僕はどのくらい眠っていたのだろう。
気がつくと、そこはデジタルワールドではなく、現実世界だった。記憶が混乱していて、いつ戻ってきたのか、どのくらい時間がたったのか、分からなかった。
僕の隣には賢がいた。賢は、デジタルワールドにいた時、僕があれだけ嬲ってしまってにも関わらず冷静だった。
僕が、デジタルワールドで聞いた最後に記憶に残っている言葉は、それは、僕の名前ではなかったことを思い出す。そのことを考えると、何だか・・・。最初から分かっていたのに・・・。
ツライ・・・。でも・・・。
賢は、意識を取り戻した僕に対して、何かを言おうとしていた。それが何なのかは分からないが、それは決して僕を非難する言葉でないことは分かった。今更ながら賢の優しさのについて理解する。目が覚めて僕を恨むどころか、僕をいたわるように見つめてくる賢・・。そして、これも今更だが、僕が犯してしまった重大な罪について思い知る。自己中心的で破壊的な衝動の為に、何日にも渡って賢を嬲り、苦しめた僕・・・。その、僕がこうやって賢の隣にいる。
そんな賢に僕は何も言えなくて・・・。
「あの、高石、君・・・。」
賢が再び僕に声をかける。
「何?」
今度は自分の情けないであろう、顔を見られるのが妙に嫌で、僕は窓の方を向いたまま、返事をした。
「あの、さ・・。君・・。泣いて、た・・・。」
泣いてた?僕が?
賢はとぎれとぎれの言葉を続けた。
「僕、ね、見た、んだ・・・。」
「僕の、名前、呼んで、泣いてたの・・・。」
「嘘・・・。」
僕は呆然とした。僕は無意識のうちに悪魔の仮面と取り去ってしまったことに気付かされる。
「そう・・。見たんだ。」
僕は弁解も否定もすることができなくて、そう言うしかなかった。ああ、これで終わりだ・・・。
「ど、うして?」
賢は恐る恐るといった感じで僕に訊ねた。
「知りたい?」
「うん・・・。」
「知って、どうするの?」
「僕は、もう、君から逃げたく、ないから・・。」
賢は僕が眠っている間に、いつのまにか、少し、強くなっていた。僕なんかよりもずっと強くなっていた。
本当に弱い人間は僕の方だったのだ。僕は、自分の浅はかさを今になって知った。
「一乗寺君。僕が惨めに見えない?情けなくて、馬鹿で・・・。」
「どうして、そんなこと、言うの?」
そう言う、賢の声はとても優しくて・・。ますます、僕がちっぽけに見えた。
「ごめんね。僕、自分だけが傷ついてると思ってた。でも、違った。君の方が苦しんでた。」
「えっ?」
「病院でね、君が寝ている時、ずっと考えてた。僕自身決着をつけなきゃって。その時、見たのが君の涙だった。それで、分かったんだ・・・。君が苦しんでたこと・・。ごめんね。」
「僕は、今まで誰からも必要とされてなくて、君も僕のこと、嫌いだと思ってた。でも違った。君も僕を受け入れててくれてたんだね。歪んでたのは僕の方だったんだ。それで君も・・・。」
涙・・・。僕の目に・・・。また・・・。
どうして、こんなにも君は・・・。
ヤサシイノ?
どうして・・・。
「き・・・。」
言葉が出てこない。でも、今、言わないと、僕は一生後悔する。
「好き。僕は、賢が好きなんだ。」
「知ってたよ。心のどこかで知ってた。僕が耳を塞いでいただけなのかもしれないね。」
賢はふんわりとした笑顔を見せる。
僕は思った。僕がどんなに汚い手で汚しても彼は本当に穢れてはいない。
だって、こんなに綺麗に笑うもの。
「ごめん、なさい・・・。」
「僕もごめんね。」
賢は小さな子どもに言い聞かせるように、やんわりと話した。
「もう、一度、抱いて、くれる?」
「えっ・・・?」
賢の意外な申し出に僕は驚く。
「いい、の・・?」
それから・・。
「はぁああん・・。」
「賢・・・。」
「たか、いし・・・く・・・ん。」
「名前で呼んで。」
「タ、ケルゥゥ・・・。」
「やはぁああん・・・。」
「賢、賢・・。」
僕は夢中で賢を抱きしめた。こんなに穢れきった僕を賢はこんなにまで受け入れてくれている。
僕は自分は贅沢すぎる人間だと、はじめて思えた。
今まで、何度も賢を無理矢理抱いたけれど、今日みたいに満たされたことは一度もなかった。
僕は改めて理解する。
肉体だけでは何も手に入れたことにはならないということ・・。
これが賢を抱くことが最後であっても僕の心は乾くことがないだろう・・・。
ありがとう・・・。君は僕にとても大切なものをくれた。
やはり希望の紋章を捨てなくて良かった。僕ははじめて希望という抽象的な言葉を信じようと思った。
「やだはぁあん・・。」
「賢の声、可愛い。」
「やだぁあんんん・・・。」
何度も繰り返される口付けと、抱擁・・・。そして、僕達は同じ熱を分かち合う。
「やはぁぁあん・・。」
「タ、ケル・・・。」
賢が僕の名前を呼んでいる。それはなんだか、くすぐったくて、でも・・・。
「はぁああんん・・・。」
「看護婦さん、来ちゃうよ・・・。」
「あっ・・。」
僕達は夢中で抱き合い・・。時間を忘れていた。
気がつくと、回診の時間だった。
お互いにクスリと笑って、賢は、パジャマを整え、自分のベッドに戻った。
数分・・。
看護婦が部屋に入ってくる。
「アラ、タケル君、目、覚めたのね。しかもすごく元気そう。」
「御陰様で。」
僕は笑って、賢の方を見る。
「何?二人とも、いいことあったの?」
笑いながら訊ねる看護婦に僕達はただ、笑っているだけだった。
これですべてが終わった・・・。
僕達のサバイバルゲーム・・。