ピンポーン。
呼び鈴が鳴る。
まただ。奴が来た・・。
とりあえず、入ってこられたら鬱陶しいので無視する。
しかし一向に呼び鈴の音は消えなかった。
「うるさい!!」
俺は思わず戸を開けた。
「葦原さん。おはようございます。」
自分の周りが全て天国であるかのような笑顔を振り撒く奴・・。
津上翔一だった。手には籠一杯の野菜を持っている。
俺は即答した。
「帰れ。」
戸を閉めかける。
「おっと、そういうわけにはいきませんよ。」
津上が両手でひっしと戸を抑えている。こういう時だけ、やたら馬鹿力なのに俺は参る。
「とにかく、入るな。帰れ。」
「お邪魔しま〜す。」
スタスタと部屋に入っていく津上・・。
また俺の面倒な一日が始まる。奴が一端来ると、なかなか帰らない。
「ああ〜、まーたこんなに散らかして。洗濯物もためて。駄目じゃないですか。」
「うるさい。とにかく帰れ。」
「これを見た以上俺が帰ると思いますか。」
帰る訳がない。俺も分かっていた。
「さあ、掃除に洗濯に、することが山のようにありますから。」
部屋に転がっている、洗濯物を広い、洗濯機のところにもっていく。
「やめろ。」
「駄目ですよ。このまま放っておいたら、もっとたまりますからね。」
「あぁ、葦原さん、今日はちゃんと朝ご飯食べましたか?」
「食べた・・。」
実際は食べてはいない。
「本当ですか?」
「食べたって言ってるだろ。」
「で、何を食べたんですか?」
「それは・・。」
「ああ〜、やっぱり食べてないです。もう、駄目じゃないですか。これから俺が作りますから絶対食べるんですよ。ホラ、翔一スペシャルの野菜をこんなに持ってきましたから。」
奴は自分の持参した野菜がたくさん入っている籠を見せる。
奴は台所に入りこみ、調理道具を取り出す。すかさず、炊飯器をチェックしている。
「ああ〜、空っぽじゃないですか。普段食べてない証拠ですよ。」
いつぞや、奴が持参した米を取り出し、洗い始める。
「白いご飯は毎日欠かさず食べないと駄目ですよ。だから、変身した後、余計辛いんですよ。」
そういう問題ではないような気がするが・・。
「一つ、アドバイス。ご飯を炊く時時、お米を洗った後、30分くらい置くのがいいんですよ。分かりましたか?」
「ああ、分かったから・・。早く帰れ。」
俺は面倒くさそうな声で言った。
「言っとくけど、俺、まだまだ居ますからね。」
それから、奴は、俺から見ても手際が良いのが分かるように、料理をすすめていく。卵焼きを焼き、味噌汁を作る。
「俺んちで採れた白菜入りのお味噌汁ですからね。美味しいですよ〜。」
まるで、主婦のように、味噌汁を味見し、やたらきれいに仕上がった、卵焼きを適当な皿に盛り、味噌汁を椀につぎ、暫くしてできたご飯を盛った。
「できましたよ。残さず食べて下さいね。」
「ああ。」
俺は津上引きずられるような、形で食卓についた。普段朝食はとらないし、津上の登場のための疲れでいまいち食欲がわかない。
「おっと、食べたくないとかはなしですよ。朝ご飯は絶対必要なんですから。」
俺は、しぶしぶ、飯に箸をつける。確かによく炊けている。味噌汁にしても、卵焼きにしてもうまい。いやいやながら食べたものの、普段、コンビニ弁当やカップラーメンだっただけに、まともな食事にありついたのは、かなり久し振りだった。
「ホラ、食べられるじゃないですか。」
「俺、ちょっと、洗濯してきますから、ごゆっくりどうぞ。」
「ちょっと、待て・・。」
俺は慌てて洗濯機がある洗面所へ行った。さすがに洗濯は・・。
すでに洗濯機は回っていた。
「どうしたんですか?葦原さん。」
津上はきょとんとしていた。
「いや・・。」
もう、言葉すら出ない・・。
「ご飯食べたんですか。見に行きますよ。」
俺は、食卓に逃げ帰った。残すと後がうるさいので、とにかく、食べた。
「ホラ〜、全部食べれるじゃないですか。毎日食べて下さいよ。でないと、俺、毎日でも行きますから。」
言って、ニッコリ笑った。
毎日・・。奴なら本当に毎日来そうで背中が寒かった。
「さて、洗濯機が回っている間、掃除、掃除っと。」
津上は全て窓を開け、掃除機をかけ始める。
「ゴミもこんなに溜めちゃって。」
かなり嬉しそうだった。鼻歌を歌いながら、掃除機をかけ、その辺りにあった雑巾を洗い、床や家具を拭いていく。小指で埃をとり、
「ああ〜、こんなに埃が。駄目ですよ。これじゃ病気になっちゃいます。」
「あっ、そうだ、葦原さん、ちょっと公園ででも遊んでてくれます?これから大掃除しますから。たまには外の空気も吸わないと駄目ですよ。」
俺は強制的に外に追い出された。
仕方がないので、俺は近所の公園のベンチで過ごすことにする。アパートの階段を降りた。
「いってらっしゃ〜いv」
中から津上が手を振っている。これでは、夫を見送る”お嫁さん”と大差がなかった。そう、考えると寒々しいものがあったのだが・・。
アンノウンと闘う以外に外出するのは、久々だった。ベンチに座っても落ち着かなかった。
(何でこんなことに・・・。)
今まで、裏切られてばかりで、誰も、俺に好意的に近づく人間はいないに等しかった。しかし、奴は、「帰れ」と言っても、帰らないし、「来るな」といったら余計にやって来る。おせっかいの限度も超えていて、鬱陶しい存在の筈だった。しかし、結果、俺は、毎回津上のペースで事が運ばれていくことに気付いていた。初めて、人から、心配された。面倒ではあるが、悪い気にはなれないのも、また事実・・。
(俺ってそんな奴だったか・・?)
優しくされたい。そんな感情がまだ、心のどこかに残っているのだろうか・・。そんな筈はない。俺は信頼した人間から次々と裏切られた。何を今更・・。
そんな感情が行ったり来たりしている内に、時間が経っていたのだろう。
「葦原さ〜ん。」
津上の声だった。
声のする方を見ると、エプロンをつけた津上が手を振っていた。
「お昼ご飯できましたよ〜。」
まるで、子どものように嬉しそうな顔で俺の方に走り寄ってくる。
「お昼も栄養のあるものを食べないと駄目ですよ。今日は、翔一スペシャルの野菜スープと、野菜ピラフですよ。暖かい内に食べましょう。」
俺は、半強制的に奴によって、アパートに連れ戻された。奴は、決して怒ったりはしないのだが、言うことを聞かないと、聞くまで、うろうろしている。
「さぁ、食べましょう。」
「って、お前も食べるのか・・。」
「はい。ついでに俺の分も作っちゃいました。大丈夫ですよ。材料は俺が持ってきましたから。いや〜、平日は、先生も、真魚ちゃんも、太一もいなくて一人でご飯を食べるのって、結構寂しいんですよね。だから、たまには。」
結局、俺は奴と昼食をともにする羽目になった。
「はい、残さず食べて下さいね。」
言いながら、翔一は、ピラフを盛り付け、スープをついだ。ピラフにしても、スープにしても、やたら野菜がたくさん盛り込まれていた。
「ここに入っている、野菜、農薬なんか一切してない、俺が愛情込めて育てたものばっかりだから、美味しいですよ〜。」
「さぁ、食べて下さい。」
俺は、一口食べる。
「どうです?美味しいですか。」
津上は俺の顔をまじまじと見た。
「ああ・・。」
思わず、その顔に負けて、肯定してしまう。いや、確かに、まずくはない・・。寧ろ・・。
「良かったぁ。葦原さんにそう言って貰えると、俺、嬉しいなぁ〜。」
いかにも嬉しそうに、ヘラヘラ笑って、頭を掻く津上・・。
奴の精神構造はあまりにも単純で、呆れてしまうくらいだ。恐らく、奴が嬉しい顔をする時は、裏も表もなく、本当に嬉しいのであって、その逆も然りなのであろう。
俺は、奴の、アギトの強さが少し理解できた気がする。
まさか、この俺が、まだ、信じている奴がいるということなのだろうか・・。自分でもうまく、表せない感情に俺は、振り回され、戸惑っていた。
「どうしたんですか?葦原さん、スプーンが止まってますよ。」
目の前の津上は、あたかも幸せそうにホクホクとピラフを頬張っていた。その顔があまりに無邪気で、俺は思わず苦笑してしまう。
「あっ、葦原さん、今笑ったでしょ。何か、いいなぁ〜。そういうの。」
「笑ってない。」
「いいえ、笑いましたよ。」
「勝手に思っとけ。」
「はい、勝手に思ってます。」