数年前、母が死んだ。父は、半年前に再婚した。新しい母は、父が子持ちであることが、どうやら気に入らないらしく、僕は、全寮制の私立の男子校の中学を受験させられ、追い出されるように、家を出た。僕も、それで良かったと思った。家にいれば、母の、僕を嫌う露骨な態度にさらされる。別にそれが、悲しいとか、辛いとかいうのではなかった。ただ、鬱陶しかっただけ・・・。更に、僕と母との間で板挟みになっているような父の態度にも、いい加減いらいらさせられていた。

入学式の日、父は海外へ発つ事になって、僕は、入学早々一人で登校することになった。(母も父に頼まれた時露骨に嫌だという態度をとったことだし)。予想通りの展開。僕自身、「お払い箱」に対する儀式を「大事な一人息子の旅立ち」という名の嘘にまみれた儀式に、ににこにこ答えるのも面倒だったので、せいせいしていた。

入学式・・・。

これから僕が生活を送る、その場所は名門と呼ばれ、伝統が古いらしくて、権威を漂わせる洋館風の建物だった。僕の性には合わないとは思ったが、ひとまず、逃げ場としては適当だろうと判断した。

僕は、その建物に、向かって進んで行く。周囲には、念願の名門中学に合格し、将来への希望に満ち溢れた親子ばかりだった。その光景が僕にとってはやけに滑稽に映る。

そして、変わったものを見るような周囲の視線を感じた。というのは、僕の容姿だった。僕の祖父はフランス人で、何故か、孫である僕がその遺伝子を強く受け継いでいたらしく、金髪で青い瞳だった。前々からこの視線には慣れていたので、さほど気にはしなかったが。

僕にとってこの場所は、逃げ場と同時に、不要な「商品」のゴミ捨て場に過ぎなかった。

取りあえず、受付を済ませ、指定の教室に向かう。その途中でふと、目についたのが、僕と同じく、一人で登校したらしい、少年だった。彼のおかっぱの黒髪は真っ直ぐで、さぞ柔らかいのだろうと思わされた。顔立ちは、そのおかっぱに合間って、一見少女のような可憐さに、僕は引き付けられた。

僕は、彼に思わず声を掛けてしまった。

「君も一人なの?」

彼は、初対面の人間に突然声を掛けられ、少々困惑しているようだった。

「う、ん・・・。」

僕は、彼の緊張を解こうと笑顔を作る。

「へぇ、僕だけだと思ってた。」

「君は、何故一人なの?」

彼が聞いてきた。

「ちょっと、家庭の事情でね。」

「僕も・・・。」

「お互い大変だね。」

「僕は高石タケル。君は?」

「い、一乗寺賢。」

「よろしく。」

「こ、こちらこそ。」

彼をとりまく雰囲気は、どこか同年代の少年との間に、奇妙な隔たりを感じてしまうものであった。そして、何故だろう。僕と同じ香りがするのは。

「一乗寺賢、か・・・。」

教室に入って、思わず、彼の姿を探したが、違うクラスであるらしく、その姿はなかった。

式が始まる。校歌斉唱、学園長と呼ばれるいかにも上品そうな初老の男性による新入生に対する励ましの挨拶・・・。退屈で、形式的な儀式は進んでいった。

約1時間30分くらいで式は終了した。僕達新入生は教室に戻る指示を受ける。クラス毎に講堂を後にしていった。その時、目に付いたのが、あの、一乗寺賢だった。僕は、彼に笑いかけてみた。彼は、何故か恥ずかしそうに応えた。人に慣れてないんだなと思わされる態度だった。それが、また、魅力的に映った。

教室で、担任からの連絡事項が一通り、なされた後、僕達はこれから生活する寮に向かう。それぞれ、割り当ての部屋を教えられ、親が付き添って、入室していく。僕も、一つの部屋を割り当てられた。

学習用机が二つに、二段ベッド。他にタンスが二つと、二人部屋であろう、その部屋は、いたってシンプルだった。

(一人が良かったかも・・・。)

心中ぼやきながら、僕は、同居人が来るのを待っていた。

コンコン・・・。

ドアを叩く音がする。

どうやら、部屋の相方が来たらしい。僕は、笑顔を作る。とりあえず、好印象を与えておけば面倒にはならないから。

「あっ・・・。」

入ってきた意外な相方に僕は少し驚いた。

そう、一乗寺賢だったのだ。

「高、石君・・・。」

「君だったんだ。もう一人の相方は。」

「僕も、驚いた。」

彼も驚きを隠せないようだった。

「何だか、僕達、色んな意味で繋がってるのかもしれないね。」

「そ、そうだね。」

一乗寺賢ははにかみ笑いを浮かべた。

「とりあえず、よろしく。」

僕は、取りあえず、準備しておいた、作り笑いを浮かべ、彼の手を握った。たが、何故か、心は本当に笑っているようだった。

「よ、ろしく。」

一乗寺賢も、僕の手を握り返した。