「パンを一つもらいたいのだが。」
キースはその珍客に少々驚いた。珍客とはグエン・サード・ライフォードだった。キースは彼に対してあまり良い感情を抱けなかった。それもその筈。ロランが戦争に駆り出されているのは、彼の意思でもあるのだから。ロランが彼の操り人形と化してしまって、戦争をしているとも考え得る。その為に命を失う事だってある。
分からない程度の敵意を込めてキースは言う。
「あの、貴方のような人が一人でパンを買いに来るのですか。」
グエンは軽く笑う。
「おや、私はそんなに珍客かな。」
キースはパンを袋に入れてグエンに手渡す。自分でも何を思ったのか次に出た台詞は
「あの、今お時間よろしいでしょうか。貴方とお話がしたい。」
グエンは突然の申し出に少し驚いたがすぐに顔に笑いを浮かべた。
「ああ、いいとも。」
キースはベルレーヌに「少しで戻るから」と店を任せる。
二人は人気のない川辺に行った。
「君が私に話したいことは何かね?キース・レジェ君。」
「ロランのことです。」
キースは単刀直入に答える。
「ローラのこと?」
「はい。」
「あなたはロランをどうなされるおつもりなのですか?」
「どうって?」
キースは冷静な声で話し続ける。
「ロランを戦争の道具として使わないで頂きたいと思っているのです。」
「ローラが戦争の道具?それは違うのだよ。これは彼の意思でもあるのだよ。それくらい君だって分かるだろう?親友なのなら。」
「分かっています。しかし、それを逆手に利用しているのは貴方なのではないでしょうか。」
キースは淡々と、そして、皮肉めいた口調で話す。
「利用しているとは心外だな。」
そんなこと考えてもいないといったふうにグエンは笑った。その笑いがキースは不快に感じる。そもそもキースがグエンがやたらと見せる浮かび笑いもあまり好きにはなれない。
それでもキースは感情を抑えて、口調を乱さないようする。このグエン・サード・ラインフォードという男は感情に任せて訴えたところで通用しない相手とだったから。そういう男だからこそこれまでディアナカウンターとの交渉を続けてこれたこともまた事実であった。
「貴方にとってロランは何なのですか?」
「私にとってのローラ?」
「そうだな、僕はローラが好きだよ。いや、むしろ愛していると言ってもいいのかな。」
「ロランは男ですよ。」
キースは無愛想な声で言う。
「そう、ローラは男の子だ。では、君こそ何故ローラのことをそんなにまで気にかけるのかね?」
何故だろう?友達だから?それとも・・・。キースは何故か答えに迷ってしまう。少し間を置いて・・・。
「それは、親友だからです。僕はロランが心配だから。でも貴方のように・・・。」
「私のように?男が男を愛する事はそんなにいけないことなのかね?」
キースはその台詞に驚きを隠せない。しかし、やはり、という気持ちもあった。では自分はどうなのだ・・・。
ロランのことをどう思っている。自分はグエンみたいにはロランのことを考えてはいない筈なのだが・・・。それに自分にはベルレーヌがいる。そんなことがある筈がないのだ。キースそう、自分に言い聞かせる。しかし、ロランのことが気になる事も事実であった。それがどういう意味を持つのだろうか。キースはそのことについて初めて考えてみたのだ。
キースはその迷いをグエン悟られまいと振る舞う。
「愛しておられるのなら、ロランを戦争に利用しないで頂きたい。僕が言いたいのはそれだけです。」
グエンはキースの考えている事を見抜いてのことか、鼻で笑う。
「僕だってローラは戦争で死んで欲しくない。だから無茶はさせないよ。」
「そうですか。」
「一つだけお聞きしたい。貴方は何故ロランを”ローラ”と?」
「そうだね、愛しているからかな。」
「君はローラのことになると真剣だな。」
言ってクスクス笑った。
「貴方ほどではありません。」
キースはグエンを突っぱねるように言った。