(chisato&koitiro)

「ほら、早く帰ろ。」

千里は耕一郎の手を引っ張って学校の廊下を歩いた。

「何だよ。俺は、デジ研の部長としてだな。仲間の勉強に付き合う義務が。」

「だーからみくは瞬に任しとけば大丈夫だって言ったでしょ。学年トップなんだし。」

「それはそうだが・・。俺は・・。」

耕一郎は千里に引っ張られながら、口の中でなにやら、ぶちぶち言っていた。

「全く、朴念仁なんだから。」

「朴念仁とは、融通の利かない人間のことだ。」

「しっかり当てはまるじゃない。朴念仁。」

千里は声を荒げて言った。

千里自身、何故、ここまでムキになって耕一郎を引っ張っているのか分からなかった。

(ていうか、私、何やってんだろ・・。全然冷静じゃない・・。)

思わず、千里はスルリと耕一郎の手を離した。

冷静になると、さっきまでの自分はいつもの自分と明らかに違って、変に興奮しているようにさえ、映る。

(これじゃ、私、馬鹿じゃない・・。変にハイテンションになったりして・・。最低・・。)

行動を冷静に振り返れば、振り返るほど、千里は泣けてきた。

(耕一郎も絶対呆れてるよね・・。)

「千里?」

いきなり、手を離された呆気に取られた顔になっていた。

「ごめん・・。こんなの、らしく、ないよね・・。でも、何だか、我慢できなくて・・。」

千里自身は、何故、自分がこのように衝動に近い感情で行動してしまったのか、分からなかった。普段、そんな行動をしない彼女だからこそ、それが、自分でも考えられなくて、混乱していた。しかし、その一見衝動ともとれる行動に向けられた、感情は耕一郎へのものだということは確かであった。そして、それは、図書館で、自分を曝け出し、瞬に甘える、みくを見て目覚めてしまった感情でもあったことを千里自身、気付いただろうか。普段、千里は、人に頼ったりすることはあまりしなかった。そんな千里でも、素直に感情を表に出し、甘えるみくが羨ましく、自分もそうありたいと思っていた。しかし、どうしてもそれが自分にはできなくて。最近、みくと瞬を見る度に千里は、切なく感じはじめていた。

生徒も少なくなった廊下で二人は、暫く、向き合い、黙ったまま、立ち尽くしていた。お互いの視線を反らすように、二人は、顔を俯けて。窓から夕日が、二人を照らし、顔をオレンジ色の染めた。

(やー、私何言ってるんだろ・・。ていうか、我慢できなくてって何がよ〜。今日私、絶対おかしいよ〜。)

沈黙の中、千里は、心の中で、先ほどまでの自分の言動を後悔し続ける。まともに耕一郎が見れない。

そして、耕一郎の方も、千里の最後の台詞の意味が頭から離れず、ぐるぐる巡っては、沈黙の中、動揺していた。

「俺、お前の言う通り、朴念仁だな。」

沈黙を破ったのは、耕一郎だった。

「耕一郎・・。」

千里は、耕一郎の言葉に答えず、目には動揺の色を隠せず、口だけで笑った。

「ご、めん・・。私、どうか、してたよね。耕一郎無理矢理引っ張ったりして、ほんと、ごめん、ね・・。」

千里の声が僅かに涙声になっていた。

そして、千里自身、泣きたい気持ちを抑えていたのも事実だった。

「千里・・。」

その様子を見て取った、どうすれば、良いか、分からず、改めて、自分は融通が利かないのだと、思った。いざとう時、自分は何もできないのかと、はじめて思った。

「ごめん、私、帰る。」

一言行って、千里は耕一郎に背を向けた。

「千里、待ってくれ。」

耕一郎は、思わず、千里を呼んだ。

その声に千里はピタリと足を止めた。

「千里。一緒に帰ろう。」

その声に千里はハッとした。

それは、紛れもなく、耕一郎の声であった。

千里は満たされる気持ちが広がって行くのが分かった。自分が待っていた言葉。それを耳にした瞬間だった。たった、それだけのことがここまで嬉しく、あんしんさせられることだとは、千里自身、思ってもみなかった。

「今日は、俺、おごるから。」

少し、照れくさそうな口調で耕一郎は言う。

その言葉に、千里は、振り向いた。

今度は、笑っていた。僅かに目が濡れていた。それを、誤魔化すように、思いっきり、あっけらかんとして笑おうとしているのが、彼女だった。

「じゃあ、クリームあんみつ、おごって貰おうかな。ケーキもいいかも。」

「千里・・。」

千里の笑顔に耕一郎が、思わず顔を赤らめる。そして、自分に向けれた、その最高とも言える笑顔が、こんなに可愛いのかと改めて思った。今、耕一郎は、確実に動いたのだ。

「ほら、早く食べに行こ。」

そう言って、千里スタスタと歩き始めた。しっかりとした足取りで。今度は、千里は、耕一郎の手を握らなかった。握らなくても大丈夫だった。

「おい、待てよ。」

慌てて後を追う耕一郎に千里は振り向いて笑う。

「早くしなよ〜。」

校庭の地面は雨で濡れていたが、空は、雨が降ったことなど、思わせないくらい、綺麗に、真っ赤に染まっていた。