「氷川君、最近動き良くなってきたわ。」

氷川誠と小沢澄子はたまたま、取れた短い休憩の一時、誰もいない、警視庁の食堂で、コーヒーを飲んでいた。

「ありがとうございます。小沢さん。でも・・。」

誉められている氷川本人はは素直に喜べなかった。それもその筈だ。自分は必死にになって、やっとのことでものにしたG3−Xを津上翔一という人間はいとも簡単にそれをやってのけた。その事実を目の当たりにして、氷川は衝撃を受けた。そして、「努力」という行為そのものに疑問を抱いたのである。

正直、今でも、G3−Xを装着することは肉体的には苦痛である。そして、天然の仮面ライダーである、アギトやギルスとは違い、システム的にも限界があり、どうしても勝てないところがある。いつも、自分の前をいく、アギト、ギルス・・。

氷川はいつか、自分は二人に置いていかれるのではないかと感じ始めていた。そうでなくても、二人には太刀打ちできないところがあるのに・・。

「どうしたの。あまり、嬉しそうじゃないわね。」

「いえ・・。でも、私は・・。」

「あなたは十分頑張ってるわ。」

「でも・・。」

「聞いて。氷川君。あなたの考えている事は私にも分かるわ。」

「小沢さん・・。」

「正直、G3−Xはアギトにもギルスにも劣るところがある。でもね、それはシステムの問題であって、あなたが二人に劣るという事ではないのよ。人工的なものってどうしても限界があるのよね。悔しいけど・・。だけど、それを克服しているのは氷川君、あなたなのよ。」

氷川は澄子の顔がいつも以上に真剣であることに気付く。

澄子も、その言葉は、氷川への慰めでも、気休めでもなかった。心からそう思えるから、口に出したのだ。小沢澄子という人間は、どちらかというと、下手なお世辞や気休めあまり言わない人間なのだから。

「小沢さん、私は努力という行為が正直、あまり信じられないんです。」

「氷川君・・。」

「僕が、訓練に訓練を重ねてやっとのことで身につけたG3−Xを津上さんはいとも簡単に・・。」

氷川は顔を俯けた。

「あなたらしくないわね。氷川君。」

言って、澄子はコーヒーを飲み干す。

「あなたの良いところは、コンプレックスを感じてもそれを跳ね返す、力があるところなのよ。津上君がG3−Xを簡単にものにしたとき、あなたはいじけたりしなかったわ。それどころか、あなたは、津上君のところに学びにさえ出向いたじゃない。私ね、あなたのそういうところが、好なの。」

「小沢さん・・。」

「確かにあなたは、アギトにはなれないわ。でも、もし、G3−Xの装着員として、選ぶなら、たとえ、津上君がいたとしても私はあなたを選んだわ。絶対に。」

澄子は力を込めて言った。

「どうしてだか、分かる?」

氷川は首を振った。

「あなたは、ちょっとやそっとの逆境に振り回されない人だからよ。そう、誰よりもね。いつも見ていて分かるもの。G3−Xは肉体にだけでなく、精神にも負荷を与える事があるでしょう。あれは体も心も強くなければ、扱えないの。あなたは、強いわ。十分に。」

澄子のいつも以上に力強い言い方に、氷川は思わず聞き入っていた。

「でもね、あなたに足りないのは、自信よ。もっと自分を肯定しなさい。自分を誉めなさい。」

「自分を、誉める?」

「そうよ。私だって、科学者として、コンプレックスを感じる事があるの。でもね、それだけじゃ、前に進めない。だから、誉めるの。自分を・・。自分で自分を肯定しないと、他の誰が肯定するの?」

いつのまにか、澄子は、氷川のコンプレックスが自分のことと置き換えてしまっていたのだ。澄子とて、自分の開発した、G3−Xがアギトやギルスに追いつけない事が、正直歯がゆいのである。そして、科学は自然には決して追いつけない、自然の偉大さに、自信をなくしかけた事もあったのだ。

氷川ははじめて、澄子が秘めているものが見えた気がした。

「すみません。私が自分を否定することは、小沢さんまで否定する事だったんですね。」

「そうよ。これ以上、私の自信作をけなすと許さないんだから。」

「私達は、私達のやり方でアンノウンに立ち向かっていきましょう。アギトにも、ギルスにも、できない、私達だけができる何かがある筈よ。」

言って、澄子は、氷川の肩を叩く。

「そうですね。小沢さん。」

「ありがとうございます。小沢さん。あなたのお陰で今、ふっきれました。私は確かに弱い。でも、生きたいって気持ちはアギトにもギルスにも負けません。」

そう言って、氷川は真っ直ぐに笑った。澄子は、その笑顔こそが、やはり、氷川なのだと、そう、思う。

そして、氷川は今日、はじめて、小沢澄子という女性の強さがどこからくるのか、はっきりと分かった。そして、彼女のためにも、自分は全力で戦わなければならないと、改めて思うのであった。