「おまえ達に、未来はないのだ。」

忌まわしい、あかつき号の事件。

事件の生存者達は、事件に遭遇する前、それぞれの、生きる場所と境遇があった。彼らは、たまたま、同じ船に乗り合せた、乗客同士というだけで、何の繋がりもなかった。この旅が終れば、お互いの顔を忘れ、また、自分の人生を歩む者達ばかりであった。

しかし、彼らは、一人のアギトになるべく生まれた、青年の覚醒の為の光の余波を浴びることで、身体を変えられ、生活を変えられ、生きることができる時間すら制限されてしまった。そんな中、彼らの、奇妙な繋がりが生まれた。いきなり、運命を変えられ、一人で、それに立ち向かうには、彼らは弱すぎた。仲間が欲しかった。同じ、境遇の仲間が彼らには必要だったのだ。

彼らは、一旦、病院に収容されたが、重傷の者はなく、皆、すぐに退院することができた。しかし、医師には見抜くことが出来る筈あろうか。彼らの、運命が大きな傷を負い、その傷で、全ての歯車が狂ってしまっていたことを。

彼らは、それぞれの、場所に戻る前に、集まった。それは、誰が、集まろうと言った訳でもなかった。自然に集まったのだ。彼らは。自分を支えることができる者は、この、大きな秘密を共有している、昨日まで、他人だった人間しかいないことは、皆、よく分かったいたから。

「最低・・・。」

関谷真澄が吐き捨てるように言った。

「真澄・・・。」

橘純は、関谷真澄に首を振ってみせた。

「だって、私達、この間まで普通の生活してたじゃない。なのに、今日から普通じゃありませんって烙印を押されたようなものなのよ。これって、納得できる訳?」

真澄の口調は、いつも以上にヒステリックさを増していた。

「それは・・・。」

橘純は、下を向いた。

「私、雑貨屋が夢だったのに・・・。」

それに続き、篠原佐恵子が口を開く。

「何もかも、目茶苦茶だわ。死ぬって分かってるのに何をどうすればいいの・・・。」

「私だって・・・。生きたい・・・。」

三浦智子が呟くように言った。

「私は、もう一度、看護婦を目指そうと思ってた。一からやろうと、思ってた。でも、もう、そんな時間だって、残されてない・・・。」

榊亜紀は、涙声で吐き出した。

「俺は、どうせ、したいことなんてなかったからな。今更、死ぬって言われたってどうってことねぇよ。」

今度は真島浩二が吐き捨てた。

「強がりはよせ。」

木野薫が真島浩二をたしなめるように、強く言った。

「馬鹿野郎。強がりじゃねぇよ。」

真島浩二は、木野薫の胸座を掴み、食ってかかるように言った。その声は、動揺を押さえ切れず、震えていた。

「まだ、死ぬと決まった訳じゃない。」

先程まで黙っていた、相良克彦がゆっくりと口を開いた。

「じゃあ、生きるって保証があるの?」

関谷真澄は苛立ちを露に、叫んだ。

その言葉に一同は黙り込んだ。

「生きるんだ。」

木野薫は、真剣に、そして強く言った。

「その通りだ。」

葦原和雄が同調した。しかし、そうは言うものの、そんな葦原和雄にも、以前のような明るさは消えてしまっていた。

「とりあえず、住所を交換したらどうだろう。」

あかつき号の船長、高島雅英が言った。それは、あまりに苦肉の策であった。お互いの住所を知り合ったところで、彼らの運命がどうにかなる訳ではないのだ。しかし、今の彼らは、この苦肉の策にすがりつき、少しでも、精神安定の役割を担えば、それで良かったのだ。一人よりはまだまし。10人は同じ事を考えていた。

「とりあえず、連絡がとりやすいように、リーダーを決めたらどうだろう。」

葦原和雄が言った。

「そうだな。リーダーは・・・。」

「私は、木野さん、あなたにお願いしたい。」

葦原和雄が木野に向かって言った。

「これは、私の直感だが、多くの運命を見てきた、あなたが相応しいと私は思う。皆、どうかね。」

葦原和雄の言葉に、木野薫を除く一同は頷いた。皆も葦原和雄と同じ事を考えていた。そして、先程まで、木野薫の突っかかっていた、真島浩二も。皆、誰かにすがりたかった。

「木野さん。」

葦原和雄が木野薫に向かって頷く。そして、木野薫も、頷いた。

しかし、木野薫は、その時、何を思っていたのか。木野薫は、葦原和雄の「多くの運命を見てきた」と言っていた時、その中に、彼のかけがえのない、今は、亡き弟雅人を思っていたのだろうか。そして、それが、彼の、辛い使命感を更に強くしてしまったのではなかろうか。

それは、誰にも分からなかった。

ただ、木野薫自信のみが知る、隠された心の闇であった。

それから、彼らは、お互いのこれから住む住所を交換した。

そして、この秘密は、ここにいる、人間以外には絶対に漏らさないということをお互いに確認しあう。

そうるすことで、何とか、仮の精神安定剤を得たつもりになろうとした。

しかし、彼らの闇は、それぞれの心に住み着いてしまっていた。

そして、彼らの脳裏には、水のエルが残した絶望の宣告が響き渡っていた。

「おまえ達に未来はないのだ。」

「おまえ達に未来はないのだ。」

それぞれは、感じ取っていた。

もはや、どうすることもできないであろうということを。

こうして、運命の歯車は、回転を大きく変え、回り始めた。

終末に向かって。