『春先』

2002年の冒険から2年が過ぎた3月だった。

選ばれし子どもの中で当時小学五年生だった僕達はもうすぐ、中学生になる。

僕は、今の学校の中等部に、そして、大輔とヒカリさんと高石君は、地元のお台場中学に行く。

そんなある日。

今日は教師達の研修で、僕達は、お昼までだった。

僕は、所属していたサッカーチームも辞めていて、特にすることもなかった。

そんな時だった。

何故だろう。僕の足はいつのまにか、お台場小学校の校門の前に立っていた。

まだ、肌寒さが残るが、春の足音はもうそこまで来ているというそんな時だった。

無性に会いたくなったのだろうか。

彼らに。

あの、苦しい闘いを共にし、僕を許し、僕の心を救ってくれた、彼らに。

しかし、考えてみれば、今日は平日。僕の小学校は私立。僕の学校がお昼までだからといって、公立の小学校が、お昼までとは限らない。足の赴くまま、やってきたのだから、そこまで考えが回っていなかった。

「何考えてるんだろ。僕は・・。」

僕は、ぼやき、苦笑して、校門をあとにしようとした。その時だった。

「一乗寺君。」

僕の肩がポンと叩かれた。

僕は、後ろを振り向いた。

そこには、金髪で、青い瞳の少年が笑っていた。選ればれし子どもの一人の高石君。彼は、不思議な美しさを持った少年だった。少なくとも、僕にはそう思えた。

「どうしたの?こんなところで。」

高石君は僕に笑いかけて尋ねる。

「いや、何となく・・。もう、帰るから・・。」

僕は短く笑って、校門をあとにしようとした。

自分がこんなところに立っているのが少し、恥ずかしかった。

ただ、”会いたい”という理由だけで。

「待ってよ。」

高石君は僕の肩を止めた。

「一緒に帰ろ。ねっ。」

そう言って、青い瞳を穏やかに細めた。

「って、君、今日は授業、だよね。」

「うん、サボリ。」

高石君は、サラリと答える。

「駄目じゃないか。さぼったりしちゃ。」

僕は思わず、声を荒げてみる。

「嘘だよ。今日は僕達もお昼まで。一乗寺君もそうでしょ。ほら、他の生徒も帰ってるでしょ。」

「あ・・。」

周りからクスクスという笑い声が聞こえる。

僕が大声を上げたからだ。

僕は、あまりの恥ずかしさに、口を抑え、顔が熱くなった。

「一乗寺君って結構面白いね。」

高石君はそう言ってにっこり笑う。

「その・・。ごめん、大声出して。」

「いいよ。それに僕がからかったりしたからね。」

高石君はいつもこうだ。何かとパニックになりやすい僕とは違って、至って冷静で穏やか。

しかし、そんな彼も一度だけ、本気で怒った。

僕が怒らせた。

何も知らずに、力に取り付かれ、大切なものを見失った僕に対して怒った。

あの時の、僕の罪は重い。そして、事実というものほど動かぬものはないのだ。どんなに償っても、後悔しても、それは誰にも動かせない。

思わず、そのことが脳裏に浮かぶ。

「あれから、二年、経つよね・・。」

「ん?ああ、あの冒険からね。そうだね、色々あったよね。」

「僕、君をすっごく怒らせちゃったこと、あったよね。」

自分でも何が言いたいのか分からない癖に二年前のあの出来事のことを僕は口に出していた。

「ああ、そのことなら、もう・・。」

「僕ね、今でも後悔してるんだ。命を軽くみていたあの時の、デジモンカイザーの僕を忘れてはいないんだ。忘れちゃいけないと思うから・・。」

「へぇ。」

高石君はニヤリと笑って僕をまじまじと見た。

「高石君、僕、真面目なんだけど。」

高石君の態度があまりにふざけているように見えたので、僕は、思わず抗議をした。

「全く、君って、律義すぎるんだから。」

そう言ってクスクスと笑いはじめる高石君。

「そんなに可笑しいことじゃないでしょ。」

僕はムッとして言った。

「ごめん、ごめん。でも僕はふざけて言っている訳じゃないよ。ただね。」

そう言って、少し、目を閉じてみせる高石君。

「ただ?」

「ただ、君はもう過去を振り返る必要がないってこと。」

「どうして?過ちを繰り返さない為にも、僕は・・。」

「ほら、君はそう思ってる。もう君は十分変わっているんだよ。人の痛みだって十分かってる。」

そう言って高石君は僕の手を握った。

温かかった。

そして、高石君も、

「手、温かいでしょ。だから、もう、大丈夫。」

「これからは、前を見て。ねっ。」

高石君はそう言って笑って見せた。

その笑顔はあまりに穏やかで、安心できるものであった。

僕の罪は消えない。それは誰にも動かすことのできない事実なのだから。でも、今こそ、僕は、前を向いて歩いていける、そう思った。

(ありがとう、高石君。)

僕は心から、そう思った。

「さて、この話は終り。ねぇ、今日は天気がいいから、どこか、寄り道したいな。僕、とっておきの場所知ってるんだ。少しなら、いいでしょ。ねっ、賢君。」

それは、少し肌寒い、でも春の予感を思わせる少し、温かい、小学校生活最後の春先だった。