「あ〜。」
日曜日の朝。大輔は突然何か思い出したように大声を出した。実際思い出したのだ。大輔にとって一番大事なことを。
そう、今日は賢の誕生日だった。大輔はうっかり忘れてしまっていた。
貯金箱を壊してみたが、出て来たのは、10円硬貨が3枚、あとは5円硬貨と1円硬貨が1枚ずつ。
「こんなんじゃ、何も買えねぇ。」
大輔はがっくりと首をうなだれた。今日ばかりは日頃の無駄遣いを後悔した。しかし、後悔しているだけでは前に進まない。現に今日は賢の誕生日である。何かしてやりたい、大輔は必死で考えた。今から少しでも手伝いをしてこずかいを稼げれば・・・。
「母ちゃん、何か手伝うことない?」
「手伝い?どういう風の吹き回しなの?大輔が手伝いなんて。」
母親はきょとんとした。
「とにかく、何でもやるから、バイトさせてよ。」
「バイトねぇ。ただじゃないのね。」
「頼むから〜。」
大輔は必死に頼み込む。とにかく、少しでもお金が欲しかった。
「分かったから、じゃ、そこのお皿洗って、洗濯干してちょうだい。それで200円ね。」
「分かった。」
大輔はすぐに皿洗いにとりかかる。スポンジに洗剤をつけ、皿を洗っていく。慌てて洗うので大輔の顔に洗剤が飛び散る。
どうにか、皿洗いを終え、次は洗濯干しである。
「よいしょっ。」
拙い手つきで少し背伸びをしながら、洗濯物を干していく。
とにかく、賢に何かしてやりたい。賢の喜ぶ顔が見たい。その一心だった。
少し時間がかかったが、何とか干し終える。
「ハイ、ご苦労様。200円よ。」
母親が大輔に100硬貨を二つで渡す。
200円。せめて500円は欲しい。大輔は考えた。
「母ちゃん、他には?」
「まだ欲しいの?一体何に使うの?」
「いいじゃん。とにかく何かやらせてよ。」
「分かったから、だったら、リビングルームの掃除、お願いね。」
「よっしゃ。」
大輔は押し入れから掃除機を出して、スイッチを入れる。乱暴に掃除機を前後に動かす。
「大輔、そんなんじゃゴミとれないわよ。掃除機ってのはね、もう少し、丁寧にかけるのよ。」
言って母親が手本を見せた。
「分かった。」
いつも文句ばかり言う大輔だが今日はしおらしく、母親のいうことを聞いて、手本通りに掃除機をかけた。文句を言っている場合ではない。とにかく、今日中に500円は溜めないとならない。
「あ〜、疲れた。母ちゃん、終わったよ。」
いつものやらないことをあまりにも一生懸命やったので、大輔は思わず座り込んだ。
それからも大輔は自分から手伝いを見つけては、どんどんやった。昼食の用意、後片付け、窓拭きに、おつかい。とにかく、働いた。
大輔は100円硬貨を数えた。1枚、2枚、3枚・・・7枚。これだけあれば、何か買えるだろう。
大輔は嬉々として、7枚の100円硬貨を握り締めて、家を出た。
さて、何を買ったらいいものか。
「賢って何が好きなんだろう。パソコンとか好きみたいだけど、金がないからなぁ。」
大輔は考えた挙げ句、行ったところは、花屋だった。考えに考え抜いて、出した結論だった。
「あの、これで、買えるだけ下さい。」
店員に7枚の100円硬貨を差し出す。店員はクスリと笑って
「坊や、お母さんへの誕生日プレゼントかな?」
「ち、違います。友達です。すっごく大事な奴なんです。」
大輔は耳まで真っ赤になっていた。
「お友達なのね。任せて。」
店員は色合いのよさげな花を取り出し、小さな花束を作った。700円しかないので、決して豪華とは言えない花束だった。
「こんな感じでいいかな?」
「ハイ。」
「何か、メッセージ書いたら?」
店員はバースデーカードとペンを差し出す。
「ハイ。ありがとうございます。」
ペンとカードを受け取ると、大輔はカードに何か書き込む。
一言店員に礼を言って花屋を出た。
大輔は早速、賢の住んでいる田町のマンションへ直行した。
呼び鈴を鳴らすと、賢が出て来た。
「大輔じゃないか。どうしたの?」
大輔はどこか落ち着かない様子で
「あのさ、お前、今日、誕生日だろ。だから、コレッ。」
大輔は花束を差し出した。
それを見て賢はニッコリ笑った。
「覚えててくれたのか。ありがとう。嬉しいよ。」
「でもさ、実は、俺、今日、気付いて、それで・・・。ゴメン、賢。来年はもっといいものやるから。」
「何で謝るんだよ。これで十分じゃないか。すごく綺麗だよ。大切にするから。」
その言葉を聞いて、大輔は涙が出るほど、嬉しかった。一生懸命働いて良かったと心から思った。賢が笑ってくれる。帰りは賢が花束を受け取った時の笑顔を思い浮かべては、幸せな気分に浸った。
賢の方も、今まで生きてきた中で最高の誕生日だったと思った。今まで友達から祝福された誕生日なんてなかった。決して豪華とはいえない、小さな花束だが、賢にとっては世界で足った一つの心のこもったとびきり豪華な誕生日プレゼントだった。それはどんなに高価な値段のプレゼントよりも、嬉しかった。
賢は花束を丁寧に花瓶に生けた。その花の一つ一つが大輔に見えて、思わず微笑んでしまう。
「あら、賢ちゃん、その綺麗なお花、どうしたの?」
賢の母親が花に気付いて、訊ねた。
「貰ったんだ。とっても大事な人から。」
その時の賢は母親から見ても、とても幸せそうな顔をしていた。
「そう、良かったわね。」
そう言って、母親は微笑んだ。
その夜、賢はこっそりと、大輔が花屋で書いたバースデーカードを読んだ。そこには決してきれいとはいえない字でこう書かれていた。
賢は小さな声でそのカードを何度も読み返しては、嬉しそうに笑っていた。
「ほんと、最高の誕生日だよ。大輔。」