(A HPPY LIFE)
友達が、ふられた。
他に好きな人がいるから、だって、言われた。
泣いていた。
どうやって生きていったらいいのか分からないと言って。
何を言っても不可抗力だと分かっていながら、彼女を慰めた。
「元気、出しなよ・・・。」
こんなことを言っても無駄なことだった。
元気が出るわけがないのだ。
生きる目的を失ったようなものだから・・・。
拒否、拒絶。
急に怖くなった。
もし、これが、私、だったら・・・。
気持ちをぶつけたのが、私、だったら・・・。
拒絶されたのが、私だったら・・・。
彼女を家まで送って、一人、自転車で家に向かう。
今日は、顔を見たくないと思った。
あの笑顔を・・・。
”お帰り”って声も聞きたくなかった。
なるべく、音をさせないで、そっと、玄関に入ると、そのまま、二階の自室に向かう。
ハズ、だった。
今日に限って、階段でバッタリだった。
私の部屋の掃除をしていたのだろう。片手に掃除機を持っていた。
「真魚ちゃん、お帰り。」
思った矢先だったのに・・・。
案の定、翔一君はいつもと同じ顔で笑った。
「真魚ちゃん、夕飯、できてるんだけど。今日は、翔一スペシャルハンバーグっ。」
「いらない・・・。」
「真魚ちゃん?」
翔一君は不思議そうに私の顔をまじまじと見た。
思わず、顔を反らした。
その笑顔が私を拒絶することを想像してしまう。でも、実際の、映像は、その笑顔からは想像つかなくて、それが、余計に怖かった。
「それから、私の部屋、もう、入らないで。掃除くらい、自分でするから・・・。」
「ごめん。ちょっと掃除機かけただけだから、他には触わってないから。」
その手が私の肩に触れる。
「触わらないでっ。」
思わず怒鳴ってしまう。
翔一君は、全然悪くないのに・・・。
「ごめん・・・。」
同じ言葉が重なる。
重たい空気が階段を流れた。
「また、食べたくなったら、いつでも食べに来て。」
翔一君は、少し、寂しそうに笑った。
自己嫌悪、だった・・・。
考えてみれば、自分の妄想で、勝手に傷ついているに過ぎなかった。
そんなことは、分かりきっていた。
そんな下らない感情で、翔一君に八つ当たりをした私は最低だった。
世界一の馬鹿、だよね・・・。
ベッドで膝を抱えて、蹲った。
蘇る、友達の、傷ついた、顔・・・。
やっぱり、怖い・・・。
もし、私、だったら、生きていけるだろうか・・・。
好きな人から拒絶されたら・・・。
もう、手後れだろうな。
だって、さっきの私は最低だったから・・・。
きっと翔一君も、私のこと・・・。
”嫌いになっている・・・。”
”嫌い・・・。”
身体が震える。
もし、嫌いって言われたら・・・。
いらないって言われたら・・・。
”嫌だ。”
”嫌だ。”
まだ、嫌われたくない・・・。
さっきの最低な私を悔やんでしまう。
あまりに今更過ぎだった。
”真魚ちゃん。”
頭の中で、翔一君の、声と笑顔が巡る。
”真魚ちゃん。”
「真魚ちゃん。」
その声は、何故か、次第に現実味を帯びてくる。
「真魚ちゃん。」
その筈だった。
その声は、現実の、翔一君の声だったから・・・。
「真魚ちゃん。」
翔一君の声は、いつもと変わらなくて、怒っていなくて・・・。優しくて・・・。
「俺、真魚ちゃんの気に障ることしたなら、謝る。もし、気が向いたらでいいから、ハンバーグ、食べてみてよ。ドアのところに置いてるからさ。少しは食べないと、元気、出ないから。」
「それから・・・。」
「俺、何もできないかもしれないけど、でも、俺のできること、あったら、言って。俺、するからさ。」
翔一君の、私には暖かすぎる言葉を、黙って聞いていた。
私はこんなに最低なのに・・・。
翔一君は優しかった。
悪いのは私なのに・・・。
勝手に先走って、翔一君に子どもっぽい八つ当たりをしたのに・・・。
戸を開けると、翔一君は、もう、いなくて、お盆の上に、ハンバーグとサラダを盛り付けたものと、暖かい、ご飯と味噌汁と、箸が置いてあった。
お盆を持って、また、部屋に入る。
暫く、翔一君の料理を眺めた。
その料理は、翔一君の優しさそのものなんだと思った。
ハンバーグに箸を付け、口に一口入れる。
「美味しい・・・。」
翔一君の手料理はいつも美味しいけれど、今日は、もっと美味しいと思った。
私にはあまりに、勿体無い美味しさだと、思った。
ハンバーグを口に入れる度に、目から、甘酸っぱいものが零れる。
今が幸せなんだと気付かされて・・・。
それに気付かず、甘えて、我が侭言って・・・。
今、私は、迷わず、言える。
”私は幸せ”
だって。