僕はどこへ行けばいいの?

僕は壊れたい。

壊れて楽になりたいんだ。

声がする。

誰かが僕を呼んでいる。

誰なの?

「こっちへおいで・・・。」

そう、言っている。その声は、どこかで聞いた事があった。いつのことだったろう。懐かしい声だった。

「賢、こっちへおいで・・・。」

「君は、誰?」

「賢、忘れたの?僕だよ・・・。」

「兄さん?」

その姿、声は、まぎれもなく治兄さんだった。僕に優しかった時の治兄さんだった。僕の目から涙が溢れる。久々に流す涙だった。もう、なくなってしまったと思っていた涙。

「そうだよ。お前を迎えに来たんだよ。さぁ、行こう。」

「もう、苦しまなくていいんだよ。」

「本当?兄さん。もう、僕は・・・。」

「お前は苦しまなくていい。」

兄さんが迎えに来てくれた。早く、楽になりたい。幸せになりたい。

涙が止まらなかった。

「兄さん、兄さん、兄さん・・・。」

僕は何度も兄さんを呼んだ。嬉しかった。兄さんなら僕を救ってくれる。僕は信じて疑わなかった。

僕は、治兄さんについていこうと思った。治兄さんなら僕を許してくれる。

「さぁ、おいで。賢。」

僕は、兄さんの手を取った。治兄さんは、僕の手を優しく握り返す。兄さんの手の温もりが伝わってくる。

「兄さんの手、暖かい。」

その時だった。

ふと、治兄さんが消えた。手の感触もなくなった。

「治兄さん、どこへ行くの?僕を救ってよ。僕を連れていってよ。」

僕は叫んだ。しかし、治兄さんの姿はどこにもなく、そこには・・・。

「賢、何をしてるんだ。」

別の声が聞こえた。僕は、我に返った。僕、、海の崖に立っていた。一歩足を踏み外せば、すぐに海の底といった状態で。

「賢、何してたの?」

後ろを振り返ると、高石が立っていた。

僕は、愕然とした。

「兄さんは・・・?」

「まさか、こういう形で僕から逃げようとしてたとはね。」

高石が冷笑を浮かべた。

「どうして、行かせてくれなかったの?僕は・・・。」

兄さんと幸せになる筈だったのに・・・。

「困るんだよね。勝手にそんなことされちゃ。」

高石は僕の顎を掴んだ。

「現実を見なくちゃ。ね、一乗寺君。」

「まだ、君は誰からも許されてなんかいない。君がどんなに甘い妄想を抱こうともね。」

現実、これが現実・・・。

僕は、また舞い戻ったのだ。現実という地獄に・・・。

それは分かっていた事。一度は諦めていた事。なのに・・・。一度は壊れようと思ったのに・・・。

結局、僕は壊れる事すらできなかった。

僕は何もできない。選ぶ事も、拒む事も、壊れる事さえも。無力でちっぽけな僕。

そんな自分を呪う僕。

僕は拳を震わせた。悔しさが込み上げてくる。

高石は、僕の唇に自分のを押し当てた。歯を割って侵入される舌。僕が逃げようとすると、されに強く顎を捕まれ顔を固定される。そして、僕は、そのキスに身体を震わせていた。

「ふぁ・・・。」

腰にだんだん、力が入らなくなる。

高石は唇を離す。

「君は逃げられないんだよ。大輔君の所へも、お兄さんの所へも。」

そう言って唇だけで笑う。

「逃げ、られ、ない・・・。」

「そう、どこにも逃げ場はないんだよ。」

「脱走囚には重罰を与えなきゃね。」

そして、その場で押し倒され、足を広げられ、また、押し入る、高石。

「いたぁぁ・・・。」

慣らされていなかったので、痛くて僕が叫んだ。

「痛い、高石、痛い・・・。」

涙声で訴える、僕・・・。

身体中が悲鳴を上げていた。

「そうだよ。だってこれは罰だもの。」

「良い機会だから、教えといてあげるよ。今度、こんなことしたら、どうなるかってね。」

犯されながら、僕は思い知る。僕の罪の重さ。現実の痛み。

その痛みはこれから永遠に僕につきまとうであろうという、絶望感を。

それは、どんな形をもってしても、逃げられない。