づかせてくれた宝塚。今後見る機会が無くても、これからは阪急電車内の広告ぐらいはちゃんと見ようと思い、場違いな阪急宝塚駅を後にする私であった。


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