(銀河一の幸せ者)
〜プロローグ〜
「あのっ。」
「何ですか?ゴウキさん。」
「あのっ、あのっ。」
「はい?」
「俺の、俺のののの・・・。」
鈴子はクスクスと笑った。
「そのっ、ギンガ、の森、の、俺の、家、に是非、是非、是非遊び、に来て、くくく、下さい。」
「遊びに行っていいんですか?」
「もっ、勿論ですっ。俺が、ギンガの森の食材を使って、いっぱい、ご馳走しますからっ。」
「本当に。じゃあ、今週の日曜日、行ってもいいですか?」
「もっ、勿論ですっ。」
「楽しみにしてますね。」
「はいっ、俺、腕によりをかけて鈴子先生の為にご馳走作りますっ。」
〜遂に日曜日〜
ゴウキはいつもより、何時間も早く起きて、暗い内から、ギンガの森風のご馳走に腕を振るっていた。
「おっ、ゴウキっ。うまそうじゃん。」
ヒカルがゴウキの家の炊事場に飛び込んできた。そして、勝手に木製のスプーンを手にすると、火にかけてあった、シチューを口にする。
「こらっ、ヒカルっ。つまみ食いするんじゃないっ。」
ゴウキがいつになく、怒って、ヒカルに手を挙げる。
ヒカルはそれを難なく躱した。
「ケチケチするなよなっ。」
そう言って、炊事場を出ていった。
ゴウキの家のの入口には、鈴子がギンガの森に遊びに来ることを聞きつけた、リョウマ、サヤ、そしてハヤテまでもが、野次馬のごとく、集まっていた。
「馬鹿っ。からかってどうすんだよっ。」
ハヤテがヒカルの頭を軽く叩いた。
「だって、あいつ、分かりやすくってからかいがいあるんだよ。足なんか震えてるんだぜ。」
ヒカルがニヤニヤしながら言った。
「それはそうよ。今日は、鈴子先生がはじめてゴウキの家に来るんだよ。緊張して当然だと思うな。」
サヤが少々夢見がちに言った。
「とにかくっ、今日は、ゴウキの成功の為にそっとしといてやろう。特に、ヒカル。」
リョウマが言うと、ヒカルは頭を掻いた。
「分かってるって。」
それから、少しして、ゴウキが家を出た。ゴウキはいつになく、そわそわして、ヒカルの言う通り、足が震えていた。
ゴウキの家の入口に集まっていた4人は、ゴウキに見つからない様な場所に隠れた。
ゴウキは彼らに気付くこともなく、そのまま、馬屋へ行き、重装馬を駆り、結界の出口がある方向へと向かっていった。鈴子を迎えにいく為に。しかし、その馬を駆る手つきがいつもより不器用にさえ見えた。
「あいつ、ほんとに、大丈夫なのか。」
隠れていた四人がゴウキの後ろ姿を見送りながら、姿を現した。
「ちょっと、心配だな。」
「ああ。」
「そうだっ。」
ヒカルが何か思い付いたように手を叩いた。
「俺達は、いつでもゴウキをフォローできるように、ゴウキには内緒でここに隠れてようぜっ。」
ヒカルが笑いを堪えながら言った。
「お前は単に、野次馬がしたいだけだろっ。」
ハヤテが言うた。
「何だよ。俺だってゴウキが心配なんだよー。」
「それはいいが、ヒカル、お前は、ゴウキをからかうような真似はよせよ。」
「分かってるよ。」
一方ゴウキは、結界を出て、鈴子との待ち合わせの場所まで馬を駆った。
そこは、以前、ゴウキと鈴子先生が一緒に弁当を食べた公園であった。
ゴウキは馬を下りた。その足取りは、おぼつかないもので、足はふらついていた。
少しして、待ち合わせの場所に、白い、ボーダーのワンピースを着て、紙袋とハンドバッグを手にした鈴子が姿を現した。
その姿を見るなり、ゴウキの体温がみるみるうちに上がっていく。ただでさえ、ぎくしゃくしているのに、さらに動きが硬くなる。
(落ち着け。落ち着くんだっ。)
ゴウキは自分自身に言い聞かせるように、自分の両の方を両手で張った。
「ゴウキさん。」
鈴子は、ゴウキの前に立つと、ニッコリ笑った。
「すみません。お待たせしちゃったみたいですね。」
「いえっ、そんなことはないです。俺も、そのっ、今、来たところ、ですから・・・。」
ゴウキはつまりながらも、言葉を必死で出した。心臓の音がどんどん高まっていくのをゴウキは一生懸命抑えようとしていた。
(落ち着け。落ち着くんだっ。)
ゴウキは繰り返し、その言葉を心に言い聞かせた。
そんなゴウキを鈴子は心配そうな顔で見た。
「ゴウキさん、どこか、悪いんですか?」
「いいえ。そんなことはないですっ。はいっ。」
ゴウキは直立姿勢で答えた。
「それなら、いいんですけど。」
「はいっ。しっ、心配をおかけしましたっ。」
ゴウキを見て、鈴子は思わずクスリと笑った。
「ゴウキさんって、ほんとに楽しい人ですよね。」
「えっ、そっ、そうですかっ。いやぁ。」
ゴウキは、顔を真っ赤にして頭を掻いた。
「あっ、あのっ、重装馬でお連れしますので、そのっ、乗って下さいっ。」
「わー、お馬さんに乗せて下さるんですか。私、前から乗ってみたかったんです。」
そう言って、鈴子は無邪気な笑顔を見せた。
「そっ、そうですか。そっ、それは良かった、です。はいっ。」
「ところでゴウキさん、このお馬さんの名前って何ですか?」
「名前ですかっ。えっと、ブルーホライズンといいます。はいっ。」
鈴子は重装馬の頭部の方へ回って、頭を撫でた。
「ブルーホライズンさん、よろしくお願いしますね。」
鈴子に頭を撫でられたブルーホライズンはブルルと一声鳴いた。
「とっても大人しいわ。可愛いお馬さんですねよ。」
「そっそうですか。ブルーホライズンも鈴子先生を乗せることができて嬉しいと思いますっ。」
鈴子はゴウキのその言葉に、ニッコリ笑って見せる。
「えっと、そのっ、お手を貸して下さいっ。」
「はい。よろしくお願いしますね。」
ゴウキは、鈴子を重装馬に乗せる為に、鈴子の手を取る。鈴子の、白く、細い、柔らかい手の感覚が直に伝わり、ゴウキの心臓は飛び出してしまわんばかりに高鳴る。手が震え始めるのが分かる。
(どっ、どうしよう・・・。)
(落ち着けっ。落ち着くんだっ。)
ゴウキの心の声が次第に大きくなっていく。
「ゴウキさん?どうかしましたか?」
鈴子はゴウキを不思議そうな顔で見た。
「いえっ。はいっ。何でもないですっ。はいっ。すいませんっ。」
それから、何とか、ゴウキは自分を持ち直し、とぎまぎしながらも、鈴子を重装馬に乗せた。そして、自分も鈴子の後ろに乗った。
「鈴子先生、しっかり、捕まってて下さい。」
「分かりました。」
鈴子は爽やかな返事をした。
「ハイッ。」
ゴウキは手綱を握り、出発の掛け声をかけると同時に重装馬が走り出す。
「鈴子先生、そのっ、大丈夫ですか?」
「はい。とっても気持ちいいです。」
鈴子は心地良さそうに、少し目を閉じた。
一方ゴウキの方は、鈴子と接近しすぎて、どうして良いか分からず、絶え間なく続く緊張と必死で戦っていた。
そして、重装馬は結界を越え、ギンガの森に入り、ゴウキの家の前に到着した。
「おいっ、無事戻ってきたぞ。隠れろっ。」
リョウマが言うと、四人は茂みに隠れた。
「あのっ、到着しましたっ。」
そう言って、ゴウキは、先に馬を下りると、鈴子の手を取って、鈴子を馬から下ろす。やはり、鈴子の手が触れるだけでゴウキは緊張のあまり、頭がどうにかなってしまいそうであった。
「ギンガの森っていつ来ても、気持ちのいいところですよねぇ。」
「そっ、そうですかっ。ギンガの森、気に入ってくれて嬉しいですっ。」
「何か、ゴウキさん、緊張してるみたいですね。どうしたんですか?」
鈴子は、ゴウキが自分自身のことで緊張しているとはつゆ知らず、不思議そうな表情でゴウキを眺めた。
「いえっ、そっ、そんなことありません。ほらっほらっ。」
ゴウキは意味不明にゴリラポーズを作ってみせる。
それを見て、鈴子は思わずクスリと笑った。
「ゴウキさんって本当に楽しくて大好きです。」
「だっ、大好き・・・。」
ゴウキは思わず、鈴子のその言葉に、気が遠くなった。
(イカン。イカン。)
ゴウキは腰が抜けかけるのを必死の思いで耐えた。
「そのっ、お腹空いてたら、料理、用意、できてますからっ。」
「わー、楽しみだなぁ。」
そして、2人はゴウキの家に入っていった。
それを見計らい、隠れていた四人が茂みから出て来た。
「ちぇっ、じれったいよなっ。言いたいことはもっとはっきり言えっつーのっ。」
ヒカルが舌打ちをした。
「ヒカルは分かってないなぁ。」
サヤが得意げに言った。
「何だよっ。サヤっ。」
ヒカルが不満な顔つきでサヤを見た。
「私だったら、分かるな。好きな人が側にいたらドキドキしちゃう気持ちって。」
「いやぁ、ゴウキは春だなぁ。」
リョウマは嬉しそうに天を仰いで言った。
その頃、ゴウキは、早速鈴子にギンガの森の料理を振る舞っていた。
「ゴウキさん、このシチュー、とっても美味しいですね。」
「そっ、そうですかっ。いやぁ。」
ゴウキは頭に手を当て、照れ笑いをした。
「ゴウキさん、この野菜はなんていうんですか?はじめて見るんですけど。」
それは、サラダに入っている、花びらのようなものであった。
「あっ、それは、ギンガの森にしかない花で、月の花っていうんです。これは、満月の夜にしか、咲かない花で、満月に咲いたその花びらは身体に良く、長生きするとギンガの森で言い伝えられているんです。それから、それを食べた人は幸せに、そのなれ、るんで・・・。」
「そうなんですか。これを食べたら、私、幸せになれるんですね。」
「そっそうです。俺、いつも、鈴子先生の幸せだけを願って、それで・・・。その・・・。」
「ゴウキさん・・・。」
「俺っ、そのっ・・・。」
ゴウキは自分の口走っていることに、気付き、あまりの恥ずかしさに目を閉じた。
「ありがとうございます。ゴウキさんにそんな風に思って貰えるなんて、私ってとっても幸せ者ですね。」
「えっ・・・。」
ゴウキは鈴子のその言葉に、今度は目を見開いた。
「私も、いっつも神様にお願いしてるんですよ。ゴウキさんがいつも幸せで、笑顔でいれるようにって。」
「先生・・・。」
ゴウキは思わず、鈴子のその言葉が、夢なのではないかと思った。
「先生・・・。」
あまりの嬉しさで言葉が繋がらなかった。
(先生が俺の幸せを願ってくれている。)
それだけで、ゴウキは、胸がいっぱいだった。
いつのまにか、ゴウキの目から涙が零れ落ちていた。
「ゴウキさん?どうしたんですか?」
「ゴウキさん?」
鈴子は、急にゴウキが大粒の涙を零し始めるので少し困ったような顔をした。
「すいません。俺、嬉しくって、先生に、そんな風に思って貰えて、俺、俺、銀河一の幸せ者ですっ。はいっ。」
ゴウキは涙声で言った。
「お互い様ですね。」
そう言って鈴子はクスクスと笑った。
「じゃあ、私達は銀河一の幸せ者同志なんだから、ゴウキさんは笑ってないと駄目ですね。」
「はいっ。そうですねっ。」
元気に返事をすると、ゴウキは手で一度、涙を拭った。
それから、2人は、日が暮れるまで談笑し、楽しい一時を過ごした。
ゴウキは鈴子を家の近くまで重装馬で送り届けた。
「あのっ、先生っ、また来てくれますか。」
「はい。また来ます。その日までまた、私はゴウキさんの幸せを願ってますね。」
「ありがとうございます。俺も願ってます。先生の幸せを。」
「ありがとうございます。」
鈴子はにっこり笑うと、ゴウキに背を向けた。
そして、ゴウキはいつまでもその後ろ姿を、幸せを噛み締めながら、ずっと見守っていたのであった。
〜オマケ−野次馬軍団〜
その日、リョウマ、ハヤテ、ヒカル、サヤの四人は、ずっとゴウキの家の前で野次馬をやっていたのだった。
「ゴウキ、うまくいってたみたいだな。」
リョウマが嬉しそうにいった。
「全く、じれったいたら、ありゃしないね。」
とヒカル。
「でも、最初から分かってたことじゃない。先生とゴウキは両思いだって。」
「そうだな。」
「さてと、俺達も腹減ったから家に帰るか。」
リョウマが一度背伸びをして言った。
「だな。」
そして、四人は、それぞれの家に帰っていった。